赤の王 青の王子



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 1ヵ月後・・・・・




 有希は大広間で、並び立つ大臣や貴族達を前にし、アルティウスの隣に並び立っていた。
 「みなさん、初めてお会いする方も多いと思いますが、僕はユキ・モリサワといいます」
 1ヵ月の間猛勉強したエクテシア語は、既に日常会話ならほぼ不自由なく使いこなせるようになった。
この世界で生きていくしかないと分かってから、有希は出来るだけ積極的に側仕えや兵士達とも言葉を交わすようになり、
エクテシアだけでなく他国の政情も勉強している。
有希の心情に迷いが無くなったととった宰相マクシーは、それまで限られた者しか知らなかった有希の存在をきちんと皆に
知らしめるが良しとアルティウスに進言した。
 有希が自分の手の内からいなくなるのを心配していたアルティウスも、有希の庇護者が自分だと広く知らせるのはいいこ
とだと賛成し、とりあえずは国の要職に付いているものや貴族達などを集め、国民より一足先に有希の披露目となった。
 「僕には、皆さんが思っているような力はありません。ただ、この国で共に暮らす一員として、アルティウス王を助けていきた
いと思っています」
 本来控えめな性格の有希が、これ程の人間の前で言葉を発するというのは大変なプレッシャーで、今回の披露目が決
まってから有希の食欲は目に見えて細くなり、溜め息を洩らすことも多くなった。
それでも、やめたいとは言わず、今日の日を迎えた。
 居並ぶ人々の中では、有希を初めて見る者も数多く、自分達とはまるで違う容姿の有希を興味深そうに見ている。
かなり暑い日差しの中にいるようになっても、有希の色白な肌は黒くなることは無く、華奢な容姿もそのままだ。
この国の人間からすれば、確かにユキは異世界の不思議な存在だった。



 披露目が終わると、有希はほうっと深い溜め息を付き、傍にいたアルティウスを見上げた。
 「僕、ちゃんと言えました?」
 「ああ、立派だった」
 「・・・・・良かった。これもディーガやウンパが付きっきりで教えてくれたおかげだよ、ありがとう」
2人ににっこりと笑い掛けるのが面白くなく、アルティウスの眉間には何時の間にか皺がよっている。
 「ユキ、今日の衣装は私が選んだのだが・・・・・」
 「はい、綺麗な衣装をありがとうございます、アルティウス」
 公式な場以外では王と呼ばないで欲しいと言われ、有希は多少困惑したがアルティウスの希望通り名前で呼ぶように
した。
 言葉が自由に操れるようになり、意思の疎通が格段に取れるようになった今でも、2人の関係に進展は無かった。
ユキはこの世界のことを覚えるのに必死だったし、アルティウスも強引な真似をして再び有希が離れていかないようにと自重
している。
 しかし、アルティウスの有希に対する想いが覚めたというわけではなく、むしろ以前よりも愛しいと思う気持ちは膨らんでい
た。
一度だけ手に入れた白い肉体もあまりに甘美で、アルティウスはもう有希以外を抱くことなど考えられないでいる。
シエンとのことで有希を正妃にするという話はうやむやになってしまったが、もちろんアルティウスは諦めてなどいない。
後継者問題も、既に暇を出すように通達している妾妃達も、全ての問題は解決していて、後は有希の心1つだ。
 「アルティウス」
 「何だ?」
 「本当に、ありがとうございます」
 「急にどうした?」
 改まった言葉にまたこの国から立ち去ろうと思っているのかと、心配になったアルティウスは思わず逃がさないように有希の
腕を掴んだが、有希はそんなアルティウスの行動に苦笑を浮かべながら首を横に振った。
 「逃げ出そうと思っているわけではなくて、きちんとお礼を言っておきたくて」
 「礼?」
 「僕を助けてくれてありがとう。こうして住む所や、食べる物、綺麗な服まで揃えてくれて、アルティウスには感謝してもし足
りないくらいお世話になってる」
 「それは、ただ私が有希に傍にいて欲しいだけだ」
 「そうだとしても、本当に感謝してしてます。ありがとう」
 「・・・・・そなたにあんな振る舞いをした私に礼を言うのか?」
 「アルティウスはちゃんと謝ってくれた。僕も許すって言いました」
 「・・・・・そうか」
 有希はアルティウスを真っ直ぐ見つめて言葉を続けた。
 「僕には何の力も無いけど、この世界で生きていく為に力を貸してもらえますか?」
有希にとってそれはかなり勇気を振り絞った問いなのだろう。
白くなるほどギュッと手を握り締めながらアルティウスの返事を待つ有希に、アルティウスの返事は1つしかなかった。
 「この国で・・・・・私の傍で生きて欲しい」
 2人言葉には微妙なニュアンスの差がある。
有希はそれを感じ取るにはまだ子供過ぎたし、アルティウスは言葉を尽くさなくても通じるだろうという傲慢さがあった。
その差は浅いようでとても深く、アルティウスはまだしばらく寂しい夜を過ごさなければならなかった。






                                                   赤の王 青の王子    完