海上の絶対君主
第五章 忘却の地の宝探し
プロローグ
※ここでの『』の言葉は日本語です
ズンズンという音が聞こえるかのように、珠生は口を引き結んで歩いていた。頭にくるラディスラスの言葉が、何度振り払おうとし
ても頭の中に浮かんできてしまう。
「タマ、お前、俺達が海賊だってこと忘れていないだろうな?悪いが、俺はお前の望むいい人とは違うんだぞ」
そんなことは分かっている。
『でもっ、ラディ、優しいじゃん!』
他の人間に対してはともかく、自分や、彼の周りにいる仲間達にはとても優しい男だと思う。
わざわざ悪ぶらなくてもいいのにと思うし、悪いことをしなくても生きていけるのならばその方がいいと思うのだが、ベニート共和国か
ら帰国してまだ日が経っていないというのに、ラディスラスはもう船出のことを言い出していた。
大学1年生の水上珠生(みなかみ たまき)は、故郷の不思議な言い伝えのある洞窟にひょんなことから足を踏み入れ、その
まま不思議な世界へと呼ばれてしまった。
中世ヨーロッパの雰囲気に、剣や海賊、そして王様などがいる世界。
海に流されていた珠生を救ったのも、海賊船エイバルの若き船長、ラディスラス・アーディンだった。
彼は言葉も分からぬ異邦人の珠生を保護してくれたが、それには良からぬ思いもあったらしい。
男同士というのに強引に求愛され、なぜか身体まで重ねてしまったが、今もって珠生は自分の気持ちをちゃんと認めようとはしな
かった。
死んだと思っていた父瑛生(えいき)との再会に、ラシェルの元の主人であるジアーラ国の王子ミシュアとの出会い。
重い病のミシュアを助ける為の医師を教えてもらった礼として、ベニート共和国第二王子、ユージンとの約束通り、王位継承に
絡む騒動を起こした珠生達は、なんとかユージンの願い通り、放蕩者を装っていた第一王子ローランを再び表舞台に引きずり
出すことに成功した。
全てが解決し、いったん瑛生とミシュアのいる港町に戻ってきた一行だが、ラディスラスは数日中に航海に出ると言い出した。
自分達はあくまでも海賊で、陸での生活を望んでいるわけではない・・・・・と。
当然のように、珠生も同行しないかと言われたが、珠生はせっかくの父との時間を放り出すことは出来なかった。
かといって、このままラディスラスを黙って送り出すことも出来ず・・・・・ここ数日、2人はそのことで言い合いを続け(主に珠生が文
句を言うのだが)、本日も一方的に怒鳴った珠生は、そのまま家(父が借りている)を飛び出していた。
いずれはまた航海に出るのだろうと漠然と思っていた珠生だが、まだしばらくは父との平和な時間が送れると思っていただけに容
易に頷けない。
どうして、ラディスラスは自分の気持ちを分かってくれないのだろう・・・・・悲しみと、怒りと、混乱で、珠生は、自分の頭の中が全く
整理されない状況だった。
「あれ、タマちゃん」
その時、珠生は名前を呼ばれた。
あまり嬉しくないあだ名だが、こちらの世界の人間には呼びやすいらしく、仕方ないかと受け入れていたが・・・・・今自分を呼んだ
のは、父の借家の隣に住む、初老のメラニーという女性だった。
「メラニーさん」
「町にいくのかい?」
「・・・・・ううん、さんぽ」
まさか、喧嘩をして飛び出してきたとは言えず、珠生はごまかすように笑みを浮かべた。そして、メラニーが重そうに引いているリヤ
カーのような物の上に乗っている箱に気付き、俺が引くよと言って手を差し出した。
「すまんねえ、私には少し重くて」
「これ、なに?」
「じいさんが、南の岸に着いた難破船から買って来たんだよ。外は濡れていたけど、中は大丈夫だし、これくらいの大きさの物入
れが欲しくてね」
「なん・・・・・ぱ?」
「多分、そんなに古い船じゃなさそうだったよ。乗組員の姿はなかったけど、かなりの物が残されたままだったらしいねえ」
金目のものはとっくに無かったけどと笑うメラニーの言葉を聞きながら、珠生はじっと箱を見下ろした。
「荷車にまでは運んでもらったんだけど、ここまで帰ってくるのにも一苦労だったよ」
「へえ」
まるで小説の中に出てくる、宝物が入っているような箱。
「・・・・・」
(冒険物の話だったら、この中に何か宝物が入ってるんだけどなあ)
「タマちゃん?」
「・・・・・この中、何もないの?」
「見てみるかい?」
「うん!」
ナンパセン・・・・・多分、難破船のことだろうが、その中にあった箱というのなら断然興味が湧いてきた。いったい、どういう理由で
乗組員が船を手放したのかは分からないものの、そこに何か秘密がありそうな気がしてワクワクする。
「ほら」
荷車を止め、縛っていた縄を解く。
「・・・・・」
メラニーの言った通り、開けた箱の中には何も無かった。綺麗な布が張られた、多分上等なものだとは思うが、この中にはいったい
何が入っていたのだろう。
「・・・・・」
「タマちゃん?」
「・・・・・メラニーさん」
「ん?」
じっと中を見つめていた珠生は、箱の外側の大きさに比べ、中が少し小さいことに気がついた。多分、4、5センチくらいは厚みが
あるだろう。
(・・・・・少し、厚くない?)
「ね、メラニーさん、中の布、取っていい?」
始めは空の箱だと思っていたらしいメラニーも、珠生の真剣な表情に何かあるのかと、中の布を剥がすことを了承してくれた。
2人は道から少し離れた場所に移ると、木の陰で箱を見つめる。
「あ・・・・・ナイフ、持って来れば良かった・・・・・」
「少し小さいけど、これでいいかい?」
ちょうど裁縫用の小さな鋏を持っていたらしいメラニーがそれを貸してくれたので、珠生は慎重に中の布の部分を切っていった。
外側の頑丈な作りに比べ、中はただ簡単に布を張っただけのようで、鋏を入れれば容易に布は切れていく。
そうして中から現れたのは、木の板だ。
どうやら外側の箱の中に、板で作った一回り小さな箱を入れて、それを布で一つに見せていたらしい。
「だ、出してみるよ?」
「何が入っているんだろうねえ」
覗き込む2人はワクワクしながら、珠生がゆっくりと中の、一回り小さな箱を取り出す。
すると・・・・・。
「あ!」
「まあ」
底の部分にあったのは数十枚はありそうな金貨だった。メラニーはかなり驚いたようだが、珠生が気になったのは金貨の下に見えた
茶色の物体で、どうやらそれは紙のようだ。
珠生は金貨を押し退けるようにして、下に敷かれるようにしてあった紙を手に取った。
『・・・・・地図?』
何かの島の絵と、文字。どう見ても地図だ。
「・・・・・?」
その島の一箇所に、大きな印が付けられている。文字が読めない珠生は、メラニーにそれを見せて聞いてみた。
「メラニーさん、これ、何書いてる」
「え?あ、ああ、地図かい?」
金貨に驚いていたメラニーは、何とか珠生の手にしている地図に目をやって、ああと直ぐに答えてくれた。
「これはジアーラ国の地図だね。この島は・・・・・ヴェ・・・・・ヴィルヘルム島って書いてあるよ」
「べるへむ島?」
珠生は呟き、その地図をじっと見下ろした。
金貨を見付けてくれたと、メラニーとその夫、ゼノは珠生に感謝をした。
難破船自体は国の所有物ということになるのだが、いったんそこから物を買い取ったりすれば、それは持ち主のものになると定めら
れているのだ。
僅かな金でこの箱を買い取ったのに、底からこれだけの金貨が見付かった。多分、慎ましく暮らせば、2人が死ぬまで生活出来る
ほどの金額らしい。
このことに気付いた珠生に礼をと言われたが、珠生にとっては金貨よりもこの地図の方が気になった。それで、この地図が欲しい
んだけどと試しに言うと、そんなもので良かったらと2人は簡単に了承してくれ、珠生はそれを手に握り締めたまま、隣の家(50メ
ートルほど離れている)にいるはずのラディスラスの元へと走って帰った。
出て行ったきり、一向に帰ってこない珠生を、ラディスラスはそろそろ捜しに行く頃かと思っていた。
この辺りは港に近いものの田舎でのんびりとした町で、早々に危ないことなどあるはずが無いと分かっていたが、人攫いがいないと
も言い切れなかった。
「・・・・・ったく、タマも頑固だな」
海賊である自分が海に戻ることは当然で、自分の恋人である(本人の自覚はともかく)珠生を共に連れて行くというのも当然
のことだと思っていた。
先日のベニート共和国での出来事で、かなり自分に想いを寄せてくれるようになったのではないかと思ったのもつかの間、ここに
戻ってきたら直ぐに父親である瑛生にべったりと子供のように甘えている珠生。
早く子離れ、父離れをして欲しいと思うラディスラスは、とにかく珠生を海に連れて行きたいのだが、どんな風に口説いてもなかな
か珠生は頷かず、その上、今日はかなり怒って飛び出してしまったのだ。
こちら側が折れるのは構わないが、これではなかなか埒が明かない。
「・・・・・」
家の中にいるミシュアや瑛生に心配を掛けられないからと外の大木の陰で寝そべったまま考えていたが・・・・・。
(仕方ない)
ラディスラスは深い溜め息をつきながら身体を起こす。
その時だった。
「ラディ!宝探し、しよ!!」
「タマッ?」
いきなり走ってきた珠生が、まるで飛びつくように自分の身体に覆いかぶさってきた。勢いで倒されてしまったラディスラスは、自分の
腰の上に乗り上げてきた珠生を見上げる。
「どうしたんだ?」
「あやしい地図、見つけた!」
「地図?」
「きっと、何かあるんだよ!海賊より、こっち、こっちの方が面白そうだって!」
手に持っている古びた紙を振りながら、珠生は興奮したように言っている。いったい、何がどうなっているのか分からないラディスラ
スだが、どうやら珠生の機嫌が直っていることにほっと安堵した。
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