蒼の光 外伝
蒼の引力
29
※ここでの『』の言葉は日本語です
一ヵ月後 ------------------- 。
「ソウ様!」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・?」
「どうやら、勉強の時間ではないのか?」
「え〜っ!全然暴れ足りないのに〜っ!」
一人前の兵士と同じくらいに、いや、元々自分の国でも剣を振るっていたらしい蒼の太刀筋は良く、向き合っている時はこちら
側にもヒリヒリする殺気を感じるほどなのに、こうして剣を下ろしてしまえば途端に子供のような表情になる蒼。
その鮮やかな変化に笑みを浮かべながら、バリハン王国の将軍、バウエルは、大きな手で蒼の頭を撫でた。
「さあ、きちんと皇太子妃としての務めをなされよ」
「・・・・・は〜い」
諦めたように言った蒼は、バウエルを振り返って頭を下げた。
「ありがとーございました!」
「ご苦労様」
「また付き合って」
「喜んで」
体格の差はあるものの、蒼と剣を交えるのは楽しく、多忙な時間をぬって(単に怠けるためかもしれないが)こうしてやってくる蒼
をつい受け入れてしまう。
(皇太子妃に怪我などさせられないんだが・・・・・)
伸びやかな身体に所々ある掠り傷を思い出しながら、シエンの心労は耐えないだろうなとバウエルは思った。
せっかく午前中の勉強を早く終わらせたというのに、ここまで追いかけてくるとは何の緊急の用事なのだろうか?
(今日は絶対にザボッたわけじゃないけどな〜)
蒼はそのまま自分を呼ぶカヤンの元へと駆け寄った。
「カヤンッ、なに?」
「ソウ様に贈り物が届いています」
「おくもの?」
「贈り物、です。たった今、メルキエ王国のエルネスト皇太子様から」
「エルネスト王子から?」
思い掛けない名前に、蒼は思わずカヤンの顔を見返すものの、カヤンもどう返答をしていいのかという迷うような表情だ。だとす
れば、これは前もって知らせてもらっていたものではないということだろう。
(エルネストが俺に・・・・・いったい、何だろ?)
荷物が保管されてあるのは、各国からの貢物や書類などをいったん受け取る所ではなく、なぜか食堂だった。
(どうしてこんなとこに?)
それだけでも蒼にとっては謎だったのだが、直ぐに目に入ってきた大好きな人の姿を見ると、眉根に寄った皺も伸びてたちまち笑顔
になってしまう。
「あ、シエン」
「せっかくの将軍との手合わせを邪魔しまして、申し訳ありません」
「ううん、いい。エルネストからって、ホントに俺に?」
「・・・・・ええ」
シエンがチラッと荷物に目をやると、それは既に開けられていた。
「本当はソウの許可を貰ってからと思ったんですが・・・・・」
「いいよ。もしもエルネストからじゃなかったら大変だし」
色んな名前を騙って怪しい荷物が届くという話は聞いたことがあったので、まがりなりにも王族の一員である自分の安全を考えて
くれたとしたら当たり前の処置だと思う。
そのうえで、その荷物を食堂に運んだという意味が分からなくて、蒼は恐々と大きな木箱の中を覗いてみた。
「・・・・・これ、干し肉?」
大きな皮袋の口から覗いているのは、見覚えのある食べ物で・・・・・。
「あ、こっちは、ちょーみりょうっ!」
他にも、大小の壷や皮袋に入っていたのは、メルキエ王国で見掛けた珍しい調味料だ。
そこまで見た蒼はようやく、メルキエ王国の厨房で料理をした時、エルネストに向かって様々な料理の話をしたことを思い出した。
「そんなに、自分で料理を作るのが好きなのか」
「うん!おいしー物を食べるのも好きだけど、自分で作ったものをおいしーって食べてもらうのも好き!」
(あの時の言葉、覚えていてくれたんだ・・・・・)
蒼にとっては何気ない会話の一つでしかなかったが、エルネストはそのことを覚えていて、こうしてメルキエ王国の特産を送ってく
れてきたのだろう。
その気遣いが嬉しくて、蒼は思わず頬を綻ばせたが、
「あ」
木箱の奥に、食べ物ではない物を見つけた。
「あれ・・・・・っと」
少し深い木箱の下の方にはなかなか手が届かず、蒼はその中に入り込みそうなほど深く身を入れようとする。そんな蒼の身体を
片腕で支えてくれたシエンが、奥に入っていたもの・・・・・書状を取ってくれた。
「ありがと」
シエンに礼を言い、早速開いた蒼だったが・・・・・。
「・・・・・」
(ぜ、全然読めない・・・・・)
言葉と共に字も練習中の蒼だが、国が違えば言葉の癖もあり、よく分からないというのが本当だろう。
蒼宛の贈り物の中に入っていた手紙は、多分蒼に向けられて書かれたもののはずで、いくら夫とはいえその手紙を読むのはどうか
と思ってしまったが、
「シエン、読んでくれる?」
「・・・・・」
蒼本人からそれを頼まれれば、それは許されるのではないだろうか。
シエンは蒼から書状を受け取り、そのまま目を走らせて・・・・・思わず、眉間に皺を寄せてしまった。
「何て書いてる?」
「・・・・・」
「シエン?」
「『バリハン王国、皇太子妃ソウ殿』」
堅苦しい言葉から手紙は始まった。
『そなたのおかげで、私はまた陽の光の下に立つことが出来た。
それに深く感謝し、そなたが褒めていた我が国の特産をここに送る。
近いうちに私の即位式が行われるであろうが、ぜひ、そなたも出席して欲しい』
「エルネスト、王様になるんだっ?」
驚いたような蒼に、シエンは頷いて見せた。
メルキエ王国に内密に送った間者からの報告では、政務に復帰したエルネストはたちまち臣下や民の心を捉え、今や現王の力
はかなり衰退しているらしい。
私欲の強い現王からエルネストに王位が譲渡されるのは近いだろうとのことだが、兄弟仲のよい2人なので、コンティの立場は
安全だろうとも言っていた。シエン自身、それは感じていたものの、こんなにも早くエルネストが動くとは思わず・・・・・。
(最後の一文・・・・・あれは私への言葉か)
『次に我が国に来る時は、前回以上のもてなしをさせていただき、ゆっくりとした滞在を願う』
ゆっくりと・・・・・それが、バリハンに帰さないということなのかと深読みする方がおかしいのかもしれないが、それでもシエンの中の
警戒の音は鳴り響いてしまう。
絶対に蒼1人で行かせるつもりはないし、たとえ本当に近いうちに即位式があったとしても・・・・・。
(ソウを連れては行かない)
子供じみてしまうが、それがシエンの本心だった。
箱の中にはまるで宝物のように色んなものが詰まっている。
そのほとんどは蒼が嬉しく思う食材だが、幾つかは綺麗な布や装飾品も入っていた。
「これ、王妃様にわたしてってことかな?」
「・・・・・さあ、どうでしょうか」
「でも、俺がもらったってしかたないしな〜。どうしよ」
取りあえずは食材と一緒にしておいてはいけないだろうと(一緒に送ってきた時点で同じことかもしれないが)、蒼はそれを手にす
る。
その時だ。
「シエン王子っ」
食堂の中に召使いが現れた。王の部屋でよく見掛ける壮年の男だ。
「どうした?」
「王がお呼びです」
「父上が?」
不思議そうに言うシエンに、召使いは頷く。
「はい、ソウ様と共に接見の間に来られるようにと」
「接見の間・・・・・?」
接見の間ということは、どこかの国の来賓や使節団に会う場所だが、今日その予定があるとは聞いていなかった。
だとすれば、これは急な話ということで・・・・・シエンはいったい何事かと、憂慮する事態にならなければいいと考える。
(それに、ソウを同席させるとは・・・・・)
これまでも、《強星》という立場の蒼と面会したいという者達は数多く現れ、その中でシエンが安心だと思う者とは自分が同席
の上でそれを許したが、今回もそういう人間の1人が突然来国したのかもしれない。
(どちらにせよ、次期に分かる)
接見の間にシエン達が着くと、扉の前にいた衛兵が大きなそれを開く。
「おお、シエン」
ちょうど、父はこちらを向いていて、その父の前には・・・・・。
「・・・・・父上、彼らは・・・・・」
「お前も見知った相手であろう」
「・・・・・」
「我が国の政や文化を学ぶために、短期で滞在したいということらしい。私は良いことだと思うし、お前が身元を保証してくれる
はずだと言われているが?」
「・・・・・」
父の言葉に、シエンは即座に返答をすることが出来なかった。
父の前に跪いている2人の男。見覚えのある金色の髪と、漆黒の髪。後ろ姿だけでもしなやかだが鍛えている体付きもよく分か
る、背の高い男達・・・・・。
「さあ、何時までもそうしておらず、立ち上がって2人に顔を見せてやってほしい」
「はい」
立ち上がって振り向いた紫の瞳は、笑みで細められていた。
「久し振りだな、王子」
「・・・・・セルジュ」
メルキエ王国で別れたセルジュとアルベリック。その2人がここにいることがとても信じられなくて、シエンはただ目を眇めるようにして
楽しそうに笑っているセルジュを見返すしか出来なかった。
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