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 「!」
 太朗が目を覚ました時、直ぐ目の前にあったのは大好きな人の顔だった。
(ど、どうして・・・・・?)
少しだけ起き上がった太朗は、そろりと周りに視線を向けた。部屋の中は薄暗かったものの、何も見えないほどに暗くは無い。
どうやら広い部屋の中にごろ寝のように眠っているようだが・・・・・。
(俺達、だけ?)
 上杉とは反対の方を向くと、そこには綺麗な顔がある。黙っていれば、本当に見惚れるなあと思ってしまった太朗が思わずその
頬に触れると、閉じられていたまぶたが開いた。


 「た・・・・・ろ?」
 掠れた声が口から零れる。
楓は目の前でしーっと指を唇に当てる太朗を見て、ぼんやりとしていた思考が次第にクリアになっていった。
(・・・・・まいった、酔ったのか)
普段、ほとんど酒を口にしていないので、自分の限度というものが良く分からなかったが、ある境で、見事にプッツリと意識が途切
れている。
 自分自身に呆れてしまったが、楓は自分の腰に回されている腕を見て、自然と笑みが浮かんでしまった。この手は、とても身近
にある、自分にとって一番優しい手だった。


 身じろぎをした友春は、ギュウッと強く抱きしめられて目を覚ました。
(・・・・・え?)
面前には逞しい胸板。ほのかに香るコロンの匂いは、何時の間にか友春にとっては慣れたものになっていて、自然にその胸元に
擦り寄ろうとしたが・・・・・。
 「あ・・・・・」
 「・・・・・静かにしなきゃ」
友春は、じっと自分を見つめている綺麗な静の眼差しに、思わず声を上げて顔を赤くしてしまった。


(何時寝たのか覚えてないなんて・・・・・)
 静は、酒には強いと思っていた自分が、意外に日本酒には弱いんだなと改めて思って溜め息をついた。
確かに昨日のようなことは特別で、気心の知れた仲間と、一番頼りになる恋人が傍にいたからなのだが・・・・・。
(江坂さんがまだ眠ってるなんて・・・・・珍しい)
 人の気配に敏いはずなのに、江坂は静を抱きしめたまま、まだ眠りから覚めていない。自分達が眠ってからも、多分かなり飲ん
だのだろうが・・・・・。
(どのくらい飲んだかなんて、聞く方がおかしいかも)


 「う・・・・・」
 頭がズキズキとするものの、痛いと言ってはいけない気がする。
暁生はそのまま枕にうつ伏せになろうとしたが、身体を動かすともっと変な気分になりそうな気がして、とりあえず、そろりと身体を横
にしてみた。
(絶対・・・・・楢崎さん、怒っちゃってるよ・・・・・)
 楢崎は、酒もタバコも、頭から反対はしないものの、自分で責任のとれないことはするなと常々言っている。今回のことは、絶対
に責任が取れてない・・・・・だろう。


 「ん〜っ」
 目が覚めた時、目に映った天井は見知らぬものだった。
(あれ・・・・・?)
一瞬、自分がどこにいるのかと思った日和だったが、直ぐに昨夜の記憶が頭の中に蘇ってくる。
(そっかー、結構飲んじゃったんだ)
 自分ではそうは思わなかったが、楽しかったのかなとしみじみと思う。そんなに社交的とは思わない自分が、会って間もない相手
とよくこれだけ打ち解けたものだ。
 「・・・・・まだ、誰も起きないのかな・・・・・」
日和はゆっくりと身を起こした。


 真琴はそっと起き上がった。
薄暗い部屋の中は、もう夜が明けたのかどうかは分からなかったものの、自然に目が覚めてしまったのだ。
 「あ・・・・・」
そこには幾つもの布団の山が出来ている。
 「マコ、さん?」
 「太朗君?」
 もぞもぞと動いているのは年少者のようで、海藤を始め年長者達はまだ眠っているようだ。普段とは正反対のその光景が珍し
く、真琴は暫く海藤の寝顔を見つめていたが、何だか何か言いたそうな太朗の眼差しに気が付いた。
 「どうしたの?」
 出来るだけ小声で聞いてみると、太朗はにっと笑って、自分がしていた枕をそっと持ち上げてみせた。
 「これ」
 「・・・・・え、えっと、まさ、か?」
 「いまなら、寝てるし」
 「で、でも」
寝ているからこそ、いきなりの攻撃をしてはいけないと思うのだが、どうやら太朗の他にも起きていた者達が、ゆっくりと起き上がりな
がらその手には枕を持っていた。


 昨夜、枕投げをしたがっていたのは誰だか太朗は覚えてはいないものの、これは面白いチャンスではないかと思ってしまった。
(ジローさんはともかく・・・・・ケイとか、江坂さんだっているんだもんな)
普段、表情を変えない彼らに、いきなり枕をぶつけたらどんな顔をするのか気になってしまう。そういう理由で言えば、海藤も、知
り合ったばかりの秋月という男だって・・・・・。
 「ぐふふ・・・・・」
 太朗はそっと起き上がり、自分の枕を持ち上げる。
ちょうど、視線が合った真琴に向かって頷いてみせると、その眼差しを隣の楓にも向ける。日和も起き上がって、不思議そうな顔
でこちらを見ていた。
 「・・・・・やらない?」
 枕を持ち上げて見せると、日和は意外にも直ぐに頷いて、枕を持って立ち上がる。
 「よ〜し」
まだみんな起きていないが、取りあえずは少数精鋭だ。太朗は枕を構えると、
 「せーの!!」
いきなり、大声で叫ぶと、眠っている上杉の身体に向かっていきなり枕を投げつけた。



 「うわっ!」
 「・・・・・っ」
 「ちょっ・・・・・」
 突然身体に振ってきたものに、上杉は反射的に身体を起こした。
まるっきり敵意も殺意も感じなかったので、上杉は避ける事も出来なかった。いや、上杉だけではなく、伊崎も秋月も、いきなり
何が起こったのかと起き上がるが、まさか自分に枕が投げつけられたとは一瞬分からなかった。
 「おうっ、タロっ?」
 「昨日の夜、出来なかったから!やれっ、楓!」
 「マコさんっ、起きて!加勢してよ!」
 「アッキーも、ほらっ!」
 「面白そうっ」
 「ち、ちょっと、待ってっ」
 直ぐに楽しそうに仲間に加わった静に、何時の間にか流れに加わってしまった真琴。参加していいのか逃げていいのか分からず
に、おろおろとしている友春と暁生。
 それでも1つの部屋の中にいれば、自然と巻き込まれてしまう。
 「アッキー!その枕投げて!」
 「友春っ、そっち狙って!」
 「ええぇっ!」

 年長者達は、それこそある方面でのプロ集団と言ってもいい。拳銃の弾というのならともかく、こんな枕くらいなら当然避けきれ
るのが本当だ。
しかし・・・・・。
 「・・・・・っ」
 「おいっ」
 「待ちなさい・・・・・っ」
 口々に静止の言葉を言いながらも、自分達よりも遥かに弱い相手に対して、強引にその手を掴んで止めることは出来ない。
 「まだまだあ〜!!」
そのせいか・・・・・何時の間にか、部屋の中は小学生の修学旅行の夜のような騒ぎになってしまっていた。







 「今日も、お願いしま〜す!」
 午前10時。チェックアウトギリギリまで温泉に入り、美味しい朝食を堪能した一行は、玄関先に横付けされたサロンバスへと元
気に乗り込んでいった。
いや、元気なのは、年少者の方だけかもしれない。朝食の前の一運動は、昨夜の酔いをすっかと醒ましたらしく、その顔も元気
で楽しそうなままだ。
 一方、同行者の年長者達は一様に疲れきっていた。
早朝から、本気の枕投げにつき合わされ、温泉に入って、朝食を食べて・・・・・日頃の生活から考えれば到底疲れるほどのこと
ではないのだが、何と言うか・・・・・精神的に疲れてしまったのだ。
 「それにしてもさ〜、ケイも枕投げ知ってるんだな〜。意外に強いから驚いちゃって」
 太朗が椅子から身を乗り出すようにして言うと、アレッシオは当然だというように言い切った。
 「・・・・・見ていれば分かる。単純なお遊びだ」
 「江坂さんも、結構運動神経いいんですよね」
静が隣に座った江坂をにこにこ笑いながら見上げると、江坂はこんなことで褒められてもと苦笑を浮かべる。
 「恭祐なんか、そっちのごっついのと枕拾いばっかりして面白くなかった!」
 「で、でもっ、楢崎さんが枕を集めてくれてたから、俺達勝ったんじゃないですか?」
 「優しい人達ばかりで助かりました。ねえ、海藤さん」
 「・・・・・こちら側の完敗だったがな」
 「あれ?でも、小田切さんとムネちゃん、いなかったですよね?」
 「馬鹿、タロ、大人の事情だ」



 「はいはい、皆さん乗ったわね?出発しますよ〜」
 まだ騒がしい車内に向かって綾辻がそう声を掛けると同時に、バスはゆっくりと走り出した。
九州に着くまでは寝台列車でやって来たが、帰りは福岡から飛行機で戻ることになっている。学生達の学校や、年長者の仕事
の都合から、そんなにゆっくりと時間は取れないらしい。
 「あ!お土産!」
 「あっ、俺も買うの忘れた」
 「お土産は空港で買うことになっちゃうの。1時間くらいは余裕があるはずだから、そこで買ってもらえる?」
 「九州の名産ってなんだろ?」
 旅館で土産を買い忘れたと大声で慌て出した者達も、すぐに空港で買う土産のことを話し合っている。
その光景を見ながら、綾辻はほっと息をついて、通路を挟んで隣に座っていた小田切に苦笑を向けた。
 「お疲れ様」
 「こちらこそ」
 「昨夜はお楽しみ?」
 「さあ、どうでしょうか」
 綾辻の質問に意味深な笑みを浮かべた小田切は、隣に座る宗岡に視線を向ける。しかし、宗岡は赤い顔を今度は青くさせ
て、小田切には何も言わなかった。それがどういう意味なのか・・・・・。
(せっかく温泉に来たからって、変なプレイなんかしないでしょうね)
出来ればそこを突っ込んで聞きたいが、ここには未成年の子供達もいるので、今回の大人の夜の話は、また今度飲みに行った
時に聞けばいいだろう。
(克己は・・・・・ついてこないかもね)



(とりあえず、皆無事に帰れるということで良しとしますか)
 本当は、もう少しゆっくりした旅だったらば、もっと色々楽しい計画が出来たかもしれないが、今回は急な話だったし、時間もな
かったことを考えれば十分といっていい旅だっただろう。
(それに、面白いものも撮れたことだし)
 実は、今朝の彼らの童心に返った枕投げは、宗岡にしっかりとビデオに撮らせた。この貴重な映像は、人数分DVDにやいて贈
るつもりだ。
(きっと、旅のいい思い出になるでしょうね)
 ちなみに、倉橋の酔った姿も、綾辻の視線が逸れた隙に、しっかりと写真に撮ってある。
彼らがそれを受け取った時どんな表情をするのか、小田切はそれこそビデオに撮っておきたいと思ってしまった。





 「面白かったよな〜。またこのメンバーで旅行したい〜」
 「今度は保護者無しにしようぜ。恭祐煩いから」
 「江坂さんが許してくれるなら、俺だって絶対に行きたいよ」
 「ぼ、僕も」
 「お、俺もいいんですか?」
 「俺も、だって、何か秋月さんはグループが違うみたいだけど・・・・・いいのかな」
 「全然問題ないんじゃない?俺達友達なんだから」
 にっこり笑って言った真琴の言葉に、一同は自然にうんうんと頷く。楽しい時間はもう直ぐ終わってしまうが、また新しい楽しみを
考えればこの別れも寂しくは無い。
そう思った一同は顔を見合わせると、自然に指を差し出して絡め、
 「約束」
そう言って、誰からとも無く笑い始めた。




                                                                      end




                                              






終わりです。
なんとか、ここまで・・・・・長かった(苦笑)。