夕食も済み、クラスごとの風呂の時間が済むと、後は就寝時間まで自由時間だ。
テレビはあるがそれは大広間とロビーだけで、大多数の生徒達はそれぞれの部屋で話したり遊んだりするようだった。
 「俺、トランプ持ってきたから」
小林の言葉に、人数ちょうどでいいと部屋に戻ろうとしていた4人は、丁度通り掛かったロビーで小林が女生徒に捕まっ
てしまった。
 「ね、ね、小林君、私達の部屋に来ない?」
 「お菓子もいっぱいあるわよ!」
たちまち数人に囲まれ、小林は困ったように3人を振り返るが、そう簡単に手助けをしてくれるはずは無かった。
 「ごめん、嬉しいけど、男は女子の部屋に行くのを禁じられてるよね?」
 「そんなの、黙ってたら分かんないよっ」
 「ね、来て来て!」
 「ねえ、小林君!」
 始めは大変だなと客観的に眺めていた広海だったが、次第に女生徒達の強引ともいえる勝手な言い分にモヤモヤと
したものが生まれてきた。
彼女達の言い分からすれば、もし見つかったとしても怒られるのは男の小林の方で、それも自分達が抗議して絶対に
文句は言わせないという、何とも理屈が通らないものだ。
(・・・・・なにチンタラ笑ってんだ?)
 本人はそのつもりは無いのだろうが、小林の顔には苦笑じみた笑みが浮かんでいるだけだ。
そうこうしている内に、他の部屋の女生徒達も自分の所にと誘う為に集まりだした。
 「小林君、何もしないから来てよ〜。でも、小林君にならされてもいいかもっ」
 「何言ってんのよ〜!」
 「薫ちゃん!お菓子食べに来ないっ?」
 新田にも声を掛ける者が現われた時、広海は思わず口を開いていた。
 「おい、小林は断ってるだろうが」
 「な、なによ、茅野」
広海達とは違うクラスの女生徒達は、今一つ広海の性格を掴みきっていないのか、少し腰は引き気味だが口は止まる
ことはなかった。
(小林は「小林君」で、俺は「茅野」なわけか)
はっきりとした境界線を示されてムッとするが、それでも広海は極力声を抑えて言う。
 「嫌がる奴を強引に誘うなよ」
 「嫌がってないわよ!ね、小林君」
 「俺は・・・・・」
 「茅野の方こそ、誰も誘わないからって小林君を縛るの止めてよ!小林君、何時も茅野の世話焼いて大変でしょ!」
 「そーよ!たまには解放してやりなさいよ!」
 「茅野ウザイ!」
 普段、女に対しては呆れることはあってもキレることは滅多にないが、今回ばかりは広海も勝手な言い分には頭にきた。
 「・・・・・」
広海の纏う空気が変わったのを感じ取ったのか、口々に叫んでいた女生徒達が口をつぐむ。
一番最初に広海に文句を言った女生徒などは、くっきりとつり上がった広海の鋭い目で睨まれて、一瞬の内に顔が真っ
青になっていた。
 「お前らなア、嫌がる相手を無理矢理引っ張っていこうっていうのか?」
 「だ、だって・・・・・」
 「何もしないからついて来いなんて、お前らスケベジジイが女を連れ込む言い草と一緒だな」
 「なっ!」
 「いいか、悪いが俺はこいつと付き合い長いんだよ。ヘタな女に食われるのを黙って見てられないぐらいにはな」
 「・・・・・」
 「顔も身体も平均なくせに、頭の中だけ幼稚園な女は、男を連れ込むには10年早い」
 きっぱり、グッサリ、容赦ない広海の言葉。
静まり返ってしまったロビーに、広海の声だけが響く。
 「小林、どうすんだ?女のとこ行くか?」
 「この状態でそんな事言う?」
小林は呆れたようだったが、広海の言葉を翻すことは無い。
自分が言ったとしたらもっと柔らかい表現だったとは思うが、言いたい事は全く同じだった。
(ほんと、参ったなあ。せっかく、茅野と1日中一緒にいられる貴重な時間なのに、余計なことで時間食ったら勿体無い
でしょ)
 「新田は?」
 「もちろん、部屋に戻るって」
 「そういうことだから」
 後は後ろを振り向かないまま、広海は先頭をきってズンズンと歩き始める。
ロビーを出ると、背中から女生徒達の泣き喚く声が聞こえてきた。
 「茅野、ちょっと言い過ぎじゃない?」
 「何だよ、小林。俺が口出さない方が良かったのか?」
 「そうは言わないけど、嫌われるよ?」
 「別に、構わないぜ」
 「茅野、おっとこ前〜!」
 新田は笑いながら言ったが、内心マシンガンのように繰り出された広海の毒舌に感心していた。
言われた方には耳の痛い厳しい言葉でも、内容を考えれば広海の言っていることの方が正当なのだ。
(やっぱ、茅野ってただもんじゃないよなあ〜)
 「でも、気持ち良かったな。俺だって同じ気分だったから」
 にっこりと微笑んだのは椎名だ。
 「公共の場であんなに騒ぐなんて迷惑だよ」
 「し、椎名・・・・・結構言うなあ」
 「小林だって同感だったくせに。あんまり女の子達の言いなりになってると、そのうち茅野に愛想尽かされちゃうよ」
 「怖いこと言うなよ」
 「気を付けた方がいいよ」
(でも、茅野って・・・・・やっぱり面白いよ)
絶対に仲間になりたいと思った自分の直感は間違いではなかったと、椎名は楽しそうに笑っている。
 「何だよ、俺だけ貧乏くじ引いたみたいじゃないか〜」
 「お前が優柔不断なのが悪い」
ばっさりと広海に切り捨てられ、小林は大きな身体を縮めるしかなかった。



 その日、1年生の間にはまるで電気のように一瞬の内にある注意事項が知れ渡った。

     『茅野広海には要注意!』

それは、やがて蓮見高校全体に知れ渡っていくことになる。