なんだか、女子生徒の視線が痛いような気がする・・・・・。
普段は全く人の目というものを気にしない広海だったが(広海が気にする前に周りの方がアクションしてくるので一々気に
していられない)、さすがにチロリと周りに視線を向けた。

 ザッ

まるでそんな音が聞こえたかのように、集まっていたはずの視線は見事に散った。
 「・・・・・」
(なんか、気分悪いんだけど・・・・・)
 「結構楽しかったよな!空気もおいしーから食べもんもうまいし!!」
 そんな広海の隣では、紙皿2つに山盛りの肉と野菜を載せた新田が、満面の笑みを浮かべて箸を動かしている。
その動きはバーベキューが始まってから20分経った今まで一度も止まってはいなかった。
 「結構、色んなことも話せたしね」
椎名も穏やかに笑いながら、綺麗な箸使いで食事を進めている。
 「俺は散々だよ。何でか、睨まれることが多くってさ」
愚痴を零す小林は、たった1時間ほど前に自分が学年一の美少女を振ったことを覚えていないのだろうか?
 しかし、それを改めて言うのもおかしいかと、広海も黙々と箸を口に運ぶ。
とにかくここはさっさと食事を終わらせて、部屋に戻って寝るのが一番だと思っていた。



 「なあ、茅野」

 不意に、広海の面前に影が落ちた。
(なんだあ〜)
掛けてくる声の調子であまりいい感じはしなかったが、黙っていてもなかなか立ち去らない様子のその影に広海は渋々顔
を上げた。
 「お前、茅野広海って言うんだよな?」
 「・・・・・誰、お前」
 多分、クラスメイトではないはずだ。
見知らぬ男子生徒に、広海は隣の新田を振り返った。
 「誰、こいつ」
 「さあ?」
箸を咥えたまま、新田も首を傾げると、その男子生徒はカッと頬を赤くして拳を握り締める。
どうやら自分の名前を知られていないのを怒っているようだが、知らないものを知っているという方がおかしいだろう。
(目付き悪いな、こいつ)
 人の事を言えない広海がじっと男子生徒を睨み上げた時、椎名が多分と前置きをしながら口を開いた。
 「隣のクラスの中島、だよね?」
 「ああ」
 「ふ〜ん」
名前が分かったからといって特に感慨が無い広海は、まるでその存在が見えなくなったかのように再び食事を進める。
すると、その広海の腕を男子生徒・・・・・中島がいきなり掴んだ。
 「・・・・・なんだ?」
 「ほっせえな」
 「・・・・・」
 「みんなお前を怖がってるけどさ、それって噂に尾ひれが付いてるってパターンだろ?こんなほっせえチビのどこが怖いのか
分からないんだよなあ」
 「・・・・・チビ、だと?」
 「俺より背だって低いだろ」
 「・・・・・」
(見掛けだけで判断してるってのか?)
広海は、他人の外見は気にしない。
美醜が分からないわけではないが、その人物の評価は内面で判断しているつもりだ。
この中島のように、自分よりも身長が低いとか痩せているとか、それがいったい何の自慢になるのかがさっぱり分からなかっ
た。
 「茅野」
 中学時代から広海の性格を知っている小林が名前を呼んだ。
気にするなと目線で言われているのが分かり、広海も相手にするつもりが無かったので頷いた。
しかし。

 「おまけに、名前がヒロミかよ。ヒロミちゃ〜んって呼ぼうか?」

 禁句だった。



 「か、茅野!」
 小林が止める前に、広海は持っていた紙皿と割り箸を放り投げ、自分よりも少し目線が高い中島のジャージの襟元
を掴み上げた。
 「・・・・・!」
広海の突然の行動に、中島の顔が見る間に青褪めた。
周りもシンと静まり返っている。
まさか教師や生徒達がいる中で、広海がこんな態度を取るとは思わなかったのだろう。
広海からすれば、それが甘いのだ。
 「お前、いったい幾つだ?」
 「な、何だよっ」
 「まさか高校生にもなって、人の見掛けや親がつけた名前を茶化すなんてしないよな?」
 「お、俺は・・・・・」
 「悪いがな、俺は広海って名前を好きじゃないが、お前みたいな奴に馴れ馴れしくチャン呼ばわりされるほど安っぽいと
も思っちゃいねえんだよ!」
 「は、離せっ!」
 「今度俺の事をチャン呼ばわりするのを聞いたら、お前の身体にしっかりと教えてやるよ、俺の呼び方をなっ!」
そう言うと、広海は中島の襟首を乱暴に振り放す。
その拍子に、中島は尻餅をついて、呆然と広海を見上げていた。



 「そこ!何やってるんだ!」
 ようやくその騒ぎに気付いた教師が駆け寄ってきたが、当の広海は再び食事を再開したし、中島は唇が震えてしゃべ
ることも出来ないようだ。
 「泣くんじゃない?」
 欠片も同情をしないように椎名が言えば、
 「あいつ、ちびってたりして」
と、新田が頬に肉を頬張ったまま言う。
 「茅野の一番嫌なことをピンポイントでついたもんなあ」
そして、過去同じ様な光景を数限りなく見て来た小林は苦く笑うだけだった。



 この一件で、広海の爆裂な性格と、心臓にズキンと突き刺さる毒舌ぶりは、この学年に広く知れ渡ることになる。
もちろん、それ以降広海を『チャン』呼ばわりする人間は1人もいなかった。





 こうして、広海達蓮見高の宿泊訓練は何とか終了した。
色々な中学からやってきた者同志の親睦をはかるという目的が主だったが、一同はそれよりももっと重要なことをそれぞ
れの胸の中に刻み付けたようだ。

 『只者ではない茅野広海』

 一番人気の王子様も、目に楽しいアイドルも、穏やかな微笑の優等生も。
彼らに近付くにはまず、あの茅野広海の壁を乗り越えなければならないということ。



その事実を思い知った広海と同じクラスの生徒達は、早く来年のクラス替えが来ないかと祈る日々が続くと思ったが、思
いがけない刺激的な日々を過ごすことが楽しいということも、やがて知ることになるのを・・・・・誰もまだ知らなかった。




                                                                終わり