赤の王 青の王子 外伝
蒼の光
3
※ここでの『』の言葉は日本語です
見るからにこの国の者ではない少年をいきなり大勢の前に連れて行くのは得策ではないと思ったシエンは、宮殿とは渡り廊下で
つながっている自分の住まいである離宮に少年を連れてきた。
『うわ〜、ホントに城だ・・・・・』
大きな目を丸くして、ポカンと口を開けたまま周りを見渡す少年を見ていると、シエンの頬にも自然と笑みが浮かんでくる。
しかし、シエンにはまだまだ考えなければならない問題があった。
「さて・・・・・あなたと意思を通わせるにはどうすればよいものか・・・・・」
今の時点では全く互いの言葉が分からない状態で、名前さえも訊ねることが出来ない。
(いや、そうとは限らないか・・・・・)
現実に、少年はここまでシエンに付いて来た。その理由までは分からないが、多少は気持ちが通じたのかもしれない。
シエンは少年を見下ろした。
「名前をお聞きしたいのですが」
キョロキョロと辺りを見回していた少年は、急に何か話し掛けて来たシエンを慌てて振り返った。
綺麗な黒い瞳だが、有希より少し茶色がかっている。
『何?何言ってるんだ?』
「私はシエンといいます。あなたは?」
片手を自分の胸に当て、何度も自分の名前を言って聞かせた。
「分かりますか?」
自分を指差し、何度も同じ言葉を繰り返すシエンに、それがどうやら名前らしいということは分かったようだ。
しかし、その発音は分かりにくいのか、何度繰り返しても同じ間違えになる。
先は長いと、シエンは覚悟を決めた。
「しぇ、しぇん?」
まだ柔らかかった日差しが、真昼の暑いものに変わった頃、何百回と繰り返していた単語を再度繰り返した時、男の頬にようや
く笑みが浮かんだ。
『あ、これで合ってんの?』
確かめる意味でもう一度言うと、男は頷いてみせる。
『なんだ、やっと1っこか』
蒼は疲れたような溜め息を付いた。
剣道を習っているせいか、蒼は自分でも根気強い方だと自負していたが、言葉を1つ覚えることがこれ程きついものだとは思わな
かった。
元々勉強ではなく、身体を動かす方が得意な蒼は、こんな風に向かい合って諭すように教えられるよりも、頭を叩かれながら叩き
込まれるほうが性に合っているのだ。
(でもこの人・・・・・どう見ても荒っぽい性格じゃないみたいだし)
落ち着いてまじまじと見てみれば、男が随分と整った顔立ちをしているのが分かった。
金髪と思っていた髪も明るい茶色で、肌も浅黒い。目は青色というよりも空の色といった感じで、蒼を見る時優しく暖かい光を帯
びている。
(それにしても、ここってホントに何なんだ?夢じゃなくて、外国に誘拐されたわけでもなかったら、ホントに俺違う世界に来ちゃったっ
てことなのか?)
とても現実的に思えないが、頬を当たる風は熱いし、触るものには感触がある。喉も渇いていたし、腹も・・・・・。
『朝飯食べてない・・・・・』
そう思った瞬間、蒼の腹が賑やかに鳴った。
見知らぬ相手の前でのことに、蒼はたちまち真っ赤になった。
キュルキュルと鳴った音と真っ赤になった少年の顔に、シエンはあっと気付いたように腰掛けていたイスから立ち上がった。
「もう食事時でしたね、直ぐ用意をさせましょう」
『飯、奢ってくれるの?』
その気配に少年が嬉しそうに言う。
「あなたの口に合うかどうかは分かりませんが、バリハンは水に恵まれた土地ですので、果物や野菜は他の国よりも豊富にある
んですよ。あなたは・・・・・何がお好きなんでしょうか・・・・・」
自分達よりもはるかに細身の少年が今まで何を食べてきたのか想像出来ない。
しかし、エクテシアから有希を連れ去ろうとした朝、有希が果物を好んで口にしてたことを思い出した。
「とりあえず、様々な種類の果物を持ってこさせるか・・・・・」
『あの、出来るなら俺、肉が食べたいんだけど・・・・・』
「?」
『さすがにハンバーガーとかは無理だろうけど、唐揚げっぽいのとかないかな?肉食べないと力でないって言うか・・・・・あ、これはあ
くまでも希望って事で』
「空腹なのですね?もうしばらくお待ちください」
シエンが鐘のような物を鳴らすと、直ぐに側仕えが入ってきた。
「直ぐに食事の支度を。出来るだけ瑞々しい果物を多く揃える様に」
「は」
王子であるシエンの私室に見知らぬ少年の姿を見ても、主人に忠実な側仕えは何も言わないままその場を辞した。
再び2人になったシエンは、手持ち無沙汰な少年を振り返って言った。
「あなたのお名前は?」
『ん?何て言ってんだ?』
「私はシエン。あなたは?」
『もしかして名前か?俺は五月蒼。そ・お』
「綺麗な響きですが・・・・・」
シエンは耳に届いた音を出来るだけ正確に発音してみた。
『ソー』
『そう!あんた頭いいなあ』
それから間もなく、テーブルの上に広げられた様々な果物を見て、蒼は思わず溜め息を付いた。
『・・・・・だよなあ。そんなに上手くいくはずないか』
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