蒼の光   外伝




蒼の引力






                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 初めて見た時は、いったいこれは何の動物だと思っていたソリューの背に乗ることも、今ではかなり慣れたと思う。
普通の馬とは違い、少し硬い肌の、一見小さな恐竜にも見えるソリューだが、慣れると人懐こいし、まるでこちらの言葉が分かる
かのように豊かな表情を見せてくれるのだ。
 そんな、自分専用のソリュー、《ポチ》の背中をポンポンと叩きながら、蒼は既に影も見えなくなってしまったシエンの姿を捜すよう
に振り向いて言った。
 「シエン、しんぱいすぎ。俺だって、だいじょーぶ、だし」
 「ソウ様単独での旅は初めてですので、王子もご心配になられているのでしょう。深い愛情ゆえと思いますが」
 「わ、わかってるよ」
 カヤンの言葉に、蒼は自分の頬が熱くなったような気がして、ごまかすようにペシッと叩いた。
この国・・・・・と、いうか、以前会ったエクテシア国のアルティウスもそうだが、どうも気持ちがアメリカナイズされているというか・・・・・
自分の感情をストレートに口にする。
硬派を自認する蒼は、シエンが与えてくれるその言葉を嬉しいとは思うものの、背中がモゾモゾとしてしまうのも確かで、慣れない
なあと何時も感じているのだ。




 「なあ、カヤン、次の国、どんなとこ?」
 シエンと離れ、慣れたバリハン王国を後にするのは寂しいものの、それと同じくらいに新しい世界を見ることは楽しみだった。
先ずは情報収集とカヤンに訊ねると、カヤンは少しだけ考えるように空を見つめた。
 「隣国のシュトルーフ共和国は、幾つかの小国が集まって、一つの国家になったと言われています。ですから、人々の容姿や文
化も様々で、なかなか面白いと聞きましたが」
 「へえ~」
 「ただ、多少気性が荒いというか・・・・・エクテシア人の血も多く入っているようなので」
 「きしょ?」
 「性格ということですよ」
 「ああ、せーかく」
 今ではほとんどの会話はバリハンの言葉を使っているものの、難しい単語や聞いたことのない言葉はまだ多く、蒼は疑問に思っ
た時は直ぐに聞くようにしていた。後回しにしていると忘れてしまうし、出来れば同じ間違いは繰り返したくない。
 皇太子妃となって、人前に出ることは多くなったものの、その場合の多くはシエンの隣で微笑んで(これが蒼にとっては難しい)い
るというのが常だったが、何時自分1人で対応する時が来るとも限らないのだ。
 「ごはんは?おいし?」
 「ソウ様のお好きな肉の種類は豊富らしいですよ。先程も言ったように多民族国家になりますから、食べるものも色々な種類が
あるんです」
 「そっか~」
(どんなんだろ・・・・・)
 比較的気候の温暖なバリハン王国は野菜や果物が豊富だが、民族性なのか肉料理は限られているような気がする。
蒼が好きだということで、シエンが食事の中に積極的に取り入れてくれるようになったし、蒼自身、自分でも料理を作るので、今
ではそれ程欲求不満にはならないが・・・・・。
(新しい料理って楽しみだもんね~)
 グフフと思わず笑ってしまった蒼に、呆れたような声が掛かった。
 「おい、シュトルーフは通過するだけだぞ」
 「え?」
 「当たり前だろう。今回の目的はメルキエ王国に嫁がれているコンティ様の出産祝いに出向くんだ。途中で食べ歩きなどする時
間はない」
 「ベルネ、つめたー!!」
 「ベルネ、多少は時間があるだろう?」
 「お前はこいつに甘過ぎるぞ、カヤン。俺達の任務は皇太子妃の無事の旅路だ。少しでも危険があれば避けるのが当たり前だ
ろう」
 「う~・・・・・」
きっぱりと正論を言うベルネにどう文句を言っていいのか、蒼はじとっと上目遣いに睨みながら、精一杯の抵抗の意味をこめた。
知り合った時から、ベルネは蒼に厳しかった。シエンに忠誠を誓う彼にとって、蒼のような不安定な存在はあまり歓迎すべきもので
はなかったのかもしれない。
 それでも、お互いを知るようになり、蒼の中でも多少は優しいかなと思う気持ちが生まれたものの・・・・・基本的に意地悪なくら
い優しくないのだ。
(カヤンがやさしーからいいけどっ)
 どうやら、同期らしいカヤンとベルネは常に2人一組で動いていて、全く性格が合わないんじゃないかと蒼は心配するが、案外に
仲はいいようだった。
(別に、ベルネが反対してもいいし)
 ベルネは納得していないようだが、蒼は絶対に新しく訪れる国をじっくり見ようと思っていた。
こんな機会は滅多にないのだ。自分がこれから生きることになる世界を、出来るだけ自分の目で確かめたい・・・・・蒼の決意は食
欲も手伝って、常になく強くかたまっていた。




 早朝といえる時間にバリハンを出立して、そろそろ太陽は真上にさしかかろうとしていた。
 「・・・・・」
 「ソウ様、大丈夫ですか?」
 「だ、だじょぶ」
暑くてたまらないという言葉を押し込み、蒼は何とかそう答えた。
 以前、エクテシアに向った時も数日間の旅だったが、その時はシエンの操るソリューに跨り、シエンの身体が陰になって直接太陽
を浴びることも少なかった。
 しかし、今回は自分で手綱を握っている。慣れてきたとはいえ、自分でも意識しないまま緊張していたのか、手の平は攣りそう
なほどに痛いし、大きなソリューの体に跨り続けて太股も痛い。
(な、情けない・・・・・)
 休みたいという言葉を何とか意地で押し殺しているものの、額に浮かぶ汗までは根性では止めることは出来なかった。
そんな蒼の姿を少し前を行くベルネが振り返り、少し呆れたように言う。
 「始めにはしゃぎ過ぎだ」
 「ベルネッ」
 「・・・・・そろそろ休憩を取るか」
 カヤンに非難めいた視線を向けられたわけではないだろうが、ベルネは溜め息をついてそう言うと、周りを見て影になるような場所
を探すように視線を動かした。




 「どうぞ」
 「・・・・・ありがと」
 蒼はカヤンが差し出してくれた皮袋を受け取り、中の水をコクコクと飲んで喉を潤した。
 「は~」
 「少しは落ち着かれましたか?」
 「うん。・・・・・さぱく、暑いね~」
砂漠越えという覚悟を予めしていたものの、それは蒼の安易な決意をグチャッと押し潰すほどに過酷で大変なものだった。
 バリハン国は、この世界でも水源が豊かで、飲み水などには苦労はないらしいが、少し町を外れると、直ぐに砂漠が広がってい
る。
ここはまだバリハンの領土内だというのに、既に緑はかなり少なくなっていて、日陰になるような大樹など全く見えなかった。
 「・・・・・今からそんな様子では、国境を越えるのは大変だぞ」
 「・・・・・ん・・・・・」
 国と国との間は、緑の少ない砂漠地帯だと勉強はした。所々にオアシスのような水源や緑がある小さな村があるらしいが、それ
でも国境を越えるということは大変な旅路らしい。
(もう、身を持って知ったよ・・・・・)
 蒼は汗ばむ顔を布で拭きながら、既に小さくなってしまった王宮を振り返った。
 「シエン、何してるかな~」
 「きちんと政務をこなしていらっしゃるはずですよ」
 「・・・・・まちめだもんな」
 「ソウ様も、このように立派に公務をなされているではありませんか」
 「・・・・・」
こんなにヘバッていて、公務をしているなどとはとても言うことが出来ない。
蒼は勢いをつけて立ち上がると、んーっと両手を上げて大きく背伸びをした。
 「みんな、見てくる」
 「え?」
 「おれ、せきにんちゃ」
 蒼の旅路の供に選ばれた者達は、シエンが兵士の中でも選りすぐった者達であることを蒼は知らない。ただ、自分ほどには疲れ
ていないだろうが、きちんと一行の体調管理はしておかなければと思った。




 「みんなー!!だいじょーぶかあっ?」
 「ソウ様」
 「ありがとうございます」
 蒼の気遣いに、屈強な兵士達は顔を綻ばせて言葉を交わしている。何度も訓練に飛び入り参加しているヤンチャな皇太子妃
は、兵士達の中でも絶大な人気があるのだ。
 「・・・・・少しは休んでいればいいのに」
 クルクルと小動物のように兵士達の間を動き回る蒼を見て、ベルネが眉を潜めながら呟く。
口は悪いが蒼を気遣っていると十分分かるその言動に、カヤンは顔を逸らしてくっと笑みを零した。






                                                     








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