あやかし奇談
第一章 物の怪の花嫁御寮
序章
「・・・・・はあ〜」
学校から家路に戻りながら、天宮巴(あまみや ともえ)は何度目かも分からない溜め息をついた。
原因は分かっている・・・・・寝不足なのだ。
「あんな夢見るなんて・・・・・俺って、欲求不満なのかなあ」
3月31日に、仲間内では一番最後に15歳の誕生日を迎えた巴は、その夜から三日と空けず同じ夢を見た。それは健康
な青少年ならば見てもおかしくは無い、少しだけエッチな・・・・・夢だ。
それだけなら、多少溜まっているのかなと情けない思いはするかもしれないが、これほどに思い悩みはしない。
「・・・・・俺って、ヘンタイなんだろうか?」
(男とエッチする夢なんて・・・・・)
「それも・・・・・3人も・・・・・」
夢の中で、巴は男に抱かれていた。
顔ははっきりとは分からないが、性別だけは自分を抱く腕の太さや、感じる(感触が残っているのが怖い)逞しい筋肉が、それが
確かに男だと教えてくれる。
男は、巴の服をゆっくりと脱がし。
露になった胸元の飾りを長い爪で捏ね。
知らずに勃ち上がったペニスを口の中で愛撫するのだ。
男同士はもちろん、まだ女の子ともエッチの経験の無い巴は、本や、友達に見せてもらったAVビデオの知識しかないはずなの
に、夢の中で男に与えられる愛撫はとても鮮明で・・・・・淫靡だった。
一番最初に見たのは、しなやかな肢体の男だった。
顔は良く分からないが、真っ赤な髪と、赤く輝く瞳は覚えている。
いきなりペニスを口で咥えられ、巴は心臓が止まるかと思うほどに驚いた。
「俺の名前は慧(けい)。お前の夫となる俺の手を、絶対に忘れるな」
そう言うと、いきなり強くペニスを吸った。その刺激に堪らず精を吐き出した巴だったが・・・・・翌朝目が覚めた時、恐る恐る確認
したパジャマもシーツも汚れてはいなかった。
次に夢に現れたのは、銀のように輝く髪と、蒼い瞳を持つ、細身の男だった。慧と名乗った男とは違い、いきなりペニスに愛撫
は加えてこず、そっと唇を重ねてくる。
しかし・・・・・それはただのキスとは言えず、唇をはみ、口腔内に我が物顔に入り込んできた舌は、唾液までも全て啜り取るよう
にして犯してきた。
「私の名は益荒雄(ますらお)。君の伴侶となる者だ、この接吻を忘れないよう」
そう言って、再び唇を重ねてくる。
息も出来ないそのキスに、巴は気を失って・・・・・やがて、そのまま目を覚ますことになるのだ。
最後に現れたのは、黒髪に金の瞳を持つ大柄な男だ。
男はいきなり巴の身体を抱きしめたかと思うと、まるで血を吸うかのように首筋に牙を立ててきた。
チクッとした痛みと同時に感じる、甘い陶酔感。男は自分の立てた牙の痕をペロッと舌で舐めながら、耳元でくっと笑う気配を
感じた。
「我の名は八玖叉(やくしゃ)。お前の番い(つがい)となるものだ。我の匂いを忘れるでないぞ」
そう言うと、今度はそのまま耳たぶを噛まれてしまう。
痛さと快感に声をあげてしまった巴は、その自分の声で起きてしまうのが常だった。
どうして自分がそんな夢を見るのか分からない。
それでも、一週間に1人1回ずつ。タイプの違う男達に、全く違うシチュエーションで身体を愛撫され、責められ続けて、巴は毎
日疲れ切っていた。
思い切り運動すればぐっすり眠れるかと思って、ヘトヘトに疲れるまでジョギングしてから寝たが、さらに慧に攻めたてられて余
計に疲れてしまい。
欲求不満なのかと、寝る前に自慰をしてから眠ったが、益荒雄にさらに言葉で責められながら夢の中でも自慰を強いられて
しまった。
いっそのこと、寝なかったらいいのかと、頑張って一晩中起きていようと思ったのだが・・・・・何時の間にか意識を手放してしま
い、獣のように腹這いにされて、八玖叉にお願いと言わされて背中を執拗に嘗め回された。
多分、最後まではされてはいないと思う。
それでも、巴は自分の身体が変化していっているような気がしていた。見掛けは以前とは変わらないものの、感覚というか、身
体の中から無理矢理変えられている・・・・・そんな感じだ。
4月になって、付属の高校に進学し、今までの友人と合わせて新しい友達も出来て、彼女だって今から作ろうと思っているは
ずなのに、気が付くと夢の中の3人のことを考えている自分がいるのだ。
どうしたらいいのだろうかと、ずっと悩んでいるが、どうしていいのかは全く分からない。
巴は真剣にお払いをして貰った方がいいのかと、最近はそんなことまで考えるようになっていた。
「・・・・・あれ?」
最寄の駅からバスに乗り、自分の家の近くのバス停で下りた巴は、歩いていた足をふと止めた。
「・・・・・こんなとこ、あったっけ?」
家の近くにある小さな神社。赤い鳥居も何時も目の端には入っていた。しかし、今は・・・・・その赤い鳥居がずらりと幾つも並
んで立っているのだ。
「なんだ、これ・・・・・?」
立て替えたという話は聞いたことが無いし、毎日この前を歩いているのだ、少しの変化でもあったらさすがに気が付くはずだ。
「・・・・・」
(どうなってるんだろ・・・・・)
この奥が、いったいどんな風になっているのか、見たいという欲求にかられてしまった。本当ならば鳥居の奥には小さな社があ
るはずで、巴も小さい頃から近所の子と何度も遊んでいた場所のはずだ。
「・・・・・」
今日は試験前準備の日で午前中授業だった。空はまだ明るいし、この鳥居の前も車も人も通っている。
(ちょっと、見てみようかな・・・・・)
少しだけ歩いてみて、何かあったら引き返せばいい。
疲れきった頭や精神が違った意味でハイになってしまったのか、巴はズラッと奥に続く鳥居の中を歩き始めた。
ほとんど隙間無く建てられた赤い鳥居は、歩いているうちに結構圧迫感を感じてきた。
「こんなに広い敷地じゃなかったと思うんだけど・・・・・」
もう、100メートルは歩いたと思うが、赤い鳥居が途切れることは無い。
「・・・・・」
巴は立ち止まり、後ろを振り向いてみた。真っ直ぐ歩いてきたつもりだったが、緩やかにカーブになっていたのか後ろも鳥居しか
見えなくなっている。
「・・・・・引き返そうかな」
何だか、怖くなった。
このまま前に進むか、それとも引き返そうか・・・・・迷っていた巴の耳に、思い掛けない声が聞こえてきた。
「何してんだ、巴。早く来い」
「!」
(こ、この声・・・・・?)
夢の中で、嫌というほど自分の名前を呼んできた声。
驚きというよりも、巴はとっさに相手を見たいと思ってしまった。
「どこにいるんだよ!」
「こっちだ、早く来い、巴」
声は、鳥居の向こうから聞こえてくる。巴はきゅっと唇を噛み締めると、声のしてきた方へと向かって走り出した。
どこまで続くか分からない赤い鳥居が開けた向こうには、見たことの無い深い森が広がっていた。
「こ、ここ?」
「ようやく、来たな」
「・・・・・っ」
目の前の場所に目を奪われていた巴は、その声にハッとして振り向いた。そこには夢で見た長身の男が3人、それぞれ笑みを
浮かべて立っている。
「あ、あんた達っ、本当にいるのかっ?」
ありえない髪の色と目の色の男達。けして、染めているとは思えない、異様な、それでいて、思わず目が奪われてしまうような
美貌の男達を前に、巴はただ目を見張ることしか出来ない。
「口が悪いぞ、巴。俺の花嫁ならばもっと大人しく、な」
「は、花嫁え?」
(こ、こいつ、現実でもこんな馬鹿なこと言ってるのか?)
声には出してはいなかったが、巴の心の叫びは十二分に伝わったようだ。
「そうだ。お前は天に叛く天狗(てんぐ)である、俺の花嫁だ」
真っ赤な髪に、赤い瞳の男、慧が言うと、
「そして、鬼である私の伴侶だし」
そう、銀髪に蒼い瞳の益荒雄が笑い、
「夜叉である我の番いでもある」
最後に、黒髪に金の瞳の八玖叉と言っていた男が不遜に言い放つ。
「あ、あんた達、何言ってんだよっ?」
それぞれの男達に夢の中の言葉をそのまま言われてしまった巴は、ジリジリと後ずさりながら、今この瞬間も夢ではないのかと
疑うしかなかった。
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