バースデープレゼント










 「・・・・・あ」
 春休みに入って直ぐに上杉のマンションに遊びに来た太朗は、そのまま流れるようにしてお泊まりをしてしまい、翌日好
き勝手されて怒っている太朗を上杉が遊びに連れて行ってくれることになっていた。
真琴や楓との花見の話も決まり、もうほとんど上杉の暴挙を許してしまっていた太朗だが、それでも怒ったポーズは崩さ
ずにいたのだが・・・・・急に電話が入って姿を消した上杉の背を見送っていた太朗の視線は、不意に、まるでワザとのよう
にリビングのローテーブルの上に広げられていた旅行のパンフレットに向けられてしまった。
(旅行に行く気だ・・・・・)
もちろん、その同行者が自分だと、太朗は疑いもなく思っていた。
自分よりもはるかに大人で、どんな女も振り返ってしまうカッコイイ男が、まだ高校生の自分に結構本気だという事を身を
もって知っているからだ。

 高校1年生の苑江太朗(そのえ たろう)が、20歳も年上のヤクザの組長である上杉滋郎(うえすぎ じろう)と恋人同
士になってもう半年以上経つ。
始め、男同士とか、歳の差とか、相手の職業(?)とか、まだ高校生の太朗にとってははるかに高いハードルが並び立っ
ていたが、強引な上杉のアプローチに早々に陥落してしまった。
 今では太朗も上杉のことを大好きだし、彼とずっと一緒にいたいと思っている。
ただ、年の差が有り過ぎるせいなのか、それとも太朗が年以上に子供っぽいせいか、上杉は太朗が途惑ってしまうほどに
甘やかしてくれるのが難だった。

 大切にされているのは嬉しいし、美味しいものをご馳走してくれるのも嬉しい。しかし、あまりに甘やかされてしまうと、太
朗の中の男としてのプライドがウズウズと刺激されてしまうのだ。
今回も太朗の休みに合わせてくれてるんだろうなあと溜め息を零しそうになったが、ふと頭の中にカレンダーが浮いて太朗
は思いついてしまった。
 「・・・・・あ〜っ、誕生日だ!・・・・・わわ」
 書斎で仕事の電話をしているだろう上杉に聞こえないように慌てて口を閉じた太朗は、上杉の魂胆が見えたような気が
してふふっと笑った。
(誕生日のプレゼントのつもりなんだ〜)
 太朗の誕生日は、3月29日。春休み真っ只中なので、プレゼントもなかなかもらえないという哀しい日付だった。
しかし、今回、16歳の誕生日には恋人がいる。
(バレンタインもホワイトデーもジローさんには負けちゃったからなあ・・・・・。誕生日はふつーでいいんだけど)
これだけで、上杉がかなり張り切っているだろうという事が分かり、太朗はう〜んと唸ってしまった。



(お〜、見事トラップに引っ掛かったか)
 上杉はパンフレットを片手に唸っている太朗をドアの影から見てほくそ笑んだ。
上杉からすれば物足りないほど謙虚な幼い恋人は、旅行に行くなどと言っても簡単に首を縦に振らないことは予想が付
いていた。
同じ男として、費用を全部上杉が出すのが申し訳ないと(子供のくせに)思っているらしい。
上杉からすれば、太朗よりも大人の自分の方がそうすることが当たり前だと思うのだが、そんな太朗の目一杯のプライドを
無理にヘコますこともしたくは無かった。
 今回、やっと16歳になる太朗の誕生日。
2人が出会って、恋人同士になってから初めて迎えるこのイベントは、上杉にとっても1年で一番大切な日になったと言っ
ても言い過ぎではなく、その祝いの方法をずっと以前から考えていた。
 花見の話はあくまで別物で、今の上杉の頭の中は太朗の誕生日一色だ。
どんな風に楽しませようか、どんなびっくりな顔をさせようか、そう考えるだけでも楽しくて、これまでのイベント以上のものを
太朗にしてやろうと、上杉は楽しい悩みをつのらせていた。



 「・・・・・気味悪いですね」
 「ん〜?」
 上杉は笑いながらイスを回し、怪訝そうに眉を顰めて自分を見つめる小田切を見た。
 「何がだ?」
 「あなたは太朗君に関してのなにかイベントがある前後は何時もそんな顔してますよね。ホント、3桁の女達を泣かして
きた男とは思えません」
 「おいおい、3桁ってなんだ」
 「多過ぎましたか?」
 「4桁かもしれねえだろ」
 「・・・・・」
もちろん、小田切に対する軽口だが、普段の上杉が上杉なだけに全くの嘘とも思えない。
太朗と出会う前の上杉の遊びはかなり広く浅く無軌道だったので、小田切は眼鏡の奥の目を眇めて低く言った。
 「そのこと、太朗君に言ってもいいんですか?」
 「タロが信じるか?」
 「あなたの言葉よりも私の方が信用が有りそうですが」
 「・・・・・」
 確かに、太朗は小田切の性格をかなり良いように誤解しているので、優しく真面目な口調で言う小田切の言葉を鵜
呑みにしかねない。
上杉は苦笑しながらイスに座り直したが、やはりその頬から笑みが消えることは無かった。
 「そんなに楽しみなんですか?」
 「可愛い恋人の誕生日だからな」
 「マンションの鍵は突き返されたんでしょう?何をプレゼントする気ですか?」
 「・・・・・」
 バレンタインの時に渡したマンションの鍵は、太朗の母親の一言で再び上杉の手に戻ってしまった。
太朗がその鍵を使ってマンションに入るという事はあまり想像は出来なかったが、持っていてくれるという事実だけでも嬉し
いと思っていただけに、さすがに残念に思ったのは確かだ。
 しかし、この16歳の誕生日では、絶対に返品という不名誉なことにはしたくない。
上杉はもう明日に迫った太朗の誕生日を思い、再び笑みが零れてしまった。



 『誕生日は誰と過ごすんだ?』

 甘く響く声が今だ耳に残っているような気がして、太朗はプルプルと頭を振った。
3月29日。友人達よりも少し遅れて迎えた16歳の誕生日は、今までならば家族で祝ってもらっていた。
案の定父は、今日友人の家に行くという太朗を半泣きで見送っていたが、母は苦笑しながらも迷っている太朗の背中を
押してくれた。

 「今日あんたを送り出さなかったら、これからの1年間ずーっとあの人に恨まれちゃいそうだもの。でも、明日の夕方には
帰ってくるのよ?1日遅れで家族でお祝いしたいから」

上杉との仲を知っている母は、様々な葛藤が心の中にあるようだが何時も太朗の味方をしてくれる。
今日も、太朗は母の言葉を嬉しく思いながら、夕方、上杉のマンションまでやってきた。
 「おう、来たか」
 「うん、来た」
 土曜日の今日、上杉はマンションにいた。
普通の会社勤めというわけではないのでよくは分からないが、多分自分の誕生日に合わせてくれているのは分かる。
 「・・・・・」
 「どうした、上がれ」
 「う、うん」
(な、何にもないのか?)
 てっきり、部屋に入るなり何らかのアクションをされると思っていた太朗は、さっさと先に部屋の中に戻っていく上杉の姿に
肩透かしをされたような気がした。
(・・・・・まさか、俺の誕生日だって忘れてたりして・・・・・)
上杉から電話があったことも忘れてそう思ってしまうほど何時もと変わらない上杉の態度に、太朗はどうしたらいいのかと
落ち着かなくなってしまう。
 「タロ、どこか行きたいとこあるか?」
 「え?あ、ううん」
 「飯は?」
 「い、今はいい」
(何・・・・・ホントに何時も通り・・・・・?)
 太朗は既に見慣れたリビングのフカフカのソファに浅く腰を下ろし、キョロキョロと部屋の中を見回してみる。
目に付く場所は何時もと変わりなく、先日置いてあった旅行のパンフレットも無い。
(・・・・・俺以外と行くのかな・・・・・)
考え始めると、どんどん不安になってきた。
大人の上杉にうまく対応しきれない子供の自分を置いて、もしかしたらもっと遊び上手な相手を見つけたのだろうかと勘
ぐってしまう。
 「タロ?」
 飲み物を持って来てくれた上杉が戻ってきた時、既に太朗は今にも泣きそうなほど不安そうな顔を上げて小さく口を開
いた。



 「ジローさん・・・・・」
 「・・・・・」
(やり過ぎたか)
 びっくりした顔が見たくてワザと何時も通りに接したことが、太朗にとってはかなり不安に思ってしまうことになったようだ。
怒った顔やびっくりした顔は可愛いが、こんな不安げな泣きそうな顔は見たくなかった上杉は、自分の悪戯心を反省しな
がらギュッと太朗の身体を抱きしめた。
 「悪い、タロ」
大人の想像と、子供の頭の中は、かなりの差があるのだと改めて思う。
 「・・・・・じろ、さ?」
 「お前の16の誕生日を、この先ずっと忘れないほど印象深くしたかったのが・・・・・お前にこんな顔をさせるなんて本末
転倒だ。ごめんな?」
 「・・・・・っ」
強く自分の背中にしがみ付いてくる太朗の腕の強さが不安の大きさを表わしている。
上杉はポンポンと太朗の背中を宥めるように叩くと、その耳元で優しく言った。
 「タロ、16ってどんな歳だ?」
 「・・・・・え?どんなって・・・・・何かあった?」
 「結婚出来る歳だろ」
 「け、結婚って、それは女だろっ」
 「でも、俺の嫁さんはお前だろ?18になるまで何の印もなくお前を野放しに出来るほど俺も大人じゃなくてな。少し早
いが、お前に鎖を着ける事にした」
 「く、鎖?」
 上杉は太朗の身体を少し離すと、シャツの胸ポケットから指輪を取り出した。
 「!」
本当はきちんと箱に入れて差し出した方が驚くだろうと思ったが、あまり仰々しいと返って太郎が引いてしまうかもしれな
い。
それならばと、ごくさりげなく、まるでたいしたものではないのだというように差し出したのだ。
 「え、あ、ジ、ジローさん、これ・・・・・」
 「・・・・・オモチャだ。いくらもするもんじゃないし、形だけ持っててくれないか?」
誕生日のプレゼントにしてはベタかも知れないし、繋ぎ止めておきたいと思うとは自分らしくなく女々しいとも思う。
しかし、そんな笑えるほどに真剣な思いを、太朗には真っ直ぐにぶつけたいと思った。
 「・・・・・」
 「タロ」
 「・・・・・学校、違反だから・・・・・着けれないよ?」
 「分かってる。鎖に通して首に掛けとくか・・・・・あ、交通安全か何かの守り袋に入れとくか?」
 「なんだよ、それっ、バチあたりだよ!」
 強張っていた太朗の顔に、ようやく笑みが戻ってきた。
上杉が笑いながらその掌に指輪を置くと、太朗はゆっくりと大事そうにそれを握り締める。
 「・・・・・ありがと、ジローさん」
 「俺の方こそ、ありがとな」
(お前が素直で良かったよ)
太朗は上杉の言葉を信じ、贈られた指輪はせいぜい数千円のものと思ってくれたらしいが、もちろんそんな安物を大切
な太朗に渡すはずが無い。
もっとファッションのことに詳しければ、それが有名ブランドの、シンプルながらかなり高価なものだと気付いたかもしれない
が、今の太朗なら気付かれることもないだろう。
(母親に見つからないようにさせないとな)
あの母親ならば、この指輪の価値と、本当の意味を正確に読み取ってしまうだろう。今回は鍵の時のような失敗はさせ
られない。
 「ケーキもホールで買ってるぞ。菓子もジュースも、お前が好きなものてんこ盛りだ。飯は・・・・・食いに行くか?」
 「ううんっ、今日はここでジローさんと2人でいたい!ピザでもラーメンでも何でも取ってここで食べよ!」
 「そうだな」
 太朗ならばそう言うだろうと予想して、有名ホテルのデリバリーは頼んである。
ラーメンもピザも太朗とならば美味いだろうが、せっかくの誕生日なのだ、この位の贅沢は許される範囲だろう。
 「今夜は大人の遊びを教えてやるぞ」
 「ほんとっ?どんなの?面白い?」
16歳になって初めての大人の遊び・・・・・上杉は意味が分からないまま弾んだように聞く太朗の頭をクシャッと撫でた。


 「夜遅くまで・・・・・遊ぼうな」




                                                          end



                                                     大人の夜編


タロジロ、タロのお誕生日編です。

お久し振りですが、すらっと話が出来てしまいました(笑)。

指輪はカルティエのオーダーメイド、イニシャルももちろん入ってます(意外とベタな人です)。他にも時計を買ってありますが、

翌日かなりごたごたしながらもタロは受け取ることになりそうです(笑)。

この夜の、ジローさんが言った「大人の遊び」は・・・・・ふふ、期待通り、ですよ。