「・・・・・ったり〜」
うんざりと青い空を見て呟く広海に対して、バスの中からずっと元気だった新田が、遠慮なくバシバシと広海の背中を
叩きながら笑った。
「茅野ってばジジくさいぜ!ほら、若者は歩く歩く!」
「・・・・・無駄に元気だな」
「何だよ、無駄にって!」
そう言いながらも新田はずっと上機嫌だ。
蓮見高校の一年生には、4月の終りに二泊三日の宿泊訓練という行事があった。
長野県の山中にある保養施設を利用して、クラスの親睦を深めようという学校の狙いからだった。
何時もならそんな田舎にと、特に女子生徒からの不服が多いのだが、今年はむしろ歓迎だという声が上がっていた。
それは・・・・・。
「小林君、このお菓子食べて!」
「あ、ありがと」
「私も、クッキー作ってきたの!良かったら受け取って!」
「ほんと?美味しそうだね」
1人ハーレムの状態になっている小林と・・・・・。
「薫ちゃん!おにぎり食べない?」
「食べる食べる!」
「薫ちゃん、サンドイッチの方がいいよね〜」
「サンキュー!!」
まるでペット扱いされている新田。
この2人の存在が、今年の宿泊訓練の様子を様変わりさせたと言ってもいいくらいだ。
しかし、広海にとっては直ぐ近くで騒がれる甲高い声には辟易していて、椎名が宥めなければバスの中でキレていたと
ころだった。
「全く、女相手にデレデレしやがって」
「何?茅野、妬いてる?」
面白そうに聞いてくる椎名に、広海はふてくされたように口を尖らせた。
「違うって!ただ煩いのは嫌いなんだよっ」
「そうだろうねえ。茅野、硬派っぽいし」
「・・・・・」
「ま、施設の中に入れば男女別だし、少しは静かになるはずだよ。差し入れ分けてもらおう」
「椎名、お前・・・・・」
思った以上に豪胆な椎名に、広海はただ呆れるしかなかった。
椎名の言う通り、いったん広いグランドのようなところで一通りの注意事項があった後は、男女別れて建物に入った。
一クラス30人ほどが5人づつグループ行動を取ることになっているのだが・・・・・。
「あ?立川は?」
広海は当然といった形で、小林、椎名、新田の3人と組み、そこになぜか半泣きのクラスメートの立川との5人グルー
プのはずだったが、今この場に立川はいない。
「あいつ、どこ行ったんだ?」
広海の呟きに、新田が、今気付いたかのように言った。
「あ、あいつ、別の部屋に潜り込ませてもらうって!」
「ああ?」
「なんか、俺達と同じ部屋じゃ落ち着かないって言ってた」
「なんだ、それ?俺らに問題があるっていうのか?」
「俺らっていうより、茅野が恐いんじゃない?」
広海との付き合いが一番長い小林が事も無げに言うと、、広海はその猫のようにくっきりとつり上がったアーモンド・アイ
に剣呑な光を浮かべた。
「・・・・・なんで俺なんだよ」
「茅野、この間一発かましただろ?それでビビッちゃったんだよ。まあ、この4人の方がしっくりくるし、嫌だと言ってる奴を
無理に引っ張ってくることもないと思うよ」
「賛成。茅野は全然気にすることはないよ。協調性のない奴を構うことない」
小林の言葉に乗るように言った椎名のエグイ言葉に、広海の頭に上りかけた血は一気に下がった。
確かに理由はどうであれ、せっかく一緒のグループになったのを自分から抜けたのだ。残った自分が気にする方が馬鹿ら
しい。
広海はチラッと椎名を見る。
にこやかな笑みを湛えている姿はまるで昼寝をしている猫のようなおっとりとした見掛けだが、その言葉は時折鋭く真意
を突いている。
(こいつ、案外クセモノ?)
広海に言われたくはないかもしれないが、一番普通っぽいと思っていた椎名の意外な姿は、広海の認識を大いに変え
た。
「・・・・・そうだな、4人の方が気楽か」
「茅野、菓子食べる?」
今までの会話をまるっきり無視したように、新田が大きなビニール袋の中から様々な菓子を取り出していく。
「これ全部貰ったのか?」
「くれるってモンはありがたく頂く主義なんだ」
「・・・・・」
(どういう主義だよ・・・・・)
こちらもアイドルばりの見掛けによらず大食漢の新田は、既に何個目かのドーナツを頬張っている。
「もう直ぐ夕メシだぞ?」
「あ、大丈夫。主食と間食は別腹だから」
「・・・・・」
「いる?」
「いや・・・・・、いい」
「そっか?」
新田も椎名も、初対面での印象を次々と塗り替えていく。
それがどんどん面白く、意外な方向に向かっているので、広海もグイグイ引き込まれるように2人に近付いていってしまう。
(・・・・・退屈しなくていいけどな)
それが案外心地いい。
「それにしても二泊三日で何するんだろ?」
「山登りとか、レクリエーションとか?」
「かったるいよなあ」
「茅野は身体動かなさ過ぎ!たまにはいいじゃない、思いっきり羽伸ばすのも」
「教師の監視付きでか?」
「それもまた一興」
にっこり笑って言う小林も只者ではなかったと改めて思い出した広海は、この短い交流の時間をどう過ごそうかと思いな
がら、新田の差し出したドーナツにガブリと齧り付いた。
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