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キスは嫌がらなかった。
続いてセーターの中に手を入れて薄いシャツごしに肌に触れると静の身体はビクッと震えたが、それは拒絶というよりも冷たい手
に反応したという感じだった。
そんな静の態度に江坂は笑みを深めると、唇を離してそのまま静の身体を抱き上げた。
「!」
「リビングでは落ち着かないでしょう?」
「・・・・・っ」
処理をするわけではなく、ちゃんと静を愛する為にはこんな場所での初めては可哀想だ。
ほっそりとした印象とは違い、静を軽々と横抱きに抱き上げた江坂は、そのまま自分の寝室の方へ歩いていった。
「え、江坂・・・・・さん」
「大丈夫ですよ」
何がとは言わないのに、不思議とそう言われると静は安心してしまった。
僅か1ヶ月ほどの同居だが、その間江坂は十分に静に影響を与える存在になっているらしい。
「・・・・・」
(本当に・・・・・するのかな・・・・・)
ここまできて、江坂が何を望んでいるのか分からないというほど静も無知ではなかった。
実際、男同士というものがどういった行為をするのかまでは具体的には想像出来てはいないが、普通の男女のセックスはおぼ
ろげながら頭の中に浮かんでいる。
ああいった行為を、自分は江坂とするのだろうか・・・・・静はぼんやりと考えた。
「・・・・・」
江坂の寝室には初めて入る。
江坂のイメージに合ったシンプルで少し無機質な感じがした。
広い部屋にはほとんど家具らしいものは置いておらず、大きな窓際の大きなベットが急に艶かしい雰囲気を持って静の視界の
中に飛び込んできた。
「あ・・・・・」
そのベットの上に、静はそっと下ろされた。
部屋の中は暖房が効いていて温かかったが、シーツは肌にひんやりと突き刺さった。
「お、俺、あの」
「静さん、あなたを愛しています」
『愛してる』
その言葉は思った以上に力があるらしい。
静の表情は不安と恐怖でいっぱいのようだったが、江坂を拒絶しようとはしなかった。
江坂はそのまま静の身体の上に乗り上げ、
「万歳をしてください」
「バ、バンザイ?」
疑問を抱いて静が途惑っている間に、江坂は次々と服を脱がせていく。
セーターを、シャツを、そして、ジーパンのボタンを外した。
「・・・・・っ」
「嫌だったり、痛かったりしたら直ぐに止めますから」
言葉ではそう言って安心させたが、もちろん江坂がこの好機を逃すはずはなく、どんなに静が抵抗したとしても最後まで抱くつも
りだった。
しかし、痛い思いをさせたいとは思わない。
男との、いや、自分とのセックスは気持ちのいいものなのだと、頭に、身体に覚え込ませるつもりだ。
その為にはどんな手を使おうと全く躊躇う気持ちはなく、江坂はベッドヘッドに不自然に置かれていた小さなビンを手に取ると、
その中にある錠剤を口に含み、そのまま静に深い口付けをした。
何度か口付けはしているので静の口中は無防備で、江坂はそのまま錠剤を静の口腔に移す。
「・・・・・?」
違和感を感じたらしい静だが、キス一つで頭がボウッとなっているのか、少し不思議そうに江坂を見上げながらもそれを飲み
込んだ。
コクン・・・・・静の小さな喉仏が上下したのを確認した江坂はにんまりと笑みを浮かべる。
「いい子ですね、静さん。この先、あなたには気持ちのいいことしかしませんよ」
淫らな時間がこの瞬間から始まるのだ。
頭がぼんやりとし、身体も中心から燃えるように熱くなってきた。
自分のその身体の変化を静は困惑していたが、それがなぜだかというところまで考えがいかなかった。
とにかく熱いこの身体の熱を冷まして欲しいと、目の前の江坂に手を伸ばした。
「どうしたんですか、静さん」
江坂の声は何時もと変わらずに穏やかで優しかったが、その息が肌に触れるだけでもゾクゾクと身体が震えてしまう。
「な、なん、か、俺・・・・・へん、です・・・・・」
「それは、あなたの身体が私を求めているんですよ」
「俺の・・・・・から、だ?」
「私を欲しくて疼いている。違いますか?」
そうなのだろうか・・・・・?こんな経験は初めてで、静はよくは分からなかった。
ただ、触れてくる江坂の手も唇もとても気持ちが良くて、今までほとんど処理もしなくても苦にならなかった自分のペニスが、痛い
ほど張り詰めてきたのは分かる。
「ん・・・・・っ」
着やせしている江坂の逞しい腹筋にペニスを擦りつけ、更にヌルヌルになっていく自分の浅ましい行為に気付いてはいるが、そ
れがいけないことだということは分からなかった。
「ム、ムズムズ・・・・・する・・・・・っ」
「可哀想に。ほら、私がこうして・・・・・どうです?」
「あ・・・・・んっ、きも・・・・・ち、いいっ」
他人の手が自分のペニスに触れ、稚拙な自身の手の動きとはまるで違う、巧みで淫らな愛撫を与えられる。
ほっそりとした幹の部分から、僅かに頭を出してきた先端まで、静自身の零す先走りの液を塗りつけるように動く江坂の手管に、
静はあっけなく初めての射精をしてしまった。
「・・・・・はぁ、はぁ・・・・・ああんっ」
何時もなら一度出せばもう終わりなのに、今夜に限ってはまるで押し寄せる波のように快感が押し寄せ、イッたばかりだという
のに既にペニスは再び勃ち上がってしまった。
「こ・・・・・わい・・・・・」
こんな経験は初めてで、静はどうしていいのか分からないまま見えない恐怖に怯えるだけだ。
その身体をしっかりと抱きしめてくれたのが、江坂だった。
「怖くはないですよ」
「え・・・・・さ・・・・・」
「ここにいるのは私だけ・・・・・私しかあなたのこんな姿は見ないから」
静は縋るようにギュッと江坂の首に手を回して抱きつく。
その剥き出しの腿に触れる熱く濡れたものがあったが、静の頭はそれが何かを考えることを拒否していた。
「ふあっ、あっ、あんっ、はあ・・・・・っ」
ビスクドールのように無表情だった静の表情が、血の通う生きた人間に鮮やかに変わっていく瞬間を、江坂は愛撫する手を休
めることなく目を細めて見つめた。
(丁度いいくらいに解けてるな)
「違法ですが、純正ですよ。後遺症はないし」
『初めての相手には丁度いいくらい、乱れてくれますよ』・・・・・笑いながら小瓶を渡してくれたのは、本部で偶然会った小田切
だ。
自分でも時折口にして思い切り乱れるのだと、聞きもしない自分のセックスライフを話していたが、あの男は油断がならない狡
猾なところがあるが嘘は言わないのは知っていた。
催淫剤・・・・・いわゆる媚薬というものを使うことには多少の抵抗感があったが、初めて男を受け入れる静の身体は絶対に苦
痛を覚えるはずで、その痛みを記憶に残したくなかった江坂はその薬を使った。
小田切の言葉は嘘ではなかったようで、物静かで内気な静は、江坂の目の前で可愛く淫らに喘いでいる。
白い肌は薄く桜色に染まり、細い指はもう何度か精液を吐き出してしまった自分のペニスを扱いていた。
その姿を見つめているだけでも楽しかったが、江坂のペニスも今までにないくらい固く大きく張り詰めている。
平常心を保つのもそう長い間は無理そうだった。
「静さん」
グッと、静の濡れたペニスに自分のペニスを擦り付けてみる。
「あんっ!」
高い声を上げた静に、ほとんど理性は残っていないようだ。
小さな尻の蕾も薬の影響なのか多少は柔らかくなっていたので、江坂はペニスを愛撫する手とは別にそこも解すと、ゆっくりとそ
こに自分のペニスを押し付けた。
「痛くないですからね・・・・・ほら、ゆっくりと私を飲み込んでごらんなさい」
ヌチャ・・・・・そんな粘膜が擦れ合うような音がして、江坂のペニスは静の身体の中に侵入していった。
(く・・・・・るし・・・・・っ)
つい先程までは気持ちの良い快感の波に身を委ねていた静は、いきなり感じた物凄い圧迫感と熱さと痛みに、綺麗な眉を
顰めて自分の上に圧し掛かってきている江坂を見た。
「い・・・・・た・・・・・い」
「そんなことはないはずですよ?気持ちのいいことしかしていないのに」
「う・・・・・そ・・・・・」
下半身が、ジンジンと熱く疼き続いているのが気のせいだとは思えない。
しかし、
「あなたを愛している私が、あなたに痛みを与えるわけはないでしょう?ほら、だんだん気持ちよくなってきませんか?」
耳元で甘く囁く江坂の言葉が嘘であるはずがないと思った。
静は痛く疼く中に、必死で快感を探そうと自分でぎこちなく身体を動かす。
「そう、静さんは覚えがいい。私も・・・・・気持ちいいですよ」
その言葉の通り、江坂の整った顔も色っぽく顰められ、その表情を見ただけでも江坂のペニスを含んでいる静の蕾はキュウッ
と伸縮して江坂を刺激した。
「・・・・・っ、いいですよ、静さん、とても気持ちいい・・・・・あなたは?まだ痛いですか?」
江坂がこんなに気持ち良さそうにしているのに、自分が痛いはずは無い。
静は強張った笑みを浮かべた。
「い・・・・・たく、な・・・・・い」
「良かった。一緒に気持ちよくなりましょう」
その言葉と同時に、身体を揺さぶられる動きが早くなった。
内臓を押し上げられ、一気に引き抜かれる感覚。敏感な身体の中を、自分以外の生き物が自在に動いている。
「はっ、はっ、あっ、くうっ・・・・・!」
「・・・・・っ」
「あああ!!」
不意に、静のペニスが弾けた。
もう何度目かも分からない射精に出る精液の量は少なくなっていたが、ギッチリと江坂のペニスを締め付ける内壁の蠢く強さは
変わらなかった。
「・・・・・っ」
身体の真上で江坂が息を詰める気配がし、今まで以上に奥の奥までペニスが入り込んだかと思うと、中を熱いものが満たした。
「・・・・・」
江坂が自分の中でイッたということは分からなかったが、深く息を吐く端正な顔は満足げで、静を見つめる目は今まで以上に優
しいものになっている。
「ありがとう・・・・・愛してますよ、静さん」
「・・・・・」
(江坂さんも・・・・・気持ちよかったんだ・・・・・)
痛み以上に快感を感じた静は、それが自分だけではなく江坂も同じだったということにホッと安堵した。
江坂を好きとか、嫌いとか。そんな気持ちの前に、江坂の言うことは全て本当なのだということが頭の中にインプットされている。
(江坂さんを受け入れることが出来た・・・・・俺は・・・・・江坂さんを好きなのかな・・・・・)
あやふやな思いの中にはっきりとした答えを見付けたい。
しかし、疲れきった身体は、そのまま静を眠りへと誘っていった。
「・・・・・寝たか」
初めての体験ですっかり疲れ切っていたのだろう、静は寝息もたてずにぐっすりと眠ってしまった。
江坂は一度出しただけでは治まらない自分のペニスを見て苦笑を零すが、これ以上静の身体を酷使しようとは思わなかった。
薬の力を借りてしまったが、静の頭の中には江坂とのセックスは気持ちがいいものだということが記憶されたはずだ。
心が追いついていなくても、身体ごとこのまま引き寄せることは容易いことだった。
「・・・・・風邪をひきますよ」
額に張り付いた髪をかきあげてやりながら囁いたが、静は一向に目を覚ます様子は無い。
江坂は濡れた身体を拭いてやろうと、裸にシャツを羽織っただけの姿でバスルームに向かおうとした。
「・・・・・」
その時、ベットの横に脱ぎ捨てていたスーツのポケットが光っているのに気付いた。電話だ。
(こんな時に・・・・・)
江坂は眉を顰めたが、出ないわけにもいかずにそれをとって相手を確かめると、それは意外な相手だった。
「小田切?」
(何のようだ?)
滅多に・・・・・というか、今まで掛かってきたこともない(番号だけは登録していたが)相手に不審に思うが、江坂は寝室から出
てその電話を取った。
「なんだ」
『いえ、首尾はどうだったかと思いまして』
薬を譲ってもらって3日。
まさか、たった今セックスが終わったとは知らないはずだが、その恐ろしいほどの間の良さに江坂は冷たく言い放った。
「役にはたった。金は言い値で払おう」
借りは作りたくない相手なのでそう言うと、小田切は電話の向こうでクスクスと笑いながら言った。
『うまくいったのなら良かった。金はいりませんよ』
「借りは作りたくない」
『だって、あれはプラシーボですから』
「・・・・・なに?」
『長年の思いが通じて良かったですね。大事にしてあげて下さい』
江坂の返事はいっさい聞かず、電話は唐突に切れてしまった。
江坂はしばらく携帯を見つめて・・・・・やがてクッと笑みを零してしまう。
「プラシーボ(偽薬)か・・・・・やられた」
あの静の乱れようは媚薬のせいではなく、静自身が持っていたもう一面の顔なのだろう。
飲まされた怪しい薬と、江坂の言葉と。静は自分でも知らないうちに自分で暗示を掛け、あれ程に乱れてくれたのだ。
(どうりで、痛みを訴えたはずだ)
小田切がどういった思惑であの偽薬を渡してきたのかは分からないが、確かな借りが出来たのは間違いない。
何より江坂にとっては、静のあの行為が、薬の上ではないことが嬉しい。
「・・・・・」
江坂は寝室に目を向ける。
気がついた時、多分静は猛烈な羞恥を感じるはずだが、けして後悔をすることはないだろう。
躊躇うのならば、何度も身体に、心に囁きかけていけばいい。
「捕まえましたよ・・・・・静さん。あなたはもう、私のものだ」
確信に満ちたその言葉は、眠っている静の耳には届くことはなかった。
end
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「border line」最終話です。
最初は本当に媚薬を使うつもりでしたが、プラシーボ(偽薬)の方が面白いかと思い直しました。
小田切さんは、ただ単に江坂をからかいたかっただけ。江坂が本当に薬を使うかどうか、密かに賭けていたりして。
その相手は、上杉さんっていうより、綾辻さんですかね。恋する男は可愛いものです。
とりあえずはちゃんと終わって良かった(笑)。これから先は・・・・・想像するまでもないでしょう。