ふわふわの気持ち
末っ子の気持ち
中学3年生の石川 朋(いしかわ とも)には二人の兄がいる。
一番上の兄は大学2年生。父親に良く似た男らしい容貌で、リーダーシップも強く、常に女の子達に囲まれてい
る人気者だ。
二番目の兄は高校3年生。母親に良く似た美貌の持ち主で、信奉者が後を絶たないのだが、遊び人の長男を
見てきたせいか人嫌いで、常に整った眉を顰めている。
末っ子の朋は兄弟にあまり似ていない。どことなく面影が母親に似ているかなと思うこともあるが、華やかな美人と
は到底いえるはずもない。
しかし、地味で取り柄もない朋を、家族は深く愛してくれている。
特に上二人は競って朋を可愛がり、誰よりも一番に考えてくれる。
幼い頃、家族の誰とも似ていないと苛められた時、真っ先に駆けつけて文句を言ってくれたのは兄達だった。
大人達を前に一歩も引かず正論を展開し、その後に来てくれた両親も全面的に息子達の言い分を信じてくれ
た。
それだけ兄二人の信頼が厚かったせいなのだろうが、朋は家族の愛情を一部の隙もなく信じることが出来、それ
以降も信じ続けている。
成長した兄二人とも更にカッコよく、綺麗になって、今でも変わらず朋の自慢だった。
しかし、このまま続くと思っていた心地よい三人の関係が、最近少しずつ変わったように感じてきた。
二人とも変わらず優しいのだが、視線が・・・・・違うのだ。
穏やかだった視線に、別の熱を感じるようになった。大胆な上の兄瑛はあからさまに、思慮深い下の兄和希は隠
すように、それでも二人の視線の熱は同じ種類のように思えて、朋は戸惑った思いを抱いた。
今までなら何気なく触れていた手が、少し名残惜しそうに肌を撫でる。それが不快ではなく、むしろドキドキして
しまう自分にうろたえ、朋は兄弟として以上に意識してしまっている自分が怖かった。
ふわふわと不安定に揺れる自分の気持ちがなぜなのか、朋はどうしたらいいのか分からない。
何時もなら何かあった時に直ぐ相談するのは兄達で、兄達の方から訊ねることも多かったが、相談の原因である
二人に言えるはずもない。
今回に限って兄達の方から訊ねてもくれず、大人しく、友人の少ない朋はさんざん迷った末、結局は二人の兄に
聞くことにした。
朋の事ならば些細な変化にも敏感に気付く二人の兄は、最近の朋の様子に当然の事ながら気付いていた。
その理由が、おそらく自分達の思いからだとも分かっていたが、今更隠すことも出来ないし、むしろ兄としてではなく
男として意識して欲しかったので、二人とも黙って見ていたのだ。
「アキちゃん、カズ君、あの・・・・・話があるんだけど・・・・・いい?」
思い切って朋が言った時、一瞬二人は息を止めた様な気がした。
しかし、直ぐに笑って頷いてくれたので、朋は自分の部屋に二人を呼んだ。
瑛はベットに、和希はイスに座って、二人とも朋が話し始めるのを待っている。
しばらく入口のドアに背を預けたまま迷っていた朋は、随分時間をとった後、小さな声で言った。
「僕・・・・・ドキドキするんだ」
回りくどい言い方を知らない朋は、ストレートに言った。
「二人に触られたり、見られたりするとドキドキする。兄弟だし、男同士だし、そんなことを思うなんて、僕・・・・・
変だよね?」
「朋・・・・・」
「こんなこと言って、僕のこと嫌いになっても仕方ないけど・・・・・」
「好きだ!」
突然そう言うと、瑛はギュッと朋を抱きしめた。
「朋の口から言わせてごめんな!俺の方こそ臆病で、こんなこと言って嫌われるのが怖くて・・・・朋、俺は兄弟と
してではなく、お前が好きだ。抱きたいと思ってる」
「ア、アキちゃん」
「兄さん、朋を好きなのはあんただけじゃない」
「カズ君・・・・・?」
耳元で瑛の舌打ちの音がしたが、朋はゆっくりと迫ってくる綺麗な和希の顔に見とれてしまった。
「俺だって朋が好きだ。さんざん遊びまわったあんたとは違って、俺は朋一筋だからね。朋、兄さんより俺の方が好
きだろう?」
「和希!」
思わぬところで悪行がばらされた瑛だったが、直ぐに朋の耳元で囁いた。
「和希みたいなノーテクより、俺の方が絶対気持ちよくする。朋、俺を選べよ」
「兄さん!」
二人の兄は不毛な言い合いを始めたが、朋の頭の中はパニックになっていた。
(アキちゃんとカズ君が、僕を・・・・・好き?)
二人に愛されているのは分かっていたが、それはあくまでも自分が弟だからと思っていた。肉親であればどんな出来
損ないでも愛情を向けられるものなんだと思っていた。
それが、まるで恋愛対象で好きだと言われているみたいで・・・・・。
「!!」
突然、朋は瑛を突き飛ばした。
いきなりな朋の行動に驚いた二人だったが、首筋まで真っ赤になった朋の様子に、嫌われたわけではないと悟った。
二人は素早く視線を交わし、今度は左右から朋を挟みこむように抱きしめた。
「朋、俺達が嫌いか?」
「・・・・・き、嫌いじゃない」
「じゃあ、考えてみて。俺と、兄さん、どちらかでも朋の恋愛対象になれないか」
「カズ君・・・・・」
「今まで待ったんだ。もう少し待てるよね、兄さん」
「・・・・・まあな」
「ね、朋、考えて」
待つと言いながら、二人の腕の力は緩まない。
こめかみに、頬にと、交互に触れる二人の唇の感触が心地よく、朋はゆっくりと目を閉じる。
(気持ちいい・・・・・)
ふわふわだと思った。
嬉しくて、気持ちよくて、ドキドキして、自分の気持ちがゆっくりと膨らんでくるのが分かる。
どちらかを選ぶなんて出来ないが、気持ちの切り替えはそう時間は掛からないようだ。
「待っててね、少しだけ・・・・・」
小さく呟く朋に、抱擁がまた強くなった。
end
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