後 編
「!!」
宗岡の心臓はバクバクと激しい鼓動を続ける。
密着した小田切の背中にはその動きも伝わっているはずなのに、愛しい人はいきなり立ち上がった。すっと真っ直ぐな背中から形
の良い尻が面前に現れたが、宗岡は欲情するよりも動揺の方が大きくてなかなか動くことが出来ない。
そのまま小田切はバスルームを出て、濡れた身体にバスローブを羽織ったのが見えた。
「まっ、待って!」
このまま彼を行かせてはならない・・・・・そう思った宗岡は慌てて自分も浴槽から出て、腰にバスタオルを巻いた姿で後を追った。
リビングに向かった小田切は、再びソファに腰を下ろしていた。宗岡は直ぐにその前に回ると、彼の足元に土下座し、ラグに頭を
つけるほど下げて言う。
「ごめんなさい!」
「・・・・・」
「俺っ、裕さんのことが知りたくて、どうしてもあいつに会いたいと思った!苑江君を巻き込んでしまったのは本当に申し訳ないと思
うけどっ、それでも俺の気持ちまでは否定して欲しくない!」
「・・・・・」
「別れないで下さい!」
こんな風に年上の恋人にみっともなく縋る自分を、宗岡は恥ずかしいなどとは思わなかった。どうしても手放したくない人だからど
んな手を使っても繋ぎ止めるのは当たり前で、その一つの方法が土下座だ。
馬鹿だと、情けないと思われてもいい。いっそ、そう思ってくれて、手放せないなと笑って欲しい。
しかし・・・・・。
「哲生、私は従順なだけの犬には興味はないが、飼い主の命令に背く犬を飼い続けたいとは思わない」
「裕さ・・・・・」
「お前の私に対する思いはお前だけの感情だ。そこに私を引きずりこむのは止めてもらおうか」
「・・・・・っ」
小田切の口調は何時もと全く変わらずに冷静だった。馬鹿なことをするなと叱って欲しいのに、今の自分には叱る価値もないと
言われているようで、宗岡は唇を噛み締めたまま俯いてしまう。
思いを訴えても、泣き落としても、この氷のように冷たい心を持つ美しい人には届かない。いや、確かにその身体の中には温かな
感情があるということを自分だけは知っていると思っていたのに、それは自分の思い上がりだということなのだろうか。
「今日で最後だ。たっぷりと可愛がってやろうか?」
そう言った小田切が足を伸ばし、宗岡の下半身を刺激してきた。
だが、その刺激よりも、宗岡は白くほっそりとした足を見ているうちに感情が高まり、無意識のうちに抱きしめてしまう。
「愛してる!」
「・・・・・」
「愛してるんだよ!」
それ以上、どう気持ちを表せばいいのか。
宗岡は抱きしめた足に何度もキスをしながら、何度も何度も愛しているという言葉を告げた。
(可哀想に・・・・・)
自分のような年上の男にこんなにも必死になっている宗岡が憐れで、愚かで、可愛い。
多分、口で伝えてきている以上に宗岡は反省し、小田切の許しを得ようとしているのだろうが、こんな土下座一つで許しては今
後の躾に係わるだろう。
本当は・・・・・手放してやった方がいいのだろうということは分かる。
普通の恋愛をし、結婚をして・・・・・だが、そこまで考えた時、小田切は少し惜しいと思ってしまった。せっかく自分好みに育てて
いる男を、女などにポンと与えてやるのは勿体無いのではないか。
何より、この男は身も心も自分に溺れている。小田切の為ならば、どんなことでもしてしまいそうなほどに・・・・・。
「・・・・・っ、裕さんっ」
小田切がしがみ付かれた足で宗岡の胸を後ろに押し、その勢いで宗岡は床に仰向けに倒れてしまった。
「ふふ」
自分よりも一回りも大きな身体。分厚い胸板に、強靭な足腰。男らしく、さわやかな容貌のこの男を組み敷くことに、小田切は
ゾクゾクとした快感で背中が震えた。
何をしているのかと問う間もなく、宗岡はいきなり小田切に押し倒され、彼の着ているバスローブの紐で両手を縛られて頭上に
拘束された。
「裕さんっ」
肌蹴てしまった小田切のバスローブ。白い肌に、淡い色の乳首。そして綺麗なペニスは勃ち上がっている。
「ゆ・・・・・」
彼は艶やかな笑みを浮かべながら、赤い唇を舌で舐めた。何をしようとしているのか、自分の腰の上に跨ったその状況で想像出
来ないはずがない。
「う・・・・・っ」
バスタオルを外されると、こんな状況だというのに自分のペニスは浅ましく勃ち上がり、その先端が濡れているのが分かった。
身体はもう小田切を欲しているのだ。
「入れたいか?」
唆すような、優しい響きに、呆然としながらも頷く。
小田切は綺麗な笑みを浮かべたまま腰を下ろし・・・・・しかし、彼の狭く熱い蕾にペニスを受け入れるわけではなく、ペニス同士を
ゆっくりと擦り合わせ始めた。
「ゆ、裕さっ、俺っ!」
「私のここに入れたいだろう?私の熱い身体の中に、この大きなペニスを入れて、滅茶苦茶に突いて、かき回して・・・・・吐き出し
たいだろう?」
「・・・・・っつ」
「だがな、これはお前への罰だ。私の言葉を無視したお前に、私の身体を味わう権利はない。だが、一緒に暮らしてきた情もある
からな、こうして最後にお前を感じさせてやろう」
「うくっ」
小田切が自分のペニスを口で愛撫している。
大きな方だと自負している自分のペニスを喉もとまで入れ、唇や舌を使った濃厚な愛撫だ。
こんなことで話し合いを誤魔化されたくないのに、身体がどんどん高まってしまい、宗岡は額に汗を滲ませ、自分からも腰を動かし
てしまう。
綺麗な小田切の口を自分の赤黒いペニスが犯す様は倒錯的で、どんどん射精感は高まって・・・・・だが、
「うわっ!」
もうイッてしまうという所まで来た時、小田切はチュプンと口から宗岡のペニスを出し、そのまま根元を片手でぎゅっと握り締めた。
寸前で止められてしまった射精に、宗岡は腰を震わせながら自分に乗り上げている小田切の顔をじっと見上げる。今、自分はど
んなに情けない顔をしているのか・・・・・隠したくても、拘束されている腕ではそれも出来なかった。
「これで終わりだ、哲生」
「裕さん!」
「ただし、数年間一緒に暮らしてきたお前には、少し猶予をやろう・・・・・そうだな、私の誕生日までに、私が一番喜ぶプレゼント
をくれたら、お前を許して・・・・・このペニスも受け入れてやるぞ」
チュッと、先端部分に口付けされた。その僅かな刺激でも射精しそうだったが、握られたペニスはそれが出来なかった。
小田切はしばらくじっと自分を見つめてきたが、そのまま立ち上がってソファに投げ出してあったスーツの上着から携帯を取り出す。
「・・・・・私だ。車を寄越せ」
「・・・・・」
きっと・・・・・このまま小田切はこのマンションから出て行ってしまうのだろう。
下半身を曝け出した情けない格好でラグの上に仰向けになったまま、宗岡は絶望的な思いを抱いて目を閉じてしまった。
宗岡は警察の独身寮にいた。
想像通り、あの夜、迎えの人間とマンションを出て行った小田切はそのまま戻ってこなかった。
宗岡もずっとマンションで彼を待っていたわけではなかったが、戻ってきても人の気配のない部屋の中を見渡し、何度も深い溜め
息をついたものだ。
電話も、メールも通じない。一度、覚悟を決めて彼の組、羽生会の事務所にまで電話をしたが、あっさりと切られてしまった。
それが10日ほど続き、宗岡は自分も動かなければならないと思った。
ここは小田切のマンションで、彼のテリトリーだ。本来、出て行かなければならなかったのは自分の方で、正式な持ち主の小田切
が姿を消すことなどない。
幸運にも独身寮に空きがあり、自分の荷物をそこに移すと、宗岡はマンションの管理人に伝言を残した。
『ここは裕さんの家です』
彼がこの伝言を聞いてくれるのかどうか分からないが、自分1人でここに住み続けるというのは違う気がしたし、そんなことをしても
小田切は帰ってこないということが分かるからだ。
(俺が、ちゃんと考えないと・・・・・)
きっと、これは小田切の優しさだ。
本当ならあの場限りで切り捨てるだろうに、その後数ヶ月の猶予を自分に与えてくれた。同居した情だといっていたが、その小田切
の胸の中に自分への想いがあることを期待してはいけないだろうか?
「私の誕生日までに、私が一番喜ぶプレゼントをくれたら、お前を許して・・・・・このペニスも受け入れてやるぞ」
(裕さんが喜ぶものって・・・・・なんだろう)
地位も金も、美貌さえあるあの愛しい人に、まだ欲しいと思うものがあるのだろうか?
会いに行くことが出来る距離。それでも、怖くて会いに行けない。
宗岡は毎日毎日、同じことを頭の中で繰り返しながら、小田切の顔も見れず、声さえも聞けなくなった灰色の毎日を過ごしてい
た。
「楽しそうだな」
「そうですか?」
「お前がそんな様子だと、何だか天変地異がありそうで怖い」
失礼なことを堂々と言う上司、羽生会会長の上杉滋郎(うえすぎ じろう)の言葉にも、小田切は頬に浮かぶ笑みを消すこと
はなかった。
あれから数ヶ月経ち、誕生日も来月に迫っている。宗岡は毎日毎日自分のことを考えて焦がれ死んでいるかと思ったが、意
外にタフな年下の愛人はきちんと仕事には行っているらしい。
マンションも出て行ったということは予想していたが、少しだけ寂しいと思った気持ちは多分気のせいだ。
「な〜に、企んでるんだ?」
「人聞きの悪い。苛められたと、太朗君に泣きつきますよ」
「馬鹿、苛められてるのは俺の方だろ」
「明日は合格発表を見に行くんでしょう?ヤクザなスーツは止めておいた方が賢明です」
「分かってる」
上杉の歳若い恋人は今年大学受験で、いよいよ明日が合格発表の日だ。
大学のコンピューターに侵入すれば合否など数日前に分かるのだが、上杉はこのドキドキ感がたまらないんだと言って笑っていた。
太朗が合格するだろうということを小田切も信じているし、彼が不正など望まないことも承知しているので自分は動かなかったも
のの、どうせならば合格祝いと誕生日祝いを込めて選んだマンションを良い気分のまま受け取って欲しい。
「お前も、もう直ぐだな」
「・・・・・ええ」
上杉には、自分と宗岡の別離を報告している。誕生日に、最終的に判断するということも。
「・・・・・今がお前から逃げる絶好のチャンスなんだがなあ」
「・・・・・」
思わず呟いたのだろうが、小田切も同じことを思っていた。このまま宗岡が連絡してこなければ、自分はあの男を手放してやれる。
ただ、一方では、宗岡が自分の側を離れられないだろうということも分かっていて・・・・・それが少し嬉しいと思う自分は、既に絆さ
れているのかもしれないと苦笑を零した。
4月1日。
似合い過ぎて困ると誰からも言われる自分の誕生日。
朝から数え切れないほどの電話を受けたし、カードも貰った。プレゼントは要らないと言っていたので、可愛い飼い犬達はそれぞれ
の言葉で小田切に忠誠を誓い、愛を囁いた。
その全てを嬉しく思うし、今度ゆっくりと可愛がってやろうと思ったが、一方でたった1人、プレゼントを要求した男がどう出るのか、
電話を掛けてこないことを祈りながらも、一方では必ず連絡があると思い・・・・・。
夕方、小田切はそれまで着信拒否をしていた番号に出た。
『俺達のマンションに来て』
まだそんなことを言う男に、静かに肯定の返事を返す。
あの男はどんなプレゼントを自分にくれるのだろう。喜ぶものか、それとも失望させるものか。金額だけで自分の心が動くわけがない
ということは知っているはずだ。
小田切は笑みを湛えたまま、自ら車の運転席へと乗り込んだ。
数ヶ月ぶりにやってきたマンションの地下駐車場。
小田切は何時ものスペースに見慣れたバイクが停まっているのに気付くと、そのまま車を止め、ゆっくりと外に出た。
「・・・・・久し振りだな」
「・・・・・うん」
向かい合った宗岡は、少しだけ面差しが変わっていた。頬が鋭角になり、眼差しが鋭くなって・・・・・以前よりも、自分を見つめ
る瞳に熱がこもっている。
(時間をおくだけ高まってしまったのか・・・・・)
どうやらこの数ヶ月間は、宗岡の恋心を消すどころか余計に燃え上がらせてしまったようだ。
「誕生日、おめでとう、裕さん」
「ありがとう」
「・・・・・」
「・・・・・」
「プレゼント、用意した」
宗岡は緊張したようにゆっくりと話している。しかし、珍しく長めのコートを着ている他は、その手に荷物のようなものは無い。
小田切は黙ってその顔を見つめた。
「・・・・・喜んでもらえるか、分からないけど」
コートを脱いだ宗岡の上半身は裸で、その首には大型犬がつけるような首輪がつけられていた。
そして、ゆっくりと小田切の側にやってくると、その足元に躊躇い無く跪き、小田切の手をペロッと舌で舐める。まるで、本当の大型
犬のようなその様子に、小田切の目が細められた。
「本当の犬になるというのか?」
「・・・・・わん」
「・・・・・哲生、私は今日1人でここに来た。もしかしたら、逆上したお前に刺されるかもしれないとも思ったが、お前には刺されて
もいいかと思ったんだ」
「裕さ・・・・・」
小田切は宗岡の頬にそっと手を触れて顔を上げさせると、鼻を軽く噛み、舌で舐める。自分を見上げてくる目には、自分だけし
か映っていない。
「・・・・・おとなしく言うことを聞いた子には、ご褒美をやらないとな。哲生、何が欲しい?」
「・・・・・っ、ゆ、裕さん!」
「ふふ、過分な望みだが叶えてやるか。私はお前の飼い主だからな」
そう言った瞬間宗岡は立ち上がると小田切を抱き上げる。そして、本当の犬のように自分の首筋に顔を伏せ、その香りを嗅いで
いるようだった。
「裕さんっ、裕さん・・・・・っ」
「ほら、早く運んでくれ」
「わんっ」
(可愛い・・・・・そして、可哀想な私の犬)
陽の光が似合う宗岡を手放す機会は、もう・・・・・ない。
このまま自分という存在に堕ち、溺れて、狂うかもしれないが、それ以上の快楽を与えてやればいいだろう。
「可愛いな、私の犬は」
頬を撫で、顎にキスをする。
この後、数ヶ月ぶりのセックスがどれ程淫らで享楽に満ちたものになるのか、小田切は想像して笑い、強く自分を抱きしめる宗岡
の首に自分もしっかりと腕を伸ばして、濃厚なキスをねだった。
end
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小田切&哲生。
本編後と、誕生日話も含んでいます。
せっかくの逃げ出せる機会を逃してしまった哲生。もう駄目ですね〜、終わりました(笑)。
この後たっぷりとご褒美を貰った哲生は、今後も尾を大きく振ってついて回るでしょう。