海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 ~無法者の大逆転~
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※ここでの『』の言葉は日本語です
王宮の裏門で、珠生達は見送りを受けていた。
王や王妃は、今回の功労者である珠生達を正門から堂々と送りたいと言ったのだが、ラディスラスが目立つことはしたくないと丁
重に断ったのだ。
「俺達はしょせん海賊ですよ。英雄にはなれっこない」
その言葉を、カッコイイと思ってしまった自分を打ち消したい珠生は、手土産だと渡された数々の食料や衣類に無理矢理意識
を向けた。ユージンやローランが、珠生がサビアを好んで食べていたことを王妃に伝え、王妃が城の料理長に様々な種類のサビア
を作らせ、持たせたのだ。
「日持ちをするものもあるから、ゆっくり楽しんで食べてね、タマ」
「はい!ありがとーございます!」
珠生は、まだ熱いそれが入った大きな籠を手にしてムフフと笑みを零す。
(絶対、美味しいに間違いないよな~)
王宮で作ったものならば、それなりの材料と腕もあるはずだ。珠生は早く味見したいなと思いながら、少し離れた場所でローランと
向き合っているラディスラスを振り返った。
(何やってんだろ、ラディ)
「金も宝石も要らぬと言うが・・・・・本当にそれで良いのか?」
「ああ。今回俺達が動いたのはユージンへの恩返しだ。それに代償を貰っちゃ、海賊エイバルの名がすたる」
働いた行動の価値からすれば、それなりの代償を貰ってもいいかもしれないが、あくまでも今回はミシュアの為に口添えしてくれ
たユージンへの感謝の気持ちで動いたことだ。
それに・・・・・。
「王家との繋がりは持ちたくないんでね」
「・・・・・それはどういう意味だ」
「王子、タマは男だ。見掛けは女のようにも思えるかもしれないが、あいつに未来の国王を生むことは出来ない。変な考えは持
たない方がいいぞ」
「・・・・・」
ラディスラスの言葉に、ローランは思わずというように目を見張った。戸惑いが驚きに変わったようなその表情に、ラディスラスは一
瞬眉を顰めてしまった。
(まさか・・・・・自分で気が付いていなかったということ・・・・・か?)
珠生への複雑な想いに、もしかしたらまだ名前を付けることが出来なかったのだろうか・・・・・そう思うと、今自分が言ったことは余
計に感情を粟立たせる結果になったかもしれない。
(・・・・・しかたないか)
言ってしまった言葉は取り返しが付かないし、今のうちにきっぱりと言っておこうと意識を切り替えた。
「あいつは、俺のもんだから。あんたは、自分に相応しい相手を選んだ方がいい」
当の珠生の気持ちはまだハッキリとしていないものの、ラディスラスの気持ちは決まっているし、一度でもこの腕に抱いた愛しいもの
を手放すことなど考えられない。
それは、相手が一国の王子でも変わらなかった。
「新しい王の即位の噂を楽しみにしているぞ」
ユージンはじっと珠生を見下ろした。
変わった少年であったし、なかなか面白い言動を見れて、今日で会えなくなると思えばとても寂しい気がした。
「タマ、今回はご苦労様」
「ユージンも、ゴクローだね」
「いや、私は何も出来なかった」
兄の為にと、自分の命も投げ出す覚悟で今回の騒動を起こしたが、結局活躍してくれたのはラディスラス達で、自分はただ見
ていることしか出来なかった。
(本当に・・・・・ラディ達と出会えてよかった・・・・・)
もしも、これが他の人間だったら・・・・・。今回のように誰も命を落とすことも無く、話は解決に向っただろうか?兄は、改心してく
れただろうか・・・・・そう思うと、自分がいかに幸運に巡り合えたかと、ユージンは心の底から神に感謝した。
「もう、タマに会えないと思うと寂しいな」
「俺はさびしくないな。会おうと思えばいつでも会えるし」
「・・・・・何時でも?」
「ラディに連れてきてもらう。ユージンには、もっといっぱい美味しいもの奢ってもらわなくちゃ」
「・・・・・」
(何時でも、か)
ユージンは兄と話し終えたらしいラディスラスがこちらにやってくる姿を見ながら、珠生の願いが叶うかどうかはあやふやだなと思っ
ていた。
どうやら、兄とラディスラスの間には、相容れない思いが立ち塞がっているように思うからだ。
(・・・・・本人は分かっていないようだが)
放蕩者を装い、それなりの女遊びもしてきただろうが、基本的に真面目な兄の想いは一途なものだ。それが、相手がどんな人
物であっても変わらないだろうし、むしろ、今回のように劇的な出会いをした相手なら尚更、忘れることは出来ないだろう。
(男であっても、ね)
「タマ」
「なに?」
首を傾げる珠生は、自分の周りで起こっている想いのせめぎ合いに全く気付いてはいないらしい。
(これを手に入れるのは・・・・・難問ですよ、兄上)
ユージンは苦笑をこぼした。
「では、世話になったな、ユージン」
用意してもらった馬に次々に仲間が乗ったことを確認したラディスラスは、最後にもう一度王と王妃に頭を下げた。
「今回の寛大な処置、本当にありがたく思っています。末永いベニートの繁栄を心から願っていますよ」
「ありがとう、ラディスラス」
「気をつけてね、タマ」
「ありがとー、おーひ様」
珠生はペコッと頭を下げ、少し照れたように笑ってラディスラスに視線を向けてきた。
幼い頃に母親を亡くしたと言っていたが、もしかしたら珠生は自分の母と王妃を重ねていたのかもしれない。この世界に生きてい
る者にとってはとても一国の王妃をそんな風に見るのは恐れ多いと思ってしまうのだが、素直な珠生の感情は身分の差などは全
く気にしていないのだろう。
(本当にタマらしい)
「行くか、タマ」
それでも、何時までも別れを惜しんではいられない。
ラディスラスは珠生の肩をぽんと叩き、その身体を持ち上げて馬に乗せようとした。
「タマ」
「え?」
その時、珠生の腕を掴んだ者がいた。
「・・・・・ローラン?」
ラディスラスは口の中で舌をうったが、珠生は無邪気に首を傾げながら立ち止まって振り向く。
(おい、タマ、そこは笑い掛けるとこじゃないって)
「そのサビアぐらいでは、私の感謝の気持ちを表すことは出来ない。どうか、これを」
「・・・・・」
そう言いながらローランは珠生の手を取ると、その手に飾り気の無い銀の指輪を握らせた。
「指輪そのものには価値は無いが、我が王家にとっては意味の深いものだ。どうか、お前に持っていて欲しい」
「え・・・・・えっと、でも」
「お前がこれを貰い受けることを厭うのならば、今度私が受け取りに行くまで預かっていて欲しい。それは、してもらえるだろう?」
「・・・・・預かってるだけ?でも、俺失くしちゃうかも・・・・・」
「大丈夫、お前は失くさない」
「・・・・・ラディ、どうしよう」
「・・・・・」
(それを俺に聞くか?タマ・・・・・)
ベニート共和国の皇太子であるローランが贈る指輪の意味。そのものに価値は無くても、深い意味はあるはずだ。
止めておけと言うのは簡単だったが、ここで自分がローランの想いを断ち切っていいのか、僅かばかりの躊躇いが残ったラディスラス
は、お前がいいようにしろと言うしかなかった。
「・・・・・」
珠生はしばらくの間、手の平に置かれてある指輪をじっと見ていたが、やがて顔を上げるとにっと笑った。
「預かり賃は、サビアの食べ放題でいい?」
「ああ」
どうやら指輪を受け取ってもらえると分かったローランは、男らしい顔に笑みを浮かべると、苦々しく口をつぐんでいるラディスラスに
ちらっと視線を向け、次の瞬間、握っていた珠生の腕を引き寄せたかと思うと、そのまま珠生の唇に軽く口付けをした。
「おいっ」
「勝負はまだ始まったばかりのようだな、ラディスラス」
驚いたような王と王妃、そして、ユージンを背にしながら、ローランは皇太子の風格を漂わせた自信たっぷりな口調で堂々と宣言
をする。
そんなローランに向って珠生を背中から抱きしめたラディスラスは、まるでその感触を打ち消そうとするかのように珠生の顎を掴ん
で上向かせると、ローランがしたよりももっと深い口付けを与えた。
「スケベオヤジ!!」
その瞬間、我に返ったらしい珠生に痛烈に頬を引っ叩かれたラディスラスは、それでも、ふんっと顎を上げて負けずに言い放った。
「勝負ははなからついている。悪いが諦めた方が賢明だ」
珠生を巡る恋の戦いは、当の本人が全く気付かないまま、今この瞬間に開始されたようだった。
end
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