海上の絶対君主
第四章 愚図な勝者 〜無法者の大逆転〜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
(あつ・・・・・)
夢の中で、珠生は温泉に入っていた。
始めはとても気持ちのいい温度で、機嫌よく泳いだりもしていたのだが・・・・・次第に湯の温度が上がってきて、そろそろ上がろうか
と立ち上がろうとしたのだが。
(ぬ・・・・・け、ない・・・・・)
何時の間にか、湯はアメーバーのようなベトベトしたものになり、逃げたいと思っている珠生の身体を拘束して湯の中から逃がし
てくれない。
熱くて、息苦しくで、必死にもがくものの、それはドンドン身体中に纏わりついてきて、やがて顔まで覆って息が出来ないと思った瞬
間、
『・・・・・っせ!』
「・・・・・っく・・・・・」
(?アメーバーがしゃべった?)
そこでようやく、珠生の意識は浮上した。
既に目を覚ましていたラディスラスは、自分の腕の中で眠っている珠生の顔をずっと見つめていた。
起きていたら、きっと暑苦しいとか、スケベだとか、様々な文句を言う可愛らしい唇は今は閉じられていて、普段の子供っぽい表
情を更にあどけなくしている。
(子供に手を出すなんてなあ)
こんなにも色気の無い子供に手を出してしまう自分に、ラディスラスは苦笑を漏らしてしまう。だが、これが、目の前の、何時も可
愛くないことを言う生意気なこの子供が欲しいと思う気持ちをごまかすことなど出来やしない。
「早く、成長しろよ、タマ」
それは、身体の、というわけではなく、心の成長だ。早く、自分との愛を認めるほどに成熟して欲しい。
夕べ腕に抱いた甘い肢体を思いだしながら、ラディスラスはぎゅっと珠生の身体を抱きしめた。
・・・・・が、
『放せ!』
「・・・・・っく・・・・・」
いきなり、ラディスラスは暴れた珠生の膝で股間を蹴られてしまい、思わず痛みに呻いてしまった。
ぽっかりと開いたまぶたの向こうに、自分に圧し掛かっている褐色の肌が見えた。
(え?これ・・・・・俺じゃ、ない)
当たり前だが、自分のものではない逞しい腕。その持ち主のことを考えた珠生は、そこからどどどっと夕べの記憶が頭の中に押し
寄せてくる。
「!」
反射的に起き上がった自分の身体から、掛けていたらしいシーツがスルッと滑り落ちたが、なぜか現れたのは服を着ていない肌
で・・・・・珠生はようやく、今の自分が服を着ていないままだということを悟った。
「ラ、ラディ!」
「・・・・・って、タマ、お前足癖悪いぞ」
眉を顰めながら自分の直ぐ隣で起き上がったのはラディスラスだ。
自分と同様、何も着ていない彼の肌を見ていると、珠生の頬はじわじわと赤く染まっていく。
「お、俺、昨日・・・・・」
「ん?ああ、昨日か、可愛かったなあ。何時もあんなんだと、場所も構わずに押し倒したくなって大変だな」
「うわあ!」
それ以上聞きたくなくて、珠生は思わずラディスラスの口を手で押さえてぐっと押し退けてしまった。
「ふ、服、取ってっ」
「はい、はい」
珠生の要求に素直にベッドから起き上がったラディスラスだが、
「!」
(ちょ、ちょっとは、恥ずかしそうにしたらいいのに〜!)
上半身だけではなく下半身も何も身に着けていないラディスラスは、隠そうという仕草もせずに堂々と珠生の目の前を横切る。
隠す必要の無いかもしれない立派なものが嫌でも目に入ってしまい、珠生は顔が熱くなって焦って目を伏せてしまった。
(こ、興奮していない状態で、あ、あれ?い、いや、今は朝だから生理的に・・・・・うっ、俺の馬鹿!人のそこを気にしてどうするん
だよ〜!)
考えまいとしても、頭がクリアになってしまった今、夕べのラディスラスとの擬似セックスの様子が鮮やかに蘇ってしまう。
身体で感じたラディスラスの熱を思い出して、珠生は自身も熱を持ちそうになってしまった下半身を慌てて押さえた。
寝起きは最悪だったものの、どうやらハッキリと覚醒したらしい珠生は、夕べのことを思ってか様々に表情を変化させている。
戸惑ったような顔、何かを考えるような顔、真っ赤に上気した顔。
その変化を見ているだけで楽しく、ラディスラスはからかいの言葉を掛けたかったが・・・・・ここは、黙って見ている方が面白いかもし
れないと、夕べの名残を残すかのように裸のまま動き回った。
(一度は、最後まで抱いたんだがな)
何時まで経っても甘い雰囲気に慣れない珠生が・・・・・可愛い。
(少しだけ・・・・・)
ラディスラスは珠生に服を差し出しながら言った。
「身体は拭いたから、気持ち悪くは無いだろう?」
「・・・・・っ」
「いっぱい出したから、疲れたか?」
「こ・・・・・のっ、エロオヤジ!!」
「・・・・・っ」
その瞬間、ラディスラスの頬にはパシッという音と共に痛みが走った。
「・・・・・」
「・・・・・」
十数人が一度に食事が取れる大きな食堂には、ベニート共和国の王と王妃と2人の王子、そして、今回王家のお家騒動に
深く関わり、見事(?)解決に導いた5人の海賊が、並んで朝食の席に着いていた。
「・・・・・」
その幾つもの視線がラディスラスへと向けられているが、当の本人は全く気にすることも無く旺盛な食欲を見せている。
静かな食事の風景の中、不意にぷっと誰かがふきだした声がした。
「ジェシカ」
「あら、だって、皆が何も言わないのがおかしくて」
王妃であるジェシカはふくよかな頬に笑みを浮かべたまま王に言い返すと、ねえラディスラスと声を掛けた。
「その赤い頬はどうしたの?何か、悪さでもしたのかしら」
「・・・・・これですか?」
そのものズバリの質問に、ラディスラスは自分の隣に座っている珠生をチラッと見た。
出来るだけ無視をしようとしているのが分かるものの、今まで忙しく動いていた手が止まったことと、落ち着き無く視線を彷徨わせ
る様子を見れば、誰が考えても珠生が関係あることは分かるはずだ。
「これはですね」
どう説明しようか、ラディスラスは考えた。
珠生に引っ叩かれた痛みは既に無く(始めからそれ程痛くは無かったが)、この頬の赤みもラディスラス自身は気にしなかったが、
周りに取ればそうでもないらしい。
「ムシ!」
その時、沈黙に我慢出来なかったように珠生が叫んだ。
「ムシ?」
面白そうにジェシカが聞き返すと、珠生はパンを掴んだままコクコクと頷いた。
「ラディの顔におっきなムシがいたから、俺が叩いた」
「まあ・・・・・タマが?でも、ラディスラスは痛かったんじゃないのかしら?」
「痛くないよ!ラディの顔、厚いからっ、ねっ?そうだよねっ?」
大きな目を吊り上げて、そうだと頷けと睨んでくる珠生。ラディスラスはくくっと笑いながらそれに同意することにした。
「そうですよ、王妃。タマはちゃんと痛くないように引っ叩いてくれましたし、俺の面の皮は厚いから」
「・・・・・」
「なあ、タマ」
「・・・・・ね〜」
引き攣った顔が何を意味するのか、ここにいる大人達は何も言わなかった。
ただ、ラシェルやアズハルは何があったのか薄々気付いているのか呆れたような溜め息をつき、イアンは賢明に黙ったまま食事を続
けている。
ジェシカはまだ笑い続け、王は素直に大変だったなと同情し、ユージンは意味深にラディスラスを見ていた。
だが・・・・・。
(・・・・・やっぱり、きっちり話はつけておくべきだな)
難しい表情をしたまま珠生を見つめているローランの姿に、後で面倒なことにならないように決着をつけておいた方がいいと思い
ながら、ラディスラスは出された酒をぐっと飲み干した。
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