海上の絶対君主
第五章 忘却の地の宝探し
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「まあ、少し落ち着け、タマ」
ラディスラスはそう言いながら腹筋を使って起き上がると、向かい合う形になった珠生の顔を見て笑った。
「どうやら、機嫌は直ったみたいだな」
「キゲン?」
そう言うなり、ラディスラスはチュッと軽く珠生の唇に口付ける。赤く、美味そうなものがそこにあったから・・・・・ラディスラスとすれば
立派な理由だが、突然のその行動に驚いた珠生は、一瞬で顔を真っ赤に染めて、パシッとラディスラスの頬を引っ叩いてきた。
『突然スケベなことするな!変態!』
ヘンタイ・・・・・その言葉の意味を瑛生から聞いていたラディスラスは、自分の愛の行為に何てことを言うんだと呆れてしまうもの
の、引っ叩いてきた手の威力がその分愛情の裏返しだと思うようにして、珠生がまだ握ったままだった地図を見せてみろと言った。
「・・・・・」
「ほら、本当に何かありそうかどうか確かめさせろ」
「・・・・・」
珠生はまだ不満そうな顔をしながらも、地図をラディスラスに渡してきた。
紙は茶色く変色し、随分古びた風に見えるものの、その手触りから考えればそんなに昔のものとは思えなかった。
(書かれているのはジアーラ国か・・・・・)
印が付けられている島はヴィルヘルム島という場所だが、ラディスラスはその名前も聞いたことが無い。それは結局、以前からそこ
に何らかの宝などが隠されているという噂は無いということだ。
「・・・・・どう?」
じっと地図を見ていると、珠生が一緒に覗き込んできた。
まだ、自分の膝の上に乗った状態で、珠生の小さな尻が自分の下半身の上に座っていることが気になってしまう。本人が無意識
なだけに、身動きすればするほど気になる自分の方が情けなく・・・・・。
「タマ、下りろ」
「え〜、いいだろ」
「このままここで押し倒していいのか?」
「?」
「お前が可愛く刺激してくれるから、俺の、反応しそうなんだが」
そう言いながら、ラディスラスは意味深に珠生の尻をスルッと撫でた。
「・・・・・っ」
そこで、ようやく言葉の意味が分かったらしい珠生は、再び同じ罵声を浴びせてきた。
『エロ魔人!』
「どうしたんだ、ラディ、その顔」
「珠生も、顔が真っ赤だぞ?」
「な、なんでもない!」
(よ、良かった、父さん達には聞こえなかったんだ)
今自分達が騒いでいた木と家には十メートルほどの距離があったが、あれ程大きな声だったのでもしかしたら中にいた父達に聞
こえたのではないかと焦っていた。しかし、この様子ではどうやら心配はないようだ。
(ラディが全部悪い!)
勢い余ってラディスラスの身体を押し倒し、乗り上げてしまったのは確かに自分だが、そこには何の(ここが大事だ)意味も無かっ
た。
変なことを考えて、それをわざわざ口に出して言うラディスラスが全部悪い。
「珠生?」
「あ、あの、父さん、これ見て!」
「・・・・・地図?ジアーラと書いてあるな」
「これ、ナンパ船から持ってきた箱の中に、隠すみたいにあったんだ!ね、これって、宝の地図じゃないっ?」
「宝、とは分からないが、少し不思議な感じはするね」
「でしょうっ?」
父は地図を見ながら呟いた。
「この島のことは私は分からないが、ミュウに聞けばまた違うかもしれない」
「あ!」
そうだったと、珠生は忘れていた事実をそこでようやく思い出した。ジアーラ国というのはミシュアやラシェルの母国だ。彼らならば自
分達よりもこの地図の意味を読み取ることが出来るかもしれない。
「父さん、ミシュア、起きてるっ?」
「ああ、今ちょうどラシェルもいるはずだ」
「俺、行ってくる!」
二階の一室で、まだ病み上がりのミシュアは静養していた。既に医師のノエルからは命の危機は脱したと言われたものの、大手
術をしたミシュアの体力はかなり落ちていて、今もってベッドから出ることは出来ないままだ。
しかし、起き上がることは出来るようになっていて、こちらに戻ってきたラシェルが、かつての主君であるミシュアの元に足しげく足を運
んでいるのも、最近よく見る光景だった。
「父さんもラディも早く!」
なんだかワクワクするような話になりそうで、2人を呼ぶ珠生の声は弾んでいた。
張り切って木の階段を駆け上がる珠生を見て苦笑したラディスラスがその後を追おうとした時、ラディと、瑛生がその名を呼んで
呼び止めた。
「何だ?」
「珠生に、あんな態度は逆効果だと思うよ」
「・・・・・」
(やっぱり、聞かれていたか)
珠生との外での騒ぎ。本人に対してはまるでそんな素振りを見せなかった瑛生だが、古びた木の建物であるこの家の中にいた
瑛生には丸聞こえだったようだ。
(それをタマには言わないところが・・・・・本当に、親馬鹿、子馬鹿)
親子の絆が強いのは悪いことではないが、それでも恋人の立場に一番近い自分にとっては少々頭の痛い問題でもあるのだ。
「言い続けていないと忘れてしまうだろう?あいつは、自分にとって都合の悪いことは全部記憶の外に追いやってしまうからな」
「・・・・・悪いね、まだ子供なんだ」
「18は子供じゃないと思うぞ、エーキ」
「・・・・・」
「それに、父親であるあんたは遠くない将来、ミュウの手を取るんだろう?その時にタマが泣くくらいなら、今のうちにでも強引に俺
が奪った方がいい。あいつが泣くのは・・・・・参るからな」
今はまだ、2人は恋人という関係ではないものの、ミシュアの身体が回復すれば、きっと瑛生は健気なくらい自分を想ってくれてい
るミシュアを受け入れるだろう。珠生も頭の中ではそれを分かっているようだが、現実に目の前でそんな2人を見る珠生がどう思う
か。
ラディスラスはどうしてもその前に、珠生を完全に自分のものにしたかった。
「まあ、黙って見守っていてくれ」
「・・・・・強引なことはしないで欲しいな」
「あのタマ相手に、強引なことなんて出来るはずが無いだろう?」
(それくらい生きがいい方が面白いがな)
そう言ってポンッと瑛生の肩を叩くと、ラディスラスは珠生の後を追う。その背中で瑛生の溜め息が聞こえたような気がしたが、そ
れはもう聞こえないフリをした。
「ミシュア!」
ドンドンッとドアを叩き、中から返事がある前に開けた珠生は、ベッドに腰掛けているミシュアと、その横の椅子に腰掛けているラ
シェル、そして、窓辺にいるアズハルを次々に見た。
「タマ、静かに」
「ご、ごめんっ」
船医であるアズハル・キアはそう注意してきたが、青い目は笑っている。
「そうだぞ、王子はまだ病身だ」
淡々と注意してくるラシェル・リムザンは碧の目を眇めている。当初は怖いと思っていたが、あまりにも叱られ慣れたので怖いという
意識はもう無かった。
「うん、ごめん、ラシェル」
「いいんですよ、タマ。これくらいで気遣ってもらっていては、何時まで経っても起き上がれなくなってしまう」
「ミシュア・・・・・」
まるで少女のように綺麗な顔を優しく綻ばせているのが、ミシュア・アンリ・ジアーラ。
四大大国、ジアーラ国、カノイ帝国、エルナン国、ベニート共和国の中のジアーラ国の皇太子だったミシュアは、異世界の人間
である珠生の父、瑛生との関係を問われ、ミシュアより1歳年下の義弟によって王籍を剥奪され、北のカノイ帝国に静養という
名の追放をされた。
その地で身体を壊してしまったミシュアは、再びこの世界にやってきた父と再会し・・・・・結局、こうして古臭い家にいることになっ
ているが、ミシュアは今が一番幸せだと言っている。
「どうしたんですか、タマ?」
自分が想いを寄せている男の息子だということよりも、珠生自身を好ましいと思っているミシュアはとても優しく接してくれる。珠
生も、そんなミシュアを何時しか避けることも出来なくなっていた。
それに、今はこの手にしている地図のことがある。
珠生はベッドに歩み寄ると、これを見てとミシュアの膝の上に紙を広げた。
「これ見て」
「・・・・・地図?・・・・・これは、我が国の・・・・・」
「ジアーラの?」
ミシュアの呟きに、ラシェルとアズハルも近寄ってきて視線を落とす。
「タマが言うには、何かありそう、らしい」
そこへ、ラディスラスと瑛生もやってきた。
「ミュウ、何か分かるか?」
「・・・・・この地図自体には不思議なことはありませんが・・・・・ヴィルヘルム島についている印はなんでしょうか。ラシェル、お前
は何か聞いたことがある?」
「いいえ、以前は金が取れていたということですが、今はそれも取り尽くして無人島になっていると思います。観光するほどに景
色が素晴らしいというわけでもなく、その島の周りは潮が早くて、今は忘却の島と言われているはずですが」
「ぼーかく?」
「忘却。忘れ去られているっていうことだ」
父の説明に、珠生はふ〜んと地図を見下ろす。
(忘れられた島の地図・・・・・)
いったい、どういう目的でこの地図が書かれたのかは分からないものの、わざわざこうして印までつけているというのはやはり何か意
味があるのではないかと思う。
「ラディ」
珠生はラディスラスを見上げた。どんなにスケベでも、最後にはどうしてもこの男に頼ってしまうのが少し、悔しい。
「航海に出ると言ったよな?」
「う、うん」
(またその話・・・・・)
今はこの地図の話をしているのに、それでは先程までの喧嘩の続きではないかと思ったが・・・・・。
「海賊の目的が宝だっていうのは、おかしくない話でもある」
「え・・・・・」
「行ってみるか?タマ、宝探しに」
「ホントッ?」
「この印が宝だと言い切ることは出来ないが、そうでないとも分からない。忘却の島へ乗り込めば、何か他にも面白いことがある
かもしれないしな」
「行く!」
(宝探しなんてっ、なんかすっごい冒険するみたいじゃん!)
今までの航海では、ミシュアを探したり、医者を探したりと、意味のある目的だったが、この宝探しというのは全く意味が無くて、
それでいて男のロマン満載の響きがある。
つい先程まで、ラディスラスの航海を面白くないと思っていた自分の気持も吹き飛んで、珠生は新しい旅立ちへと既に心を向け
ていた。
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