レクリエーションが終われば、後はありがちなキャンプファイヤーとバーベキュー。
「いったい、何の為の宿泊訓練なんだよ」
「しょうがないじゃん、茅野」
「・・・・・ったり〜」
呆れたようにぼやきながらうんざりと青い空を見上げる広海に対して、バスの中からずっと元気だった新田が、遠慮なくバ
シバシと広海の背中を叩きながら笑った。
「茅野ってばジジくさいぜ!ほら、早く野菜を切った切った!」
「・・・・・無駄に元気だな」
「何だよ、無駄にって!」
そう言いながらも新田はずっと上機嫌だ。
それもそのはずで、今夜のバーベキューは食べ放題。誰に遠慮をすることもない。
材料は既に用意されてはいるが準備は生徒達が行うようになっており、野菜係りになってしまった広海の班は、さきほど
からずっとタマネギやキャベツを切り続けていた。
「大体、中途半端に放任主義なんだよな。生徒の自主性に任せるっていうなら、買い物からさせろってんだよ。牛より
豚や鳥の方が多いって、ケチってんの丸分かり」
「いいじゃん、いいじゃん、種類は何でも肉なんだからさあ」
元から食欲魔人の新田の意見はシャットアウトの広海は、ブツブツ言いながらも野菜を切っていく。
「茅野、結構手際良くない?」
「あ?」
「そういえば、繋がってなくてちゃんと切れてるし」
「・・・・・まあ、実力?」
その辺の事情はシークレットだ。別に知られたくないわけではないが、わざわざ言うほどのことでもない気がするからだ。
そんな風に口が7割、手を3割で動かしていた一行に、突然背後から声が掛かった。
「あの、小林君、ちょっといい?」
「え?」
包丁を扱うのは怖いからともっぱら洗い係に徹していた小林は、名指しをされて顔を上げる。
そこには同じジャージ姿でも、髪を手の込んでいるような編み込みにした綺麗な女子生徒が立っていた。
「何?」
条件反射なのか、女タラシのスマイルを向けると、その女子生徒は頬を赤らめながらも真っ直ぐに小林を見つめて言った。
「話があるの、いい?」
「え?あ、うん」
その途端、周りで作業をしていた他の生徒達の手が止まった。
男子も女子も、いっせいに視線と耳をこちらに向けてくるのが、日頃鈍いと言われている広海にも分かった。
「ここで?」
「あ、出来ればあっちで」
「でも、今ここを離れるなんて出来ないし。君さえよければここで言ってくれない?」
(((馬鹿小林〜〜!!)))
それは、広海達3人の内心の叫びだった。
この状況はどう見てもこの女子生徒が小林に告白しに来たとしか思えず、そんなプライベートな話をこれだけの人間が注
目している中でさせるのは酷というものだろう。
「あれ、誰?」
広海が呟くと、新田が直ぐに答えてくれた。
「隣のクラスの内山だよ。今年の新入生の中じゃピカ一って噂」
「へえ」
「まあ、自信がなくちゃ、こんな時に来ないよね」
さりげなく皮肉気な椎名の言葉も、広海は素直に頷くことが出来た。
彼女としては他の誰よりも先に告白したいと思ったのかもしれないが、よりによって1年がほとんど揃っているこんな場所
で声を掛けてきたのは、自分もそれなりに自信があるからだろう。
その証拠に、女子生徒の躊躇いは一瞬で、直ぐに小林に向かってはっきりと言った。
「入学式の時に初めて見た時から好きになったの。彼女がいないなら私と付き合ってもらえないかな」
言葉はしおらしいものだったが、その顔を見ればたとえ誰かと付き合っていても自分が負けるとはとても思っていないほどに
自信に満ちている。
(・・・・・俺は勘弁だな)
広海は内心呟いた。
自信を持っている人間は嫌いではない。
しかし、それが積み重ねたものではなく、根拠のない表面上だけに頼ったものだとすれば価値など無いに等しいと思う。
「なあ、小林何て答えると思う?」
「俺が知るわけないだろ」
「なんだよ。中学から一緒じゃんか」
「それでも、時々あいつの考えてること分かんないし」
小林の答えをワクワクとして待っているのは女生徒だけではなかった。
こんな告白の場面を見たことがなかった新田も。
入学式から小林に目をつけていた他の女生徒達も。
そして、今告白した女生徒を可愛いと思っていた大勢の男子生徒達も。
とにかく、その場にいた者達は(関係ないと思う広海と、穏やかに笑っている椎名以外)皆固唾を呑んで、じっと小林の返
答を待った。
「小林君」
「ありがとう」
小林はにっこり笑った。
その言葉にOKを貰ったと思った女生徒の顔は輝き、ギャラリーからは悲鳴にも似た声が洩れた。
しかし。
「凄く嬉しいけど、ごめんね」
「・・・・・え?」
「ごめん」
それは、明らかに断わりの言葉だった。
一瞬前まで輝いていた女生徒の表情は呆然としたものになり、男子生徒達はなぜ断るのかと内心叫ぶ。
「・・・・・ど、して?付き合ってる子、いるの?」
「今はいないよ」
「それなら、どうして?もしかして今はそういう対象に見てもらえてないのかも知れないけど、付き合ってみたら・・・・・っ」
「俺、可愛い子、苦手なんだ」
「・・・・・」
「君は可愛いし、凄く目立ってるけど、俺の好みはもっと大人しくて地味な子なんだよ。だから、君は駄目。ごめんね」
「うわ〜・・・・・なんだよ、あの理由。小林、ちょっと変わってない?」
顔を真っ赤にして立ち去る女生徒を見ながら、新田が信じられないというように呟いた。
可愛いから、明るく目立つから、付き合えない。それは取ってつけたような理由にも聞こえたが、小林の目はとても冗談を
言っている様には見えなかった。
「茅野、あいつ・・・・・」
「まあ、あいつの地味なブス好みは昔からだから」
「地味なブス好み・・・・・」
広海が呆れたように呟いた言葉は、たちまちの内に1年生の中で広まっていく。
数日後には、蓮見高の全生徒が知る事となった。
今年のピカ一新入生の小林芳樹の女の好みは、
『地味なブス』
・・・・・。
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