蒼の光   外伝2




蒼の運命




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                                                           ※ここでの『』の言葉は日本語です






 ヒューバードのいる牢へ顔を出したシエンは、そのままセルジュ達に宛がわれた部屋に向かった。
面と向き合い、いったい自分は何を言おうとしているのか、今この時点でもシエン自身は分からなかったが、それでも会わずにはい
られなかった。

 「さっき、ヒューバードのこと、知らせて・・・・・その時・・・・・セルジュに、キス、された」

 蒼はその口付けを、何時ものセルジュの悪戯だと思っている様子だったが、シエンは唐突にそんな行動を取ったセルジュに胸が
妬ける思いがしていた。
 セルジュが蒼のことを想っているのは見ているだけでも分かっていたし、それでもバリハンの皇太子妃である蒼に簡単に手を出す
ことなど出来ないと思っていたが・・・・・隙をつかれた思いだった。
 本来は、皇太子妃への無礼な行いに対して、それ相応の罰を与えなければならないのだろうが、蒼自身が深刻に受け止めて
いない今、かえって話を大きくしたくは無かったシエンは、直接会ってその真意を改めて確かめることにした。

 「朝っぱらから、ご苦労様」
 「・・・・・」
 セルジュは逃げることなく部屋にいた。
もちろん、それは予想していたことなので、シエンは失礼すると断ってから中に入る。
 「・・・・・」
 既にまとめられた荷物に、本人達の旅支度。シエンはそれに目をやってから、改めてセルジュを見た。
 「どこへ向かう?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・もちろん、バリハンの王都に」
 「戻ってくる気なのか」
 「自分の妃に手を出した男は受け入れられないか?」
 「・・・・・」
(分かっているのか・・・・・)
セルジュは、蒼が全てシエンに話したことを予想していたのだろう、じっと視線を向けながらそう言ってきたが、シエンが反応しないこ
とに自分の考えが確かだったことを悟ったようだ。
 「まったく」
 浮気したと堂々と言うものかと溜め息混じりに言っているが、そもそもシエンはそれを浮気だとは思っていない。単に、セルジュが
勝手に蒼にちょっかいを出しただけだ。
 「・・・・・」
(このまま、受け入れるべきなのだろうか・・・・・)
 もしかしたら、セルジュ達とはここで別れた方がいいのかもしれない。今回はたまたま口付けだけだったが、次もそれで終わるとは
言い切れなかった。
 蒼が万人に好かれる性質であることは理解しているし、笑っている蒼を見ていることはシエンにとっても幸せだったが、かといって
蒼を狙っていると分かっている相手を側に置いておくのはいい気持ちはしない。
 「どうする?王子」
 そんなシエンの気持ちが分かるのか、セルジュは口元を歪めて訊ねてくる。蒼にはけして見せないであろう人の悪い顔を、シエン
はただじっと見つめていた。




 足の拘束は解かれたものの、手はまだしっかりと一つに拘束されている。この格好ではソリューに乗ることは可能だが、自在に手
綱を操ることは不可能だろう。
 その上、1人の盗賊の前後を屈強な兵士達2人が挟むようにしているので、逃げることは出来ないと思えた。
(でも、ちょっと暑苦しそう)
 「ソウ、挨拶を」
 「あ、うん」
気にしなくてもいいと訴えたものの、それでも出発は昼近くにまでずれ込んだ。蒼は申し訳ないと思いつつ、警備所の兵士や役人
の前に立つシエンの隣に並び立って頭を下げる。
 「お世話になりました!」
 「そんなっ、頭をお上げ下さいっ」
 蒼の行動に、いっせいに男達は恐れ多いと自らが膝をおって訴えてきた。
 「そうです、我々は当然のことをしたまで」
 「それよりも、こうして《強星》であられるソウ様を間近に拝顔出来、心から嬉しく思っておりますっ」
 「あ、ありがと。俺もうれしく思ってる。みんなが、こーしてバリハンを守ってくれてるんだーって分かって」
 王都からなかなか出ることが叶わない蒼は、バリハンの隅々まで自分の目で見たことが無かった。今回のことはよい機会だった
し、かえって彼らには色々と迷惑を掛けたのではないかとさえ思っているくらいだ。
 シエンの妃である自分にこうして膝をおるのは当たり前のことかも知れないが、どうしてもこの特別扱いには慣れないし、別れの
時くらいは同じ目線(身長差があるので蒼が見上げる形だが)でちゃんと挨拶をしたい。
 「立って」
 「しかし」
 「ほらっ」
 数人の男達を強引に立たせると、蒼は一瞬抱きつこうと手を広げかけたが・・・・・さすがにそれは妃らしくないかと思い直し、両
手で相手の手をしっかりと握ってブンブンと揺さぶった。
 「ホントにありがと!今度は遊びにくるから!」




 高貴な身分の者が、素手で目下の者の手を握ることなど滅多にあることではない。
その上、重ねて礼を言う蒼にどう反応していいのか分からないようで、彼らは助けを求めるようにシエンの方へと視線を向けてきた。
 「ソウ、気が済みましたか」
 それでも、シエンは蒼が一通り挨拶を終えるまで待った。途中で止めても蒼はきかないと思ったし、これ以上に相手に対しての
感謝の気持ちを示す行動はないとも思ったからだ。
セルジュ相手とは違い、兵士達が蒼に対して危うい気持ちを持っていないと信じているからとも言えるが。
 「うんっ」
 「それでは出発しましょうか」
 「・・・・・また、シエンと一緒?」
 「嫌ですか?」
 「いやじゃないけど・・・・・だいじょーぶだぞ?」
 不意に声が小さくなったのは、蒼にとってその言葉が恥ずかしいものだったからかもしれない。
昨夜、自分達の間に何があったのか、ここにいる者達はほとんど分かっているはずだし、それを当然のことだと受け止めているだろ
うが、当の本人はバレないように懸命に装っていた。
 こうして普通に立っているだけでも腰がきついだろうし、ソリューの振動のことを考えればさらに大変だと思うものの、それを口に出
しては蒼がせっかく我慢していることが無駄になってしまうだろう。
(それに、ここにいる者達はそれ程愚鈍ではない)
 蒼の腰に手をやる自分の動きや眼差しで、全てを理解しているはずだ。結局、蒼が必死になって隠していることは無駄なのだ
が・・・・・本人がそれで満足しているのならばいいだろう。
 「私が心配だからと言ったでしょう?さあ」
 「・・・・・」
 「ソウ」
 「・・・・・分かった」
 渋々ながらシエンの手を取った蒼が乗り込んだ。さりげなく、下には少し厚めの布を敷いてやっていた。
 「では、皆」
蒼が落ち着いてからシエンは警備所を守る男達を振り向き、改めて今までの労をねぎらい、引き続いての警備の重要性を説く。
その言葉を、男達は生真面目に聞いていた。
 「お気をつけて!」
 「またお会いするのを楽しみにしております!」
 「シエン様っ!」
 「ソウ様っ!」
 一時も気を休めることの出来ない国境の警備所の任務は、月日で考えればそれ程長いものではないかもしれないが、実際に
ここで生活していれば随分長く感じるだろう。
そんな彼らにとって、今回のシエンと蒼の訪問は、それが盗賊征伐という目的からではあったものの、嬉しいものだったのかもしれな
かった。
 「また来るから!!」
 蒼は大きく手を振って答えている。
今度来る時は、どうか大きな問題など無ければいい・・・・・シエンは心からそう願いながら、ようやくソリューの手綱を引いた。








 子供達の存在と、盗賊の連行ということもあり、王都へ向かうソリューの足は普段よりも随分と緩やかなものだった。
そして、二夜過ぎた時、王都からやってきたバウエル将軍と合流した。
 「ご無事で、王子」
 「出迎え、御苦労だな」
 「・・・・・」
(良かったあ)
 蒼は微笑むシエンと、感涙しているバウエルを交互に見ながら、ようやく肩の荷が下りたような気がした。
シエンが頼りないというわけではない。シエンの肩だけに背負われていた負担が、バウエルが来てくれたことによって随分と軽くなる
だろうことが分かるからだ。
 「まさか、こんなにも早く盗賊を捕らえることが出来たとは・・・・・さすがに、我がバリハンが誇る青の王子、シエン様!」
 「それは褒め過ぎだ。将軍、今回の功労者は、なんといってもソウだぞ」
 シエンの言葉に、バウエルは蒼に視線を向けてきた。
 「ご無事で・・・・・」
 「うん、ただいま!」
蒼は思わずバウエルに飛びついた。シエンよりも一回りは体格の良いバウエルは、蒼が抱きついても少しも危なげなく抱きとめてく
れる。父に対する安心さのようなものを感じて、蒼は楽しくなってふふっと笑い続けた。
 「バウエル、子供達の世話人も同行しているようだな」
 「はい。王妃が心配なされて、早くしっかりとした者をつけてやるようにと」
 2人の会話に蒼も視線を動かせば、子供達の乗っていたソリューの側には中年の女性が3人ほど立っていた。
自分達の母親の年齢より上だろうが、それでも優しく笑う相手に、子供達の顔にも笑顔か浮かんでいるようだ。
 「・・・・・よかったあ」
 呟いた蒼の身体をバウエルから引き離したのはシエンで、そのままゆっくりと身体を下に下ろしてくれる。
 「行って来なさい」
 「・・・・・いいの?」
 「気になるのでしょう?」
 「・・・・・じゃ、ちょっと」
蒼はシエンの配慮に感謝しながら、子供達の方へと走っていった。




 どうやら、身体も回復したようだ。
シエンは蒼の後ろ姿を見送った後、改めてバウエルに向き合った。
 「準備は出来ているのか?」
 「はい。兵士の経験があるということなので、早速厳しく鍛えるつもりです。それでよろしいのでしょう?」
 「刑罰を与える代わりに、討伐軍へ入ることにしたのだからな」
 「では、かなり念入りに可愛がりましょう」
 将軍という肩書きのバウエルは、普段は穏やかな人柄であるものの、一度剣を持つと性格が豹変する。
それでも、蒼に対しては愛情があるゆえ手加減をしているらしいが、罪人の矯正となるとかなり本気で鍛えるだろう。
 「王や王妃が、お2人のお帰りを心待ちにしておられますよ」
 「私というよりも、ソウを、だろう?」
 「おや、妬いておられるのですか?」
 「・・・・・まさか」
 一国の皇太子も、幼い頃から剣術の師であった相手には弱い。何度も泣いたことも、怪我をしたことも、バウエルはずっと見てき
たからだ。
 「では、盗賊とやらに会わせていただけますか」
 バウエルも一瞬苦笑を漏らしたが、直ぐに表情を引き締めてそう言ってくる。シエンもそれに頷くと、少し離れた場所にいるヒュー
バード達のもとへとバウエルと共に向かった。