あいつの苦い冷たいキス
前編
「・・・・・んっ、ん〜!」
突然塞いだ唇。あいつの口の中に強引に舌をねじ込み、俺は硬直している体を抱きしめた。
(キスしたい、キスしたい、キスしたい・・・・・!)
頭の中でグルグル同じ言葉が回っている。
ギュッと抱きしめている相手は紛れもなく男、それも同級生だ。
小柴悠斗・・・・・同じクラスだけどつるむグループが違うせいで、ほとんど話したことはない。
あいつのグループは暗くはないけど大人しい奴ばかりで、休み時間も図書室に行ったり、教室で難しい本を片手
に話してる姿をよく見る。
そんなあいつを初めて意識したのは、上級生の女とのキスを見られた時からだ。
昼休みの図書室で、友達に自慢したいからどうしてもキスして欲しいと言われ、別に減るもんじゃなしとしてやった。
わりと胸はでかくて、誘うように押し付けてくる。
(お持ち帰りでもするか・・・・・ん?)
本棚の影に人影が見えた。一瞬まずいと思ったが、相手が同じ制服を着ている事に気付いて、見せ付けてやろ
うと悪ノリした。
キスを唇からずらし、ねっとりと首筋に舌を這わせる。大きな胸を愛撫するように撫でさすると、女はプルッと体を震わ
せて吐息を漏らした。
こんな前戯でもない愛撫に簡単に堕ちる女を見る俺の目は、きっと冷めているだろう。
俺は視線を覗き魔に向けた。どうやら男のようだが、経験がなければこれぐらいでもタッているかもしれない。
「・・・・・」
そいつは最初驚いたように目を見張っていたが、直ぐに興味がそがれた様に視線を逸らすと、ゆっくりとドアの方に歩
いていった。
「・・・・・っつ」
「きゃあっ!」
思わず舌打ちをして女を突き放した。
「遼二?」
盛り上がった雰囲気の最中に(女にとってだが)突き放された女は、不満そうに名を呼びながら再び体を押し付けて
くる。
既に俺の興味は目の前の女には無かった。もともと女の方から言い寄ってきたぐらいだ。気分が乗らないのに、これ
以上
ボランティアをする義務はない。
「誰が名前を呼んでもいいって?」
「りょ・・・・・」
「キスだけの約束でしょ。センパイ、発情し過ぎてブスだよ」
「!」
屈辱を感じたのか、一般的には美人といわれる女は頬を紅潮させた。でも、こんな人目につく場所で大声で罵倒
も出来ないんだろう。
一睨みして立ち去る女を見送ることもせず、俺は覗いていた奴の顔を必死で思い出そうとする。
まだ見掛けが幼く、顔の大きさから比べても大きな目をしていた男・・・・・。
「・・・・・あっ」
思い出した。同じクラスの奴だ。
それから俺は意識してあいつ・・・・・小柴悠斗を見るようになった。
予想に反してあいつは図書室でのことを誰にも話していないようで、俺の学園生活に変化は無かった。
いや、俺が小柴を見る回数が格段と増えているのは周りから見てかなりの変化らしく、いつもつるんでいる奴らからは
『趣旨変えしたのか?』と言われるくらいだった。
奴らが勘違いするのも分かる。こうしてまじまじと観察して見ると、小柴はかなりイケているのだ。
女のようにとはいえないが、顔立ちは十分可愛らしいし、体も華奢で、そういう対象に見られても不思議でない感じが
する。
高校1年とはいえ、既に男は男らしい外見になってきているのに対し、小柴はいまだ『少年』といった雰囲気だ。
「・・・・・」
「・・・・・」
あれ以来、あいつも俺の視線に気付いているのか、時々視線が合うようになった。それでもあいつは何も言ってこない
し、俺も何が言いたいのか自分でも分からなくて行動に移せない。
ただ、分かっているのは、こうしてあいつを見ているだけでは満足できないということだ。あの時の冷めたあいつの目。あの
目を俺の方に向けたかった。
「遼二、今日も怪しい目で見てんな」
「うるせー。お前には関係ないだろ」
「そうでもないかもな」
意味深に笑う越智俊輔は、中学からの腐れ縁の悪友だ。
俺以上にかなりの遊び人で、初体験は小5、食った女の数は三桁に近いという噂を持っている。
それがまるっきり噂だけだとはいえないことを、俺らのグループの奴らは知っていた。
そんな、女に関しては百戦錬磨の俊輔が自分から小柴の名前を出したのは初めてで、俺はなぜか嫌な予感がして聞
き返した。
「何が言いたい?」
俺に対しては遠回しな事を言わない俊輔は、今回も直ぐに答えを出した。
「あいつ、意外と色っぽいよ」
「冗談だろ?どう見てもお子様だ」
「それなら、俺が貰っていい?」
「え・・・・・?」
とっさのことに誤魔化しきれず、俺は思わずきつい目で俊輔を睨んだ。
そんな俺の睨みは効くはずもなく、かえって俺の反応は俊輔を十分満足させたようで、奴の笑みは更に深くなった。
「最近、お前、小柴のこと気にしているからさ。一応聞いておこうと思って」
「・・・・・お前、ゲイじゃないだろ」
「好みのタイプなんだよ。泣かせてみたい」
「俊輔・・・・・」
「抱いたら女も男も変わらないだろ」
俺が一歩も踏み出せないでいるハードルを、こいつは目の前で楽々ととんでみせた。『男同士』という、普通ならば躊
躇する現実も、欲望の前では禁忌になりえないと。
「いい?」
そして、俺も今この瞬間に自覚した。
俺は小柴悠斗に欲情している・・・・・。
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