CALM MAN
後 編
「お前さあ、本当にそいつと友達なのか?親しくもないのに、当日いきなり連絡してきて、強引に飯に連れて行くなんてさ、常識
が無いと思わないか?嫌なら嫌って、今のうちに言っておかないと、お前人がいいから・・・・・つけ込まれてしまうぞ?」
「コンちゃ〜ん、どうしたんだよ?」
「手が止まってま〜す!」
「!」
いきなり我に返った雅人は、今自分がどこにいるのか・・・・・授業中で教壇に立っていることに気付いて、慌ててごめんと謝った。
(俺っ、何考えてるんだよ〜っ)
今自分がしっかりとしなければいけない時にぼんやりしてどうするのだと、雅人は自身を叱責する。仕事とプライベートは割り切る
もので、どちらかをどちらかに持ち込むなんて大きな間違いだ。
「悪い!続けるぞ〜っ」
雅人は教科書に視線を戻し、授業を再開する。今度はきちんと授業を進めるために、雅人はいいかと声を出した。
三日前、雅人は宇佐見と食事に行った。
回転寿司に行くのが初めてだったらしい宇佐見の反応は面白くて、雅人はまた一緒に食事をしたいなと素直に思った。
その日食事をした後に松居に謝罪の電話をしたが、翌日に学校で松居に会った時にもう一度誘いを断ったことを謝った。その
時に松居に言われたのだ。
確かに、宇佐見と自分は友人というほどに親しい関係ではなく、認識としたら《知り合い》という括りになるだろう。知り合いに警
察関係者がいたら心強いなと思う程度で、当初はとっつき難い宇佐見とより深く付き合うなんて無理だろうなとも思っていた。
しかし、今では彼の誘いを断ることなどは考えられなかった。けして言葉数の多いとはいえない宇佐見だが、時折見せる彼の素
の表情・・・・・何も知らない子供のような表情が気になって、会わないという選択は出来なかった。
それがどういった感情からか、雅人は自分でもまだよく分かっていない。相手は、出会ってまだ4ヶ月も経っていない、知り合ったば
かりの人なのだ。
新しい上司は真面目な男で、宇佐見とは肌が合う側の人間だった。
ただ、20歳近くも歳の離れた、それも上司と親しく酒を酌み交わす関係になどなれるはずも無く、宇佐見は前任の上司相手と
同じように接していた。
「あ、お帰りなさい」
報告を終えて自室に戻ってくると、塚越が手に何枚かの書類を持って待ち構えていた。
「どうした?」
「忘年会の出席の有無と、新年会の出席の有無の確認です」
「・・・・・お前が?」
「クジで幹事に当たりまして」
エリート街道を進んできた宇佐見にはそういった役の経験はなかった。いや、もしかしたら人付き合いの悪い宇佐見を周りが敬遠
していたのかもしれないが、それが寂しいとも思わないし、腹もたつこともなかった。
「それで」
「欠席」
「どちらもですか?」
「私が行かない方がいいだろう」
自分が気を遣うことはないが、相手もそうだ。結局、自分が行かない方が場は納まる。後は、カンパという名の会費を渡してお
けば、誰も宇佐見を気にすることはないだろう。
「・・・・・あなたの出席、待っている者もいるかもしれませんよ」
「・・・・・別に、気を遣わなくてもいいぞ」
「本当です。警視正は若手のホープですし、イケメンですから」
「この歳で若手とは言わないだろう」
「この世界では十分若手です」
「・・・・・」
塚越は有能な部下だが、時々宇佐見の理解が及ばないような言動をする。普段は気にしないが、なぜか今目の前で笑みを
浮かべている理由が少し気になってしまった。
そんな宇佐見の気持ちを敏感に悟ったらしい塚越は、その疑問を直ぐに晴らしてくれる。
「最近、あなたの雰囲気が変わったって噂ですよ。まあ、私も少し前から感じていましたが、最近は特に。新しいご友人が出来
たからでしょうか?」
「・・・・・」
(新しい・・・・・友人?)
その言葉に直ぐに頭の中に浮かんでくる面影は、なぜかずっと欲しいと思っていた真琴ではなかった。
「さよならー!」
「じゃあな、コンちゃん!」
「気をつけて帰れよ!」
クラブ活動を終えて帰る生徒達を見送り、雅人はほっと一息ついた。
もちろん自分は直ぐに帰ることは出来ないが、生徒達を無事学校から見送ったことで大きな仕事は一つ終わりなのだ。
「紺野」
「あ、松居先生」
職員室に入る手前で名前を呼ばれた雅人は、そこにいる松居を見て・・・・・少しだけ頬を強張らせてしまった。
別に、会うなり宇佐見との関係を問い詰められたり、非難されたりするわけではないと思うものの、それでもなぜか緊張してしまっ
たのだ。
そんな雅人の表情をじっと見ながら、松居は誘いの言葉を言った。
「飯、行こう」
「え、あ、でも、まだこれから仕事が・・・・・」
「たまには定時に帰宅するのもいいって、な?」
「は・・・・・あ」
やらなければいけないことは日々生まれ、雅人はそれを消化することで目一杯なので時間も足りないくらいだが、数日前松居の
誘いを面前で断っただけに、今日もすみませんということは出来なかった。
「あれ、今日は早いね」
「あ、あの、松居先生と、ちょっと」
何時も最後まで残っている雅人が随分早く帰る姿に声を掛けてくる者はいたが、たまにはゆっくり遊べとにこやかに送り出してく
れた。
雅人は失礼しますと言いながら職員室を出て、先に駐車場へ向かっている松居のもとに向かおうと急いでいたが、
「!」
ポケットの中に入れていた携帯電話が鳴って、慌ててそれを取り出した。
「・・・・・宇佐見さん」
液晶に出た宇佐見の名前に、雅人は戸惑ってしまう。
前回会ったのは三日前。こんなにも間を空けずに連絡が来ることなど今まで無かった。
(・・・・・何の用だろ)
「・・・・・」
なかなか鳴り止まない電話。雅人は思い切って通話ボタンを押した。
「は、はい」
『遅い』
戻ってきた言葉は端的で、しかも宇佐見らしい言葉だった。緊張していた雅人はそれでなぜか安心してしまい、直ぐに出れない
時もあるんですと言い返した。
「それで、どうしたんですか?」
『今から会えないか』
「い、今からですか?でも、あの」
『学校にいるんだろう?今着いた』
「えっ?」
(それって、学校に来たってことっ?)
いきなりの宇佐見の電話に雅人は戸惑ってしまったが、直ぐに駐車場で自分を待っている松居のもとに急いだ。
二回連続して松居の誘いを断ることは本当に申し訳ないと思うが、ここまで来た宇佐見をそのまま帰すことは出来なかった。
しかし・・・・・。
「今来ているんだな?」
事情を話し、すみませんと頭を下げた雅人にそう言った松居は、そのまま校門の方へと歩き始める。えっと驚いた雅人は慌てて
後を追った。
「ま、松居先生っ、どうしたんですかっ?」
「そいつの顔を見に」
「え?」
「可愛い後輩を誑かす警察官がどんな顔をしているのか見に行く」
「ええっ?」
何を誤解しているのか、それとも自分の説明の仕方が悪かったのか、松居は宇佐見に会いに行くと言う。
宇佐見と松居、違った意味で自己主張の激しい2人がぶつかったらどうなるのか、雅人は松居を止めようとしたが、松居は足を
止めようとはしなかった。
雅人に会おうと思ったのは突発的な思いだった。先日会ってからまだ日は経っていないが、なんだか雅人の顔を見たいと思って
しまったのだ。
真琴に対しても、会いたいと思う気持ちが沸き起こることがあったが、彼の背後にはあの男がいるので、簡単に足を向けることは
出来なかった。
しかし、雅人に会うのに障害はない。お互い仕事をしている以上、拘束される時間はあるものの、それ以外で自分を避ける理
由は、彼本人の意思以外無く、それ自体宇佐見にとっては分かりやすいことだった。
「・・・・・」
「あ、どちらに」
「外で待つ」
「寒いですし、色々と・・・・・」
「子供じゃあるまいし」
宇佐見は塚越にそう言うと、自ら後部座席のドアを開けて外に出る。
学校の門の前から少し離れていた場所に停めていた車から出た直後、中から人影が出てくるのが見えた。
ただ、その人影は2つで、宇佐見が待っていた雅人だけではなく、もう1人、背の高い若い男が険しい表情のまま先に歩いて近
付いてくる。
雅人以外の人物の登場に、塚越と運転手が直ぐに車から降りたが、宇佐見はそれを片手で制し、向かってくる男をじっと見な
がら、自分もゆっくりと歩いていった。
「宇佐見さん、ですね?」
校門と車の中間地点で、宇佐見は男と向かい合う。どうやら、相手は自分の名前を知っているようだ。
「そうだが」
「私は紺野の同僚で、松居といいます。早速ですが、あなたはどういった考えでこいつを誘っているんですか?聞けば警察関係
の方のようですが、私達教職の人間とは同じ公務員でもあまりに職種が違う。お互いに負担になる付き合いは、少し考えられた
方がいいんじゃないでしょうか」
「・・・・・」
(この男は、何を言っているんだ?)
丁寧な言い方だが、要は雅人を誘うなと言っているのも同じだ。たかが同僚という立場でこんなことを言うとは考えられず、宇佐
見は眉を潜めたまま、男の後ろで困惑した表情の雅人に聞いた。
「彼は、お前とどういう関係だ?」
「ど、どういうって、同じ学校の、同僚です」
「それだけ?たったそれだけの関係で、人付き合いを制限するような発言をされるのか?」
宇佐見の言葉に、雅人は顔をカッと赤くした。確かに、松居の言葉は過保護過ぎて、成人して働いている男の自分を守るよう
なものだ。
「恋人として付き合っているのか?」
「・・・・・ばっ、そんなっ、お、俺達っ、男同士ですよっ?ねえっ、松居先生!」
「・・・・・まあ、今のところ付き合ってはいませんが」
なぜか微妙な言い回しをする松居に一瞬えっと思ってしまったが、
「そうか、それなら私が彼をどうしようが、君には関係ないということだろう?」
「え?」
思わず声を上げてしまった雅人に、宇佐見は何時もと変わらない静かな眼差しを向けてきた。
雅人の直ぐ隣にいる男は同僚らしいが、どうやら別の感情もあるらしい。
しかし、それを向けられている雅人が気付いていないのならば、先に自分が動いたらいいと思った。
(人の気持ちなんて分からない)
今、自分が雅人に感じている感情は、真琴に対したそれとは違うと思う。それでも、会いたいと思うだけ、他の人間よりも近いと
感じているのだ。
出会った時、人のものだった真琴だが、今の雅人は誰のものでもない。それならば、先に奪って何が悪いと思った。
「行くぞ」
そう言って、宇佐見は雅人に向かって手を伸ばした。雅人は迷っているようで、何度も自分と隣の男を交互に見ているが、同僚
である男の存在と、出会って間もない自分のどちらを選べばいいのか分からないだけ、自分の方に分がある。
そう、思う。
「あ、あの・・・・・松居先生、すみません。せっかくここまで来てもらったから、俺・・・・・うわっ」
最後まで言葉を言わせなくても、これだけであの男には意味は伝わったはずだ。宇佐見はそのまま無言で雅人の腕を掴むと、
車に向かって歩き始めた。
「あっ、あのっ、まだ話が!」
「あれ以上伝えることがあるのか?」
「え、えっと・・・・・ない、ですけど・・・・・でも、失礼ですし・・・・・」
「一緒に来ないのか?」
宇佐見は立ち止まって雅人を見下ろす。
雅人は宇佐見を見上げ、次に後ろを振り返って同僚の男を見て・・・・・頭を下げた。そして、再び宇佐見を振り返り、強引です
ねと少しだけ怒ったように言う。拒絶ではないその言葉に、宇佐見は目を細めた。
「性格を変えることは出来ない。慣れてもらうしかないな」
この先ずっと付き合ってくれるつもりなら・・・・・言葉にはしない意味を含めて言えば、雅人は分かっているのかどうか、そうですね
と溜め息混じりに言った。
この先も、この手を離さないのか、それとも手放すのか、今の宇佐見にはまだ判断がつかない。
ただ、後悔だけはしたくない。あの時、もしも、どうして。そんな言葉を、絶対に言いたくはない。
宇佐見は、無味な自分の生活を彩ってくれる目新しい知り合いが、この先自分にどんな新しい感情を与えてくれるのか何だか
楽しみで仕方がなかった。
そして、そんな風に思う自分自身が、なんだか不思議で面白い。
「あ〜あ、また後で松居先生に謝らないと・・・・・」
「・・・・・」
「宇佐見さんのせいでもあるんですからね」
「・・・・・」
明日のことを考え、あの男のことを気遣う雅人の言葉は聞いていていいものではないが、それらは全て雅人が自分を選んだとい
う前提の上での言葉で・・・・・。
「・・・・・」
そう考えて自然に浮かぶ口元の笑みに、宇佐見自身まだ気付かないままだった。
end
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宇佐見&雅人。
読んでいただいてありがとうございました。宇佐見さん救済のために書いた話ですが、「予感」の段階で終わりましたね。
宇佐見さんの性格と、雅人の鈍感さを考えれば、一足飛びに恋愛関係には行かないような気もして、一先ずここで区切りました。
また時間を置いて、彼らの続きを書いてみたいなと思います。