蒼の光 外伝
蒼の引力
プロローグ
※ここでの『』の言葉は日本語です
「本当に大丈夫ですか?」
「だいじょーぶ!シエンはしんぱいしょーだって」
自分専用のソリューに跨った蒼(そう)は、気遣わしそうに眉を潜めている最愛の男を笑いながら見下ろした。
心配してくれるのは嬉しいが、蒼がこの世界に来てもう半年以上(多分)経つし、言葉を話すのも聞き取りも、ほぼ完璧だと言っ
てもいい。
「後で、シエンも来るし、俺、へーき!」
五月蒼(さつき そう)。
現代日本の高校3年生だった蒼は、ある日、不思議な力で、この不思議な世界にやってきた。
来た当時はやはりもとの世界に帰りたいと強く願っていたが、蒼を保護し、守ってくれるバリハン王国の皇太子、シエンに対して
打ち解け、シエンも、蒼に愛情を持ってくれるようになって、2人は何時しか恋仲になっていった。
当時、シエンには許婚がおり、彼女に関しては様々な悲しい事件も起きてしまったが、それを乗り越えた2人は無事に婚儀を
挙げ、蒼は皇太子妃という立場になった。
もう、もとの世界には戻れないとも思っているが、何時か、一度は帰りたい。自分のことを心配しなくていいと、こんなにも頼もし
く、優しい人が傍にいるのだと、家族や友人達に自慢したいと思っていた。
シエンと婚儀を挙げて、一つの季節が変わる頃、2つ先のメルキエ王国に嫁いでいるシエンの妹が王子を生んだという知らせが
届いた。
シエンの結婚と共にめでたい知らせだと、バリハンでは直ぐに祝いを届けるという話になったのだが、それの使者を誰がするかという
段になって、皇太子妃である蒼が名乗りをあげたのだ。
この世界の大国であるエクテシア国には、同じように日本からこの世界にやってきた杜沢有希(もりさわ ゆき)に会いに行ったの
だが、他の国にはまだ行ったことがない。
この先ずっとこの世界で生きていくのならば、たくさんの世界を見てみたいと思っていた蒼は、これがいい機会だと思ったのだ。
シエンの妹が嫁いでいる国ならば心配はないし、ソリューの足ならば4、5日で着くという距離らしい。隣国を突っ切る形になるが、
その国とも友好関係にあるので大丈夫だと思った。
しかし、直ぐに賛成してくれると思ったシエンは難色を示し、王ガルダや、王妃アンティも、困ったような顔をした。
どうやらシエンは、自分は国賓を迎えなければならないので共に出発することが出来ず、蒼1人での旅が心配でならないらしい。
それを、蒼は言葉を尽くして説得し、最後はハンスト(1日食事を取らなかった)をして、何とか許可を貰った。それでも、帰りはシ
エンが迎えに来るということなのだが、一応は蒼の初めての1人旅だ。
何日も前からワクワクと胸を躍らせていた蒼は、ようやく今日という出発の日を迎えた。
警備隊長は、シエンの側近でもあるベルネが就き、もちろんカヤンも一緒だ。他にも、祝いの品物を運ぶ供や警備の人間など、
総勢20人近くの一団になってしまうが、一国の皇太子妃となると、最小でもこれくらいの警備は必要だと皆から説得をされてし
まい、蒼も一応は納得をしたのだ。
「後で、シエンも来るし、俺、へーき!」
シエンは、嬉しそうに笑う蒼を見つめていると、口から出そうになる繰言をなんとかおさめた。
(ソウの気持ちは分かるが・・・・・)
本人は、もう言葉も完璧に操れると思っているのかもしれない。シエンや周りの者は、愛情を持って接しているのでその意味を汲
み取れるが、冷静に聞けばまだまだだ。
養い子であるリュシオンと接することが多いので、発音は子供っぽいままだし、所々意味を取り違えて覚えている。それは、途中
から言葉を教える教師が、まだ幼い甥っ子達に変わったということも原因かもしれない。
妹には先に手紙で知らせてあるので大丈夫だとは思うが、他人の心無い言葉に蒼が傷付かないか、シエンは心配でたまらなかっ
た。
それに、蒼には《強星》という、もう一つの顔がある。
遥か昔、異国から星が落ちてきた。
類稀な美貌と知能の持ち主を、最初に手にした王は短期間の間に周辺の国を傘下に治め、栄華を誇ることになった。その力の
源が異国の者だと推察した諸外国は四方から攻め込み、その後数十年間戦火は収まらなかったという。
最上の存在として語られてきた異国の星、《強星》。その話は今も生きていた。
エクテシア国に現れた《強星》、有希と、バリハン国に現れた《強星》、蒼。
同じ世界から来たらしい2人のうちのどちらが本物か、それともどちらも本物か、偽物か。
今だ分からないまま、各国では2人の動向をじっと観察している。何時狙われるか分からない蒼を、出来れば自分の手元から手
放したくはないというのがシエンの本心だった。
「ソウ」
「なに?」
皇太子妃という立場ながら、男の蒼は普段も軽装だった。
装飾は重くて嫌だとか、長い衣装は動き難いとか、色々と理由をつけていたが、シエンも女装をした蒼がいいというわけではなかっ
た。
ただ、婚儀の時の蒼は素晴らしく可憐で凛々しく、機会があればまたあの正装を見たいと思っていたシエンだが、今回の旅装も
どうやら少年のものらしい。
正式にメルキエ王国の王族に謁見する時は、カヤンが持参した正装を着付けることになっていた。
「本当に、大丈夫ですか?」
「・・・・・」
「ソウ?」
「何度も言うと、なんかいや。俺、たよない感じ」
「・・・・・」
頼りない・・・・・そんな風には思っていない。
蒼は自分よりも小柄で、非力ながらも、素晴らしい行動力と、眩しいほどの前向きな精神力がある。シエン自身、何度、蒼の
言葉や行動に支えられたか分からなかった。
「あなたを信頼していますよ。ただ、私が心配なだけです」
「シエン、何しんぱい?向こうであうよ?」
「・・・・・分かっているんですが・・・・・」
シエンは手綱を握っている蒼の手に、そっと自分の手を重ねた。
「こんなに離れるのは、出会って初めてなので・・・・・」
「あ・・・・・そっか」
「気付いていなかったんですか?」
蒼らしいと思いながら、からかうように睨んでみせると、さすがに蒼はしまったというような顔をする。
しかし、その顔はますます子供っぽく見えてしまい、シエンは思わず頬を綻ばせてしまった。
「あ!」
からかわれたと分かった蒼は、口を尖らせる。
「シエン、俺パカにしてる?」
「バカ、でしょう?」
間違った言葉はその都度指摘して欲しい・・・・・そう言った蒼の言葉に忠実に従ったシエンは、そう言ってからきちんと違いますよと
首を横に振った。
「私があなたをそんな風に思うはずが無いでしょう?」
ここまで来るのに蒼がどんなに一生懸命努力したかは、傍にいた自分が一番よく知っている。その努力を笑う者がいたら、それこ
そシエン自身が容赦なく反論するつもりだった。
「もう決まってしまったことに意見する私が間違っていました、すみません」
「そ、そんなふーにあやまる、いらないけど」
シエンに頭を下げられては、蒼もそれ以上言うことは無かった。シエンが蒼に弱いように、蒼もシエンには弱いのだ。
「しんぱい、ないから。あっちで待ってるな?」
「ええ、直ぐに追い掛けて行きますから、カヤンとベルネの言うことをきちんと聞いてくださいね」
「は〜い」
「ソウ」
「はいっ!いってきま〜す!」
これ以上出発を遅らせてしまうと、今夜の宿に辿り着けなくなってしまう。
(とにかく、出発しちゃったら後はどーにかなるよな)
元々前向きで、楽観的な蒼だ。結局はシエン達の懸念は過保護なゆえと割り切って考え、蒼は元気に手を振ると、見送るシエ
ン達に背を向けて宮殿を出発した。
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