あいつの苦い冷たいキス
後編
自覚すれば、気持ちが急速に傾くのが分かった。そして、今まで気軽に遊んできたが、誰かとまともに付き合っていなか
ったことに気付いた。
同じ年の他の奴と比べたら、俺は結構経験豊富な方だと思う。ただ、男相手というのは初めてだし、どうしたらいいか全
く分からなかった。
早くどうにかしたいと思うものの、女と違って(あいつが特別なのかもしれないが)ガードが堅い。少しでも近付こうとすると
サッと身をかわしてしまう。そのくせ、ふと気付くと俺を見ている視線がある。
いったい、あいつは俺をどう思っているんだ?
「まだ進展なし?」
俊輔が笑いながら言ってきた。
俺があいつに気がある事を知ってから、毎日のようにそう聞いてくる。
「見ればわかるだろ」
俺の返事もいつもと変わらない。
「会って30分後にはベットで腰を振ってるお前が?」
「お前は会った瞬間に押し倒してるだろ」
「違うって。女の方が跨ってくるんだよ」
昼休みの図書室でする会話じゃないが仕方ない。
俺の目の前には窓際の机に座っているあいつの後姿がある。隣にはいつも一緒にいる同じクラスの吉野が座っていた。
二人とも小柄で同じ雰囲気を持っていて、さすがに俺も吉野に対して嫉妬することはない。ただ、当然のようにあいつの
隣に座れるのは羨ましく思う。
「ヤっちゃえば?」
「あのなあ」
「先越されるんじゃない?誰かに。小柴、結構人気あるみたいだぜ?」
「・・・・・」
「女ならまだしも、男に取られたら後悔するんじゃない?」
(あいつが、俺じゃない男に・・・・・?)
「遼二、どうする?」
悪魔が囁いた。
放課後、日直だったあいつが職員室から教室に戻った時、教室の中には数人が残っていた。
「小柴」
いきなり声を掛けると、あいつはびっくりしたように目を見開いて俺を見た。
こうして傍に立ってみると、あいつのつむじが見える位の身長差がある。化粧で誤魔化している女とは段違いで肌も綺
麗だし、何より濡れた瞳が俺を誘う。
「加納君?」
呼び止めたまま何も言わない俺に、あいつは怪訝そうに口を開いた。同性に『君』呼ばわりされるのは小学生以来かも
しれない。
俺は内心の動揺を押し隠して言った。
「少しいいか?話があるんだ」
「・・・・・いいけど」
「じゃあ」
気持ちが変わる前に、俺はあいつの腕を掴んで教室を出る。普段ありえないツーショットに、クラスメイトの視線がドア
を閉めるまで追ってきた。
「わざわざ教室じゃない所で話って・・・・・」
下校時間にはまだ早い校内で人気のないところを探すのは案外難しい。仕方なく、俺は時々女を連れ込む時に使っ
ている音楽準備室にあいつを連れて行った。
ドアを閉めた瞬間、あいつの方から口を開いた。
「口止めの為?」
「え?」
「この間、図書室で」
「・・・・・ああ、あれか」
そう言われるまで、あの時女とキスをしていたことなど忘れていた。
改めて、あの瞬間から俺の頭の中はこいつ一色になっていたんだと思い知る。
「違う、別に気にするほどでもないし」
「加納君にとっては日常にあることなんだ」
あいつの声が硬くなり、初めて真っ直ぐ向けてくれた視線が逸らされてしまった。
「僕には理解出来ない」
「小・・・・・」
「悪いけど・・・・・帰ってもいい?」
拒絶されたと分かるまで、少し時間が掛かった。
俺と話したこともないのに、俺という人間が分かるのか?視線さえ合わせたくない程、俺のことが・・・・・。
答えない俺を置いてあいつが出て行こうとドアに手を掛けた瞬間、俺の絶望は怒りに変わった。
「!」
怯えるあいつの表情が俺の欲情をかきたてた。
「そうだ・・・・・早くこうすりゃよかった・・・・・」
俊輔の言ったとおり早くヤッてしまっていれば、この説明のしようもない渇きは収まっていたかもしれなかった。いつもの自
分なら、体から入る関係に躊躇など感じなかった。
柄にもなく純情ぶった自分が馬鹿らしくて情けない。
「か、加納く・・・・・」
「お前がどう思っていようが関係ないんだ」
「な・・・・・っ!!」
拒む小柄な身体を押さえ込むのはたやすかった。俺は床に押し倒したやつの身体の上に馬乗りになり、そのまま強引
に唇を奪った。
女とは違う、口紅の味がしないキス。だが、初めてキスが甘いことを知った。
なかなか口を開けようとしないやつの鼻を片手で摘むと、間を置かず口を開ける。無理矢理舌を進入させると、唾液ま
で全て味わいつくすようにあいつの口内に舌を這わせた。
嫌なら俺の舌を噛んででも止めさせたらいいのに、それさえも気付かないのか身体を硬直させたままキスを受け入れてい
る。
口内に入り込む俺の唾液を飲むことが出来ず、時折むせながら唇の端から唾液は零れ落ちていく。
思う増分やつの口内を味わった後唇を離した。長いキスのせいで腫れぼったくなった唇が誘うようにまだ小さく開いてい
る。
俺はゆっくりとあいつの唇の端にこぼれた唾液を舐め取り、もう一度その唇にキスをした。そのまま舌を首筋に移していく
と、硬直した身体がピクッと震えるのが分かった。
「あの時と同じだな」
覗き見されたキスの事を揶揄すると、一瞬のうちに顔が真っ赤になる。可愛い・・・・・。怒りはもう無く、愛しさだけが溢
れてきた。
こいつがどう思おうと、もう、俺のものだ。
「痛い!」
感情のまま、うっすらと血が滲むほど強く、白い鎖骨の辺りの肌に歯を立てた。
「マーキング」
ペロッと歯形の痕を舐めると、やつは眉を顰める。
「あの時から、とっくに俺のもんなんだよ・・・・・悠斗」
苦く冷たい初めてのキス。
キスだけでは終わるはずもない俺の熱情。
悠斗、悪いがお前、逃げられないよ。
終
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