愛情の標



23






 しばらくの間、真琴はじっと宇佐見を見つめていた。
その視線に耐え切れなくなった宇佐見の方が目を逸らそうとした時、真琴は不思議そうに口を開いた。
 「でも、海藤さんといなかったら、こうして宇佐見さんとも話すことなんてなかったですよね?」
 「・・・・・」
 「確かに怖い思いもしたけど、海藤さんと知り合えて良かったと思ってます。ヤクザさんも悪い人ばかりじゃないって分かった
し、警察の偉い人とこうして話せるし。これって貴重な体験ですよ?」
 宇佐見は真琴のその思考に呆気に取られた。
普通なら誰もがヤクザと関わることを嫌うところを、真琴はあくまでも前向きに好意的に捉えている。
今はこれ以上言葉を尽くしたとしても、真琴の気持ちを変えることは出来ないだろう。
 「・・・・・西原」
 「あっ」
 宇佐見の言葉を遮るように、真琴は思わず叫んでいた。宇佐見の車の直ぐ後ろに見慣れた車が止まったからだ。
そして、助手席から降りた海老原が後部座席のドアを開くと、中から降りてきたのは海藤だった。
 「海藤さん?」
今朝会った時は迎えに来るとは聞いていなかったので驚いたものの、真琴は直ぐに満面の笑顔を浮かべて、宇佐見の隣
をすり抜けて海藤に駈け寄った。
 「迎えに来てくれたんですか?」
 「現われると思ったからな」
 海藤は真琴の身体を抱き止めると、宇佐見に視線を向けた。
 「警視正殿が間男か?」
からかうような海藤の言葉にムッとするものの、その腕の中に真琴がいるという事実は消せない。
 宇佐見は溜め息をついて車に向かうと、ドアに手を掛けて振り向いた。
 「今回は引くが、諦めたわけじゃない」
 「無駄なことはしないんじゃなかったか?」
 「無駄とは分からない」
そう言い捨て、一瞬真琴に視線を向けると、別れの言葉も無いままに宇佐見は車を発車させた。



 「・・・・・良かったんですか?」
 海藤に促されて車に乗った真琴は、ほとんど言葉を交わさなかった海藤と宇佐見が気になって尋ねたが、海藤は口元に
小さな笑みを浮かべたままだ。
 「心配して来てくれただけですよ?」
 「・・・・・まあそういうことにしておけ」
 「でも」
 「もう直ぐ休みに入るだろ」
 唐突に言われ、真琴は戸惑ったように頷く。
 「2、3日時間取れるか?」
 「前もって言ってくれればバイトの方は調整出来ると思うけど・・・・・なんですか?」
 「伯父貴の還暦の祝いがある。それにお前を連れて行きたいんだ」
 「伯父さんの?」
海藤の伯父といえば、幼い頃から海藤を預かり育てた、いわば育ての親だろう。
 「い、いいんですか?俺が行っても・・・・・」
そんな大切な人の祝い事に、海藤の恋人とはいえ一般人の、それも男の自分が行ってもいいものかどうか、拒絶されたら
という不安と共に戸惑いの方が大きい。
しかし、海藤の決意は揺らがないようだった。
 「お前は俺が欲しいと思って手に入れた。俺が選んだ人間を、身内に紹介することはおかしくないだろう?」
 「・・・・・反対されちゃったら?」
 「性別で判断するような人じゃない。仮に反対されたとしても、俺はお前を離さないから」
 「海藤さん・・・・・」
きっぱりと言い切ってくれた海藤の言葉が嬉しくて、真琴の視界はたちまち涙で歪んでしまった。
 「行ってくれるな?」
 「・・・・・お祝い、何か買っていかなくちゃ」
 「一緒に考えよう」
 「はい」
 コクンと頷いた真琴は涙が零れないようにパチパチと瞬きをしていたが、ふと気付いたように呟いた。
 「海藤さんの伯父さんって、お父さんみたいな存在なんですよね?」
 「まあ、そうだな」
 「じゃあ、『息子さんを下さい』って言わなくちゃいけませんか?」
その瞬間、今まで気配を殺していた海老原がむせた様にふき出す。車も少しブレたのは気のせいではないだろう。
 「海老原さん、大丈夫ですか?」
 「は、はい、お気遣い無く」
 「そうですか?」
不思議そうに言った真琴は、隣に座っている海藤も珍しく声を洩らして笑っている姿を見た。
 「海藤さん?」
 「まるで結婚の申し込みだな」
 「だ、だって、海藤さんだってちゃんと考えてくれてるんだから、これは俺のけじめです」
 「そうか。・・・・・愛情の証(あかし)だな」
 「証っていうより、標ですよ。誰にも取られないように付けておく、これは俺のものだっていう目印」
 「・・・・・男前だな、お前は」
 「海藤さんの方がかっこいいですよ?」
 首を傾げる真琴は、海藤の言っている意味が良くわかっていないようだ。
そんなところも『らしい』と思い、海藤は今度こそ声を出して笑いながら、何よりも大切な存在になっている真琴の肩を強く
抱き寄せた。





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