蒼の光   外伝2




蒼の運命




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






(保母さんっていうより、本当のお母さんって感じだよな)
 バウエルが連れて来た女性達は、その年齢に見合う落ち着きを持ち、蒼に対しても過度な緊張を感じさせることは無かった。
子供達の中でも年少の者達などは既にその腕に抱かれて声を上げて喜んでいたし、エリックも距離は取っているものの、ピリピリと
した雰囲気は無い。
 もちろん、本当の親と一緒に暮らすことが一番良いのだが、それが叶わなくても最善の方法をシエンは取ってくれたと思う。
 「・・・・・」
そこまで考えた蒼は、チラッとソリューに乗ったままのヒューバードを振り返った。
彼も子供達のことが気になっていたのかこちらを向いていたが、ふと蒼の視線に気付くと目を細めて笑みを浮かべる。拘束され、今
は罪人の立場であるのに随分堂々とした様子だが、何だか彼にはそんな仕草がよく似合っているように思えた。

 《銀の獣》

その通り名そのものだ。
 『最初から、シエン達を頼ってたら良かったのに・・・・・変な意地張っちゃって』
 「・・・・・ソウ?」
 『でも、間に合ったって・・・・・信じていいよな』
 エリック達が新たな盗賊になる前に、こうしてヒューバード達を拘束出来たことは良かったのだと信じたい。
思わず日本語でそう呟いた蒼を、エリックが不思議そうな顔をしながら見ていた。
 「今の言葉、どこの国のもの?」
 「ん〜・・・・・俺の住んでた場所のことば」
 「・・・・・変なの」
 「そう?けっこー、言葉が多くって、おもしろいんだぞ?」
 「俺はしゃべれない」
 確かに、日本語の発音は少し難しいらしく、バリハンでもシエン、そしてカヤンとベルネが少し分かるくらいだ。
この世界で生きていくのに必要ではない言葉だが、それでも自分の生まれた国の言葉を守り、覚えていたいと思っている。変だと
言われるとさすがに寂しいなと思っていると、
 「・・・・・でも、響きはいいかもしれない」
早口でそう付け加えたエリックを、思わず驚いて見てしまう。
 「何だよ」
 「・・・・・ありがと!」
 素直でないのは置いておいても、こうして自分を気遣ってくれたのが嬉しい。少しはエリックの中に自分も受け入れられたのかな
と思いながら、蒼は自分よりも少し身長の低い少年をギュッと抱きしめた。




 気難しい年頃の少年はどうやら恥ずかしがり屋でもあったらしく、蒼の身体を引き離して怒ってしまった。
もっとからかいたいという思いはあったものの、まだ王都に着いていないこの場所でヘソを曲げられても困るので、蒼はごめんと笑い
ながら謝ってその場から離れた。
 そろそろ出発するかなと思ってシエンを捜せば、彼はまだバウエルと話している。ヒューバード達のことだけでなく、自分が不在の
間の王都の問題も聞いているのかもしれない。
(半月も経っていないんだけどな)
 砂漠の旅ではなかったが、それでも行きは盗賊が相手ということで随分と緊張した旅程だった。今のこの心の緩さと比較したら
雲泥の差だなと思う。
 「あ」
(そう言えば、セルジュ)
 「ちゃんと真面目についてきてるのか?」
 警備所でのキス以来、どうしても警戒してしまって側に行くことが無かった。
そこにはシエンに対する配慮もあったが、蒼にはヒューバード達や子供達のことなど気に掛かることが他にもたくさんあって、少しだ
け彼らのことを後回しにしてしまったのも確かだった。

 「セルジュ達はまた王都に来るそうですよ」

 苦笑しながら言ったシエンの言葉。どうやらセルジュはまだ勉強をする気はあるようだ。
(その前に、あのふざけた性格は直してもらわないとな)
蒼はチラッとシエンを見て、その後大勢の兵士達の間を縫うように歩き始めた。
 「おつかれさまー」
 「大丈夫ですか、ソウ様」
 「うん。みんなもう少しがんばって」
 「はい」
 1人1人に声を掛けることはとても出来なかったが、それでも蒼は出来るだけ多くの兵士達に声を掛けながら列の最後尾へと向
かった。

 「いた」
 なかなか姿を見ないと思っていると、セルジュとアルベリックは列の最後尾にいて、今はソリューを降りて2人で何かを話している。
邪魔になるかなと思ったが、ここまできたのだからと蒼は声を掛けた。
 「セルジュ」
 「・・・・・ソウ」
 一瞬、セルジュは虚をつかれたように目を見張ったが、直ぐに何時もの笑みを頬に浮かべた。しかし、どこか違うような感じもして
蒼は戸惑ってしまう。
 「どうした?よく王子が許してくれたな」
 「え?シエンが許すって?」
 それでも、セルジュの口から出たシエンの名前に、その蒼の戸惑いは一瞬で消えてしまった。
 「・・・・・黙ってきたのか?」
 「だって、今話してるし。なあ、シエンが許すってなに?」
セルジュと話すことにシエンが一々口を出してくることはない。一体何を言っているのか分からずに首を傾げれば、なぜか鈍感と笑
われて頭を小突かれてしまった。




 「シエンが許すってなに?」
 あまりにも暢気にそう言う蒼は、自分が目の前の男に何をされたのか分かっているのだろうか?
・・・・・いや、もしかしたら蒼にとって、自分の口付けは気にするものでもなかったのかもしれないと思うと何だか悔しくて、
 「鈍感」
その頭を小突いてウサを晴らしてしまった。
 「いたっ!何するんだよ!」
 「俺の胸の方が痛い」
 「はあ?」
 「・・・・・」
 「もうっ、何言ってるのか分かんない!」
 「・・・・・」
(その言葉が、胸に痛いんだって)
 自分の想いを知らない蒼が憎くて愛しい。彼の気持ちが混乱しないように行為を誤魔化したのは確かに自分だったが、それでも
少しは気に掛けてくれてもいいと思う。
 あの朝、シエンが現れて、自分達のこれからのことを訊ねてきた。
二度とバリハンに来るなと言わなかったのは、蒼に愛されている自信からか、大国バリハンの皇太子であるという矜持からかは分
からなかったが、セルジュはそんなシエンの言葉尻を逆手にとって、再び王都に滞在することを伝えた。
 今直ぐに蒼を自分のものに出来ないことは身に沁みて分かっている。それでも、姿が見える場所、声が聞ける場所にいたいとい
うのは恋する男心だ。
 「お前こそ、ここ数日俺達に話しかけなかったくせに」
 「あ、当たり前だろ!変なことするやつのそばにはいきたくないし、俺だって色々いそがしかったし!」
 「変なことなんかしたか?」
 「あーっ、そんなこと言うかっ?」
 「じゃあ、何をされたって言うんだ?」
(ちゃんと覚えているだろう?俺が何をしたのか)
 意識させたいと思ってした口付けを、蒼はちゃんと覚えているはずだ。目の前の顔が一瞬赤くなり、嫌そうに歪んで・・・・・その後、
困ったように眉を下げている。こうして様々な顔を見せてくれるだけ、蒼は自分に心を許してくれているのだろうが、それがただの友
人としてならば、困る。
 「ソウ」
 「あれは、なし!!」
 「・・・・・なし?」
 「そ、なしにしたから、セルジュも全部忘れろよ?」
 「・・・・・」
 「あ」
 その時、シエンが蒼を呼ぶ声がして、蒼の意識は直ぐにそちらに向いてしまった。
 「俺、行くな。ちゃんと着いてきてよ?」
そのまま背中を向けて走り出そうとした蒼。
 「何?」
 「ん?」
 「手」
無意識のうちに、セルジュは蒼の腕を掴んでいた。




 「・・・・・なんだろうな」
 こちらが聞いているのに、セルジュの方が当惑した表情をして聞き返してきた。いったいどうしたのだろうか。
(キスしてきた時から変だって思ってたけど・・・・・なんか悩みでもあるのかな)
自分みたいな子供には相談が出来ないのは分かるが、それでも少しは頼ってくれてもいいのに・・・・・そんな思いのままじっと目を
見返したが、なぜかセルジュの方から逸らされてしまった。
少し傷付くが、今は駄目でも後からなら話してくれるかも知れないと思い直す。
 「俺、セルジュの話はちゃんときく」
 「・・・・・」
 「ちゃんと、いっしょに考えるからさ。ほら、セルジュとはいっしょにとーぞくに捕まったけど、こーしてちゃんとぶじだろ?俺たち、けっ
こーきょーうんの持ち主どうしなんだよ。もしも、他になやみがあっても、セルジュならパーって解決できるって」
 「強運の、か」
 「は?」
 セルジュの言葉は小さくて聞き取り難く、蒼は思わず聞き返してしまった。
 「分かった、ソウ。自分の運命は自分で切り開くものだということだ。ほら、王子が呼んでいるぞ」
 「え?あ、うん」
何か1人で納得したらしく、セルジュは蒼の背を押してそう言う。何が何だか全く分からないまま、それでもセルジュの顔から先ほど
までの影が消えたのが感じられて、
(・・・・・ま、いっか)
そう、思い直すとシエンの下へと駆け出した。




 「セルジュ」
 「蒼も言ってただろう?俺達は強運の持ち主だって。俺が《強星》を手に入れることだって出来るってことじゃないか?はは、運命
をこっちに引き寄せるっていうのも、案外面白いかもしれないぞ」








 シエンと共にソリューに乗り込んだ蒼は、シエンから意外な話を聞かされた。
 「え?エルネストが?」
 「ええ。私も驚きました」
メルキエ王国の皇太子、エルネスト。以前、シエンの妹姫コンティの出産祝いで訪ねた時に出会った訳ありの王子は、顔に負った
怪我のせいで内にこもっていた。
 だが、なぜか急に表に出ることになり、帰国する頃には堂々とした態度で見送ってくれた。
その彼が、どうやら30日後、メルキエ王国の新国王として立つらしい。
 「戴冠式への招待状が来たそうです。私と、あなたの連名で」
 「俺とシエン?」
 「どうします?」
 そう聞かれて、蒼は即座に答えた。
 「行く!」
 久し振りにエルネストに会いたいと思う気持ちももちろんだが、王の戴冠式というのにもとても興味がある。いずれ、シエンもこのバ
リハンの新しい王となるはずなので、その違いを自分の目で見るいいチャンスのような気がした。
 「そう言うと思いましたが」
 シエンの顔には苦笑ともつかない複雑な笑みが浮かんでいて、蒼はどうしてだろうと首を傾げてしまう。
(シエンだって、楽しみだよな?)
 「シエン、楽しみだよね?」
 「・・・・・ええ」
 「な?・・・・・あ、セルジュたちも行くかな?」
 エルネストの戴冠式は、これから建国しようとしているセルジュ達にとっても良い教訓になりそうな気がする。
盗賊の件が解決して、さらにエルネストの戴冠式に招待されて。
杞憂が無くなってからの楽しみに、何だかわくわくとしてじっとしていられない。
 「大好き、シエン!」
脈絡もなく言った言葉に、それでもシエンは直ぐに言葉を返してくれた。
 「私も、愛していますよ」
愛の言葉を囁き合って、目を合わせて笑う。
 自分の運命はまだこれから、様々に広がっていくだろうが、どんな未来が自分達の前に切り開かれても、蒼はシエンと共にならば
絶対に楽しいと思った。
(だって、大好きな人と一緒だもんな)
 そうと決まれば、早く早くと心が急く。
 「みんな〜、行くぞー!!」
蒼はシエンと共に手綱をしっかりと握り締めると、大好きな人々が待つ王都へと向かうために軽やかにソリューを走らせ始めた。





                                                                蒼の運命  完