蒼の光 外伝
蒼の引力
30
※ここでの『』の言葉は日本語です
「族長であるお前が、どうして他国にわざわざ頭を下げてまで教えを請うっ?」
「そうだぞ!我らはアブドーランの民というだけで見下されてきた!ようやく、新たな国を建国するという時に、新王候補の筆頭で
あるお前がこの地を離れてどうするというのだっ!」
「バリハンに滞在して、建国する上での学識を高めたい」
長老達は口々にセルジュの申し出に意義を唱えた。そうでなくても、もう長い間各国を回り、その国情や産業についてもかなり
の知識を養ったはずで、今更何を学ぼうとしているのだというのだ。
その意見は想像通りで、セルジュは顔から笑みを消さない。散々、周りの反対意見を聞き、一息ついたようにその場が静まった
時、セルジュは分かったと答えた。
歳若い族長が自分達の意見に従ったと、長老達はいっせいに顔を綻ばせたが・・・・・。
「お前達の意見は分かった」
「セルジュ?」
「だが、俺は自分の思ったとおりにさせてもらう」
「!!」
その瞬間、さらに声が上がりそうになるのを、セルジュは一睨みで鎮めた。
「俺がただ、小難しい大国の制度を学びに行くだけだと思っているのか?」
「セルジュ?」
「どういうことだ?」
「爺達、今まで蔑まれてきた俺達が、この世界を支配出来るかもしれないと言ったらどうする?」
長老達の目が見張られる。その後ろではアルベリックが溜め息を噛み殺していたが、セルジュは本気でそう思っているのだ。
いや、それくらい思わなければ、人生楽しくないだろう。
「今度この地に戻ってくる時は、世界中の支配者が欲しがっている《強星》をこの手に抱いてきてやるよ」
冷静沈着なシエンの驚いた顔は面白いが、ここで機嫌を損なわれては今後の計画が全て白紙になってしまう。
(多分、そんな姿は見せないだろうがな)
この男がそんな風に感情的になることはきっと無いだろう。蒼の前でそんな姿を見せてしまうのは、男として器の小さい奴だと思わ
れかねない。
あの蒼の伴侶として、たとえどれほど意に沿わぬことが目の前にあったとしても、後ろに引くことは出来ないだろう。
「あっ」
そんなシエンの後ろから、驚いたような声が上がる。
別れてからそれ程時間は経っていないのだが、別れの言葉をきちんと言えなかっただけに、セルジュもこの再会が計画していたとは
いえ嬉しかった。
「よお」
「セルジュッ?どうしたんだよっ?」
「お前の自慢の王子様に、色んなことを教えてもらおうと思ってな。少し腰を据えるつもりで滞在を願い出たんだが、王はシエン
王子次第だと言われた。王子、どうだろうか?」
(ソウの前で、否と言えるか?)
どういう風な態度に出るのかと、セルジュは楽しみにシエンを見た。
突然目の前に現れたセルジュに、蒼は目を丸くしてしまった。
メルキエ王国で別れた彼らに、まさかバリハンで再会するとは全く想像もしていなかったのだ。
「びっくり・・・・・だあ」
「そうか?」
「だってっ、来るとか、言ってなかった!」
「一応、俺も一族の長だからな。ジジイ達の許しが無ければ簡単に動けないんだ。まあ、今回のことは建国の足掛かりにもなる
ことだし、快く送り出してもらったが」
「・・・・・そっか、新しい国、作るんだよな」
セルジュほどに強引な男が、周りの許可がないと動けないというのは少し想像出来ないが、やはり長としての責任感はそれなり
にあるのだろうと思えた。
それと同時に、新しい国を作るうえで、このバリハンを手本にと考えてくれたことが何だか嬉しい。シエンやガルダの力を認めてもら
えているような気分になるのだ。
「ねえ、シエン、びっくりしたよな?」
「・・・・・ええ、確かに驚きました」
「勉強、いいことだよな?」
「・・・・・勉強自体は悪いことではないですね」
「じゃあ、セルジュとアルベリック、ここで勉強いいんだ?」
2人が様々なことを勉強するのだとしたら、自分もきっと退屈しないような気がする。
早くシエンの手助けを出来るようにするためには、言葉だけを覚えるのでは駄目だと分かっている。この世界の仕組みや、産業の
ことなど、勉強しなければならないことはたくさんあって、それを1人でするよりは3人で助け合ってする方が効率が上がるだろう。
それに、アブドーランという未知の世界のことも色々と聞いて、何時かシエンと訪ねて行きたいとも思っていたし、今回のこのセル
ジュ達の滞在は、きっと自分にとっては発奮材料になると思った。
「シエン」
「・・・・・」
「シエン?」
(どうして直ぐに頷いてくれないんだ?)
シエン自身も、今だ色んな勉強をしていて、知識は自分の身になると教えてくれる。そんな彼ならば、勉強したいというセルジュ
の言葉を嬉しく思ってくれるのではないかと思うのだが・・・・・違うのだろうか?
少し不安になりながらじっと蒼が見つめていると、シエンははあと深い溜め息をついた。
(・・・・・やられた)
まさか、セルジュがこんなに堂々と姿を見せるとは思わなかった。しかも、政を勉強したいという殊勝な言い訳を携えてだ。
蒼はすっかりその言葉を信じているらしいが、シエンはもちろん言葉通りだとは思っていない。セルジュがわざわざバリハンまでやって
きた目的は間違いなく・・・・・蒼だろう。
「シエン?」
「・・・・・」
蒼の黒い瞳は心配そうに揺れている。そんな蒼に、シエンは苦笑を向けた。
「確かに、悪いことではありませんし、これまでも我が国は勉学したいという他国の者を受け入れてきました。彼だけを例外にす
ることは出来ませんね」
「じゃあ?」
「幾つか条件を付けさせてもらいますが、基本的には受け入れましょう。それでよろしいですね、父上」
「・・・・・お前が良ければな」
父は目を細めて笑っている。人生経験豊富な父には、自分の気持ちなど見透かしているのかもしれないが、そう思われても構わ
ないと思う。自分にとってそれほどに蒼は大切な存在で、守ることに必死になることが恥ずかしいとは思わなかった。
「・・・・・」
シエンはセルジュを振り返る。楽しそうに笑っている紫の瞳に向かい、シエンはきっぱりと言いきった。
「正式な書面を交わしてもよろしいか?」
「結構。それでそちらが安心するのならな」
「国というものはそういうものだ。いずれ建国されるつもりなら、覚えておかれた方がいい」
「・・・・・分かった」
少しだけ、セルジュが面白くなさそうな顔をした。
「でも、びっくりすることって重なるもんだな〜。セルジュもびっくりだけど、エルネストにもびっくり」
「エルネスト?」
シエンの許可を下す言葉に安堵した蒼は、本当に驚いたと呟いた。すると、その名前になぜかセルジュが反応して、どういうこと
なんだと蒼に聞いてくる。
別に隠すことでもないなと、今日届いたばかりの荷物の話をした。
「俺がうれしー物ばっかり入ってた!また遊びにおいでって言ってくれたしっ」
「・・・・・そうなのか?」
セルジュは側に立っているシエンに確認している。シエンはそうだと頷いた。
「あいつ・・・・・結構素早いな」
「そちらも負けていないと思うが」
「俺はまだ身軽だからな。でも・・・・・あいつ、思い込んだら激しそうだ」
「・・・・・」
「?」
(何の話?)
ついさっきまで、何だか張り詰めた雰囲気で向き合っていたというのに、今のシエンとセルジュの間にはなんだか共通する雰囲気が
見える。
「何だろ?」
「なんだろうな」
視線を向けたアルベリックは呆れたように笑ってはいるものの、その理由には見当が付いているようで・・・・・それでも、その理由を
口にしてくれない。なんだか1人だけ仲間外れにされたようで、蒼は口を尖らせてしまった。
「シエンばっかり、セルジュと仲良くなってズルイ!」
「・・・・・え?」
「・・・・・はあ?」
「俺もなかまに入れてよ!」
どこをどう見てそう思ったのか、いきなりそう叫んだ蒼が自分とセルジュの間に割り込んできた。
「ソウ?」
「俺も、色んな話、したい!」
「・・・・・」
「・・・・・」
シエンはセルジュを見、セルジュも自分を見て・・・・・なぜか、同時に笑みが零れてしまった。
「シエン?」
セルジュと馴れ合うわけでは無いが、ここにいないというだけでエルネストが共通の敵という雰囲気になってしまったのだ。それを蒼
が誤解するというのもおかしな話だが、そんな態度をとるほどに自分の動向を気にしてくれているのだと思いたい。
「私が、あなた以上に彼と仲良くなるはずがありません」
そう言いながら、シエンは背後から蒼を抱きしめた。自分の腕の中にすっぽりと収まる小さな身体。少しも緊張せずに自分に身
体を預けてくれる蒼を見つめ、続いて目の前にいるセルジュを見た。
「あなたは、必要以上にソウと仲良くならないように」
「・・・・・さあ、どうだかなあ。ソウがどう思うかだな」
じっと見返してくるセルジュの目の中には、少しの諦めの色もない。いや、かえって闘志がわいたのか、腕を組んだまま、不敵な
笑みを浮かべていた。
「なあ、ソウ。これからしばらく厄介になるんだ、俺とも仲良くしてくれよ」
「ソウ」
セルジュの言葉を聞くことは無い・・・・・そう言おうとしたシエンの耳に届いた言葉は、全く想像していないものだった。
「セルジュッ、いくらシエンを気に入っても、シエンは俺のなんだからっ!ぜったいにあげないからな!」
いくら仲良くなれそうな相手だとしても、大好きな人を渡すわけにはいかない。そう思いながら蒼が睨みつけると、セルジュは一瞬
黙り込んで、その後大声で笑い始めた。
「はははっ!なるほど、そうきたか」
「な、なんだよ!笑うなよ!」
「王子、やっぱりこいつは面白いな。これからの生活がますます楽しみになってきたぞ」
「う〜!!」
自分の言葉など全く意に返さないセルジュにさらに言い返そうとした蒼だったが、抱きしめてくるシエンの腕の力がさらに増したのに
気付いて顔を上げる。そこにある自分を見下ろすシエンの顔は、とても嬉しそうに笑っていて・・・・・蒼が顔を赤くしてしまうほどに色
気のある声で耳元に囁いてきた。
「私はあなただけのものですよ、ソウ」
「・・・・・っ」
(お、俺だってっ!)
自分も同じ気持ちだと心の中で叫んだ蒼は、胸に回っているシエンの腕にしがみ付きながら、セルジュに絶対シエンは渡さない
ぞと、精一杯威嚇しながらふんっと鼻をならした。
蒼の引力 完
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