19
老舗の旅館だからか、宴会をしていた広間は広いというほども無い。男ばかりが20人近く寝るのには、やはり窮屈といった感じ
だった。
「・・・・・」
上杉は仲居に無理矢理敷いてもらった布団の上に、そっと太朗の身体を横たえた。浴衣は再び下着が見えてしまうほどに乱
れているが、これを直してやっても・・・・・無駄な気がする。一応、風邪を引かないようにと上掛けも胸元まで掛けたが、多分これ
も蹴られてしまうだろう。
(せっかくの温泉旅行だというのにな・・・・・)
温泉で、艶やかな肌になった恋人を存分に可愛がる・・・・・そんな風に思っていたのは自分だけではないはすだろう。
普段ならば酔った姿も可愛いと思ってはいたが、こんな場合では目を離して酔わせてしまったことに後悔するしかなかった。
「仕方ねえ、飲むか」
「・・・・・」
布団に下ろしてやると、楓はコロンと太朗の身体に抱きつくように寝返りをうつ。その姿が、普段の楓からは想像出来ないほどに
子供っぽくて、伊崎は思わず笑ってしまった。
「仲がいいな」
その楓の隣に真琴を下ろした海藤が、上掛けを掛けながら呟く。
「・・・・・良かったです、楓さんが、西原君と出会って。あの出会いから、彼の世界は驚くほど広がった」
「真琴にそんなことを言ってみろ、恥ずかしがって否定するぞ」
苦笑する海藤の顔は、普段機械だと噂されるほどに表情の無い男からは信じられないほどに優しい。
(俺も・・・・・同じような顔をしているのか・・・・・?)
少しだけ汗ばんでいる友春の額を拭ってやるものが無いかと辺りを見たアレッシオに、江坂は黙って冷えたおしぼりを差し出して
きた。相変わらずの気配りのよさに軽く頷き、アレッシオはそれで友春の額と首筋を拭ってやった。
「申し訳ありません、こんなことになって」
「・・・・・仕方ない、トモが望んだことだ」
一緒にいられる時間が限られている今、1日でも抱く日が少なくなるのはもちろん惜しいと思うものの、そうかといってあんなにも
楽しそうな友春を皆から引き離すことはとても出来なかった。
「・・・・・」
それは、今隣で静の浴衣を直してやっている江坂も同じような思いなのだろう。自分と同じように独占欲の強いこの男も、結局
は恋人の可愛い願いを却下することは出来なかったようだ。
「隣、失礼します」
「・・・・・ああ」
寝かせた日和の隣に小柄な少年の身体を横たえる強面の男は、自分よりもかなり年上だろうが立場をわきまえて低姿勢だ。
「・・・・・ったく」
小さく何か言いながら、その寝乱れた髪をかきあげてやる仕草は、その歳の差から見ても一見親子のように見えなくも無いが、見
るものが見たらそこに深い愛情があることはよく分かった。
「・・・・・」
秋月は日和を見下ろす。他人が見ても、自分もあんな穏やかな眼差しで、この愛しい少年を見ているのだろうか・・・・・。
(本当に・・・・・ここにいる人間以外には見せられない姿だな)
「重いでしょうに」
一番端に、既に寝入ってしまった倉橋を抱きかかえて運ぶ綾辻を見て、小田切は笑いながら声を掛けてきた。
「この男を貸したのに」
「やあねえ。恋人のお姫様抱っこは男の夢でしょ」
確かに自分と倉橋はほとんど同じ身長ながら、身体の厚みは全く違う。こう見えて鍛えている(ジムに通っているわけではないが)
綾辻にとって、倉橋を運ぶことなど造作も無いことだった。
「あ〜あ、温泉エッチが出来ると思ったのに」
「本当に?こんな旅行では、彼があなたとセックスするとは思えませんがね」
「酔っちゃったら関係ないもの」
(何とでも言いくるめられるし)
しかし、こうなっては自分達だけ部屋にこもって・・・・・ということはとても出来ない。
(次に克己が酔うのは何時になっちゃうのかしら)
部屋の三分の二を布団で占領され、残ったスペースで男達は酒を飲み続けた。
ここで恋人が眠っているのだ、自分だけが用意された部屋に戻って休むということは考えられないし、かといって、自分も恋人の横
に身体を横たえて眠る・・・・・と、言う気にもなれない。
後はもう、酔えない酒を飲み続けるしかないと誰からともなく考えたのか、簡単なつまみの他は、様々な種類の酒がずらりと並べ
られていた。
「今回は、紅陣会の若頭である秋月さんとお近づきになれて良かったですよ。弐織組の方にはなかなか面識のある方が少なく
て。これを機会によろしくお願いします」
「なんだ、小田切、引き抜くつもりか?」
「うちには若頭という立場の者がいませんし、それも面白いかもしれませんが、秋月さんぐらいやり手だったら、一つの組を任せる
くらいは・・・・・大東組だったらしますよねえ、江坂理事」
「・・・・・面白い話だが、現実味は薄いな」
もちろん、小田切もそれは分かっている。同じ派閥内の組同士だったらまだしも、全く相反する組織で、優秀な人材を友好的
に引き抜くのはとても難しい。
(このままにしておくのは勿体無いんだが・・・・・)
小田切の耳にも東京紅陣会の噂は耳に届いている。大東組に押しやられている感じの弐織組の中で、唯一気を吐いている
存在といってもいいだろう。
(・・・・・どこかにコナを掛けてみる、か)
面識がないといっても、それは正式に、というだけで、非公式での知り合いは弐織組の上層部にもいる。小田切は少し本気で
考えてみるかと、どうぞと隣にいる江坂に冷酒を注いだ。
小田切の考えは確かに面白いだろうが、世の中が不況の時、ヤクザの組織の中でも優秀な人材は簡単に手放すことなど出
来ないだろう。
江坂にしても、アレッシオを始めとして、海外の組織から相応の待遇で迎えるからと引き抜きの話は絶えずに持ち込まれている状
態だった。江坂は、組自体には何の思い入れもない。もちろん、今まで世話になったとは思うが、それ以上のものはとっくに返した
つもりだし、上昇志向だってある。
そんな江坂が日本に、大東組に残っている理由は、静という存在の為だけだ。彼がまだ学生で、しかも、心を許す友人が大東
組の関係者の恋人としているから、江坂はここに留まっているだけだ。
(自由にさせてもらっているし、ある程度の権限も与えてもらっているが、な)
ここで、満足などしていられない。
「・・・・・怖いな、エサカは」
「ミスター?」
「身の内に入れるのは怖いが、敵にすればもっと怖い」
「・・・・・あなたにそう言われるのは複雑ですね」
イタリアの有数なマフィアの首領であるアレッシオに怖いと言われては、さすがの江坂も笑うしかなかった。
「私みたいなのが怖いと言われれば、他の人間はどうしますか」
「他?」
江坂の視線は、上杉と海藤に向けられている。
「あの者達も、私に負けていませんよ」
見るからに一筋縄でいかない上杉ももちろんだが、一見してヤクザには見えない海藤も、いくら身内の跡を継いだからといってここ
まで組を大きくしてきたのだ、普通の男ではない。
「そんな俺達をこき使ってるのはそっちでしょ」
すかさず切り替えしてきた上杉に、江坂は少しだけ眉間に皺を寄せた。
「も〜、硬い話は止めましょうよ〜」
せっかくの酒の席で、組の話などはつまらない。
そう思った綾辻は、実はずっと気になっていたのだと、向かいにいる強面の男に聞いた。
「ねえ、楢崎さん。楢崎さんはまだあの子に手、出してないの?」
「・・・・・っ」
楢崎は飲み掛けていたビールでむせてしまい、ゴホゴホと荒く息をついている。言葉ではなく、雄弁に態度で分かった答えに、上
杉が呆れたように言った。
「なんだ、お前、まだなのか?とっくに抱いてると思ってたぜ」
「か、会長」
「ねえ、どうしてです?あの子の方は待ってるみたいなのに」
綾辻の言葉に、周りの人間も自然と楢崎に視線を向けてしまう。その、幾つもの視線に晒されてしまった楢崎は珍しく困ったよう
に、それでも言い逃れることは難しいと思ったのか、諦めたように心情を吐露した。
「あの小さな身体に、私のを入れるのが・・・・・怖いんですよ」
「あらっ」
「お前のは、大きそうですものねえ」
弾んだように綾辻が叫び、小田切がしみじみと頷く。
「でも、そんな理由だったら、それこそ上杉会長に聞いたらいいのに。あのタロ君に入れちゃってるんだし。それに、身体の大きさと
あそこの大きさは関係ないと思うわよ?だって、克己、あんなに狭いし。秋月さんとこは?なんだか、セックスって言葉も似合いそう
にないほど子供っぽいけど、もちろんしてるんでしょう?」
倉橋が起きていたら、真っ赤な顔をして激怒するだろう話を平然と話した綾辻が視線を向けると、ここでしていないと言う方がお
かしいと思ったのだろう、秋月はええまあと言葉少なに答えた。
「こっちが経験があれば、特に問題は無いと思う。男と女の差はもちろんあるだろうが・・・・・」
「ははは、そうだよなあ。まあ、最初は多少強引にしたって、じきに自分の形に中が馴染んでくれるんだよ。俺だけの身体って感
じで、小さい身体もなかなかいいぞ?」
ノリのいい上杉はそう言うと、隣に座って黙って酒を飲んでいる海藤の肩を掴んだ。
「お前はどうだったんだ?無欲そうな顔しても、やることやってんだろ?」
「上杉会長・・・・・」
「酒の席だ、言っちまえ」
自分のセックス事情を人に話すことではないと海藤は思っているが、ここで頑強に拒絶するのも場を壊すかもしれない。
それに、そのことを海藤の弱みとして受け取るような人間はここにはいないと分かっているので、海藤もチラッと真琴の寝顔に視線
を向けてから苦笑を零して言った。
「真琴も、男との経験はおろか、女ともしたこともなかったので・・・・・確かに、始めはきついくらい狭かったですが、慣れると今まで
で一番いい身体だと思いましたよ」
「言うねえ」
「愛情があればいいんじゃないですか?始めが無理矢理だった俺が言うのも変ですが・・・・・」
「無理矢理って・・・・・」
「お前もレイプだったのか?」
まさか、この中でも真面目そうに見えるこの男が、あのおっとりとした青年をレイプして手に入れたとは、アレッシオにしても意外な
事実だった。今はどう見ても、2人は深く愛し合っているようにしか見えない。
(レイプから始まっても、愛情に変わることも確かにある・・・・・では、トモも?)
友春も、いずれは自分を愛してくれるようになるのだろうか・・・・・。アレッシオは少しだけ気分が浮上して、目の前の厳つい顔の男
に向かって言った。
「本当に欲しいと思うなら、躊躇わずに手に入れろ。待っていては、向こうが逃げる。自分のペニスの大きさが怖いなら、いっそお
前の方が受け入れてはどうだ?」
「そ、それは・・・・・」
思ってもいなかったのだろう、アレッシオの提案に直ぐに首を振った楢崎は、まるで助けを求めるように伊崎を見つめた。
どう答えようか・・・・・伊崎は考えたが、自分も広い意味で捉えれば無理矢理楓を手に入れたのだ。ただ、楓の方も自分のこと
を想ってくれていたからこそ、その経験は悲惨なものではなくなったが。
「・・・・・向こうが受け入れる覚悟があるなら大丈夫じゃないですか?慣らせば、あそこは結構柔軟だし・・・・・」
「姫さんは大胆そうだしなあ。綺麗な人形が自分の上で踊ってるのは楽しいだろう?」
「・・・・・上杉会長、楓さんは人形なんかじゃないですよ。それに、抱く時は私も夢中になっていますので・・・・・」
「ふ〜ん・・・・・じゃあ、江坂理事んとこの、あの子もそうですか?」
どうして、この自分が静とのセックスを他人に言わなければならないのだと江坂は思ったが、ふと、むしろ自慢してやってもいいか
と思考を切り替えた。ここにいる誰よりも静は綺麗だし、セックスも・・・・・。
「もちろん、静さんのセックス中の姿は堪能している、最近は積極的に奉仕もしてくれるし、なにより、普段の姿とのギャップがい
い。悪いが、ここにいる誰よりも、私のセックスライフが充実していると思うぞ」
あまりにきっぱり言ったので、他の者は何と答えていいのか分からなかったらしい。
ふんっと、新しくワインのグラスを手に取ろうとした江坂だったが、
「セックスの技巧に関しては、私も負けないつもりなんですがねえ」
その時、楽しそうに堂々と宣戦布告してきたのは、江坂も苦手とする小田切だった。
この中で、唯一受けて側である小田切は、1人1人の目を順番に見て、最後に楢崎で視線を止めてにっこりと笑った。
「お前さえ良ければ、私が指南してやってもいいのだけれど」
「あ、い、いや・・・・・」
「皆さんも、セックスに不安や不満があるなら、どうぞここでおっしゃってください。多分、私はどこのカウンセラーよりも的確な答え
を出せると思いますよ?」
なんなら、今からここで講習しましょうかと、隣で半分酔い掛かった宗岡の腕を取った小田切に、誰が止めろと口を挟むのか、皆
視線を忙しく交わした。
(悪酔いしそうだ)
そう思ったのは1人ではなかったが、ただ1人、小田切の忠実な飼い犬だけは、嬉しそうにその身体を抱きしめて、人目もはばか
らずに、小田切の顔中にキスの雨を降らせていた。
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こ、これで、宴会も終了。もう少し、彼らの話を聞いていても楽しかったかもしれませんが(汗)。
次回、最終回、「翌朝」です。