おまけ
アレッシオ&友春
「どうだ、私にもこれくらいのものは作れる」
「本当に、ケイも作ったんですか?」
「私が嘘を言っているとでも?」
「ま、まさかっ」
「食べてみろ。売り物よりも上出来なはずだ」
自信満々に差し出したクッキーを手にした友春は、大きな目をさらに丸くして驚いていた。
イタリアでの生活を見ていれば、とても自らキッチンに立つとは思えないアレッシオが、まさか有言実行で菓子を作るとは思ってもい
なかったのかもしれない。
友春のこんな顔こそ見たかったもので、アレッシオは滑らかな友春の頬をするっと撫でた。
「喜んでくれたか?」
「も、もちろん!あ・・・・・で、でも、僕・・・・・」
パッと顔を上げて勢い込んで答えた友春は、直ぐに焦ったように言葉を濁す。きっと、自分は何も用意していないことに改めて気づ
いたに違いない。
日本特有ともいえるイベントの日にわざわざチョコレートをくれたのは友春で、その返礼としてこの日にクッキーを送るのはアレッシ
オの役割なのに、どうしてそこまで気を使うのだろうか。
素直に喜び、キスの一つでもしてくれたら何も言うことはないのに。
「トモ」
「うわっ」
そう思った気持ちのまま、アレッシオは友春の腰を抱き寄せる。
「嬉しいと思ってくれるんだな?」
「そ、それが・・・・・」
「そう思ってくれるのなら、お前からのキスが欲しい」
「え・・・・・」
「トモ」
どうか、友春の方から欲しがって欲しい。
クッキーなどただのきっかけに過ぎないと思いながら、アレッシオは恥じらいながらも少しずつ顔を寄せてくれる友春の顔をじっと見
つめていた。
伊崎&楓
「うまく出来てるじゃないか」
「そうですか?」
「元々器用だもんな」
そっけなく言っているが、楓の目が嬉しそうに輝いているのは誰が見てもわかるだろう。伊崎も目を細めてその表情を見つめてい
たが、それに気づいたらしい楓はわざと眉を顰めて見せる。照れているのだなと、伊崎には直ぐに気づいた。
「・・・・・その顔」
「顔が、何か?」
「・・・・・カッコよ過ぎる」
「楓さんに褒めてもらうのが一番嬉しいですよ」
「・・・・・でも、ムカつく」
「どちらなんですか」
「どっちも、思ってるんだよっ」
多分、今の自分の顔は情けないほどに蕩けきっていることだろう。楓の側にいるだけでこんな表情になっているなんて、普段日向
組の若頭としての伊崎と付き合っている人間には思いもしない顔だ。
だが、楓が側にいるのに笑わないでいることなど出来ない。それも、こんな、不揃いの手作りクッキーを見て、眩しいほど綺麗な
笑顔を見せてくれているのだ。
「ほら、食べてみてください」
「・・・・・美味しい」
「生地は海藤会長の監督付きで作りましたから」
「あ〜、上手いもんな、あの人」
「さすがの手さばきでした」
そう言いながら、伊崎も自分の成果を確かめようとクッキーに手を伸ばしたが、その直前でパシリと楓に手を叩かれてしまった。
「楓さん?」
「これは、俺の。お前でも食べたら駄目だ」
「・・・・・はい」
大事そうにクッキーを抱き締め、一人占めをする楓に、伊崎はまた何か手作りのものを作り、こんな幸せな時間を過ごしたいと思っ
た。
江坂&静
「お待たせしました」
「そんなに待っていないですよ」
「どうぞ」
「いただきます」
静の小さな唇に、自分が作ったクッキーが入っていく。無防備に手作りのものを食べてくれるのが自分への無償の信頼と愛情だ
と感じ、江坂は思わず頬を緩めた。
「どうですか?」
実際に江坂がしたことはたいした作業ではなかったかもしれないが、その時間を取ったということだけでも大きなことだ。本来の江
坂は静とのプライベートな時間は確保しても、それ以外の、彼と共にいられない時間まで取る余裕などとてもなかった。
「美味しい、すっごく」
「そうですか」
「本当に作ってくれるなんて・・・・・」
「私が静さんに嘘を言ったことがありましたか?」
「・・・・・ない、ですよね」
静の言葉に満足し、江坂は柔らかくその身体を抱き締める。
ほんの数時間、離れただけだ。平日の日中はほとんど離れているものの、一緒にいられるはずの時間を故意に離れているとなると
気持ちの持ちようが違う。
それも、江坂自身の意思ではなく、強引にそういう方向に持っていかれたことが・・・・・。
「凌二さんを誘ってもらって良かった」
「え?」
「上杉さんに、ちゃんとお礼言っておかなくちゃ」
「・・・・・」
そんなことはしなくていいと言っても、律儀な静は気にしてしまうだろう。
今まで仕事に私情をはさむことはなかったが、今回のことを企んだ上杉に思うことがあった江坂。しかし、報復はよした方がいいの
かもしれない。
「静さん、今は上杉のことよりも、目の前の私のことを考えてください」
「あ・・・・・っ」
それでも、静が自分以外のことを考えるのは面白くない。
江坂は静の意識を自分だけに向けるために、柔らかく唇を重ねた。
海藤&真琴
「すごい・・・・・料理だけじゃなく、お菓子作りも完璧なんて・・・・・」
「別に、俺1人がしたわけじゃない。みんなが協力してくれたからだ」
真琴の手放しの賛美に、海藤は苦笑するしかない。
多少料理はするものの、菓子作りは自分が食べないこともあってほとんど作らなかった。しかし、恋人の真琴は甘いものも好きで
・・・・・何時か自由に真琴が喜ぶものを作ってやりたいと思っていた。
しかし、組織の中で責任のある立場になってから、なかなか自由な時間もなく、忙しい日々を過ごしていて、今回、こんなふうに
上杉に強引に誘ってもらうまで、海藤はただ考えるだけにとどまっていたかもしれない。
「でも」
「ん?」
「これ、海藤さんの愛情がたっぷりでしょう?」
「・・・・・もちろん」
「だったら、美味しくないはずなんてないし」
「真琴」
「・・・・・」
自分で言って恥ずかしくなったのか、目の前の真琴の顔は赤くなっている。可愛くて抱きしめたくなり、海藤はその想いのまま身
体を動かしていた。
「えっ?」
突然抱き締められたことに動揺し、真琴は焦っている。
「ど、どうしたんですか?」
「急に、抱きしめたくなった」
「え、え?」
「嫌か?」
「い、嫌じゃないっ」
即座に否定の声がして、反対に真琴の方から必死にしがみついてきた。嫌がっていると思われたくない・・・・・そんな必死な感じ
に、海藤は目を細めて笑い、抱き締めている手に力を込める。
「今度は、一緒に作ろうな」
何を、なんて、説明しなくても真琴には直ぐにわかったらしい。コクコクと頷く様子に、海藤の笑みが深くなった。
楽しいことは2人で。今回、けして仲間外れにしたつもりではなく、真琴の嬉しそうな顔も見れたが、やはり一緒に時を過ごしたい。
近いうちにちゃんと時間をとろうと、海藤はさっそく頭の中でスケジュールの調整を始めた。
上杉&太朗
「ホントーにジローさんが作ったのか?」
「俺以外にいるか?」
「だって」
「お前に手作りクッキーをやろうなんて物好き、俺くらいしかいないだろ」
「何それっ!」
まるで、モテないと言われていると思ったのか、太朗の頬が子供のように膨らんだ。出会った当初に比べたら随分大人っぽくなっ
たが、こんな表情をすると昔の面影が色濃く残っているのがわかる。
太朗が大人になっていくのを見るのも楽しいが、昔を懐かしむ思いもあって、上杉はわざとからかうことが多いが、当の太朗は何
時でも素直に引っ掛かってくれた。
今回も、可愛くて楽しい反応を見せてくれ、それだけで上杉は大満足だ。
「まあまあ、ほら、受け取れ」
「・・・・・ありがと」
ぶっきらぼうに言ったが、受け取った太朗の表情は直ぐに嬉しそうに崩れる。
「大変だった?」
「まあな」
「海藤さんとかに頼んだんじゃないの?」
「俺の方が指導したくらいだぜ」
「ホントかな〜」
「味は?食べてみろ」
急かすと、太朗は大きなクッキーを大口でパクンと食べる。クズが口の端についたのを見て、上杉は親指で軽く払ってやった。
「どうだ?」
「美味しいっ!ジローさん、天才!」
「そうだろ」
海藤や伊崎といった、気真面目な人間がきちんと分量を量って作ったものだ。大きく失敗するはずはないと思っていたが、太朗の
感激した声に少しばかりホッともしていた。
「俺の愛情、思い知ったか」
「・・・・・うん」
頷いた太朗は、食べかけのクッキーを上杉の口元に持ってくる。それを食べれば、甘さも控えめな上出来の味が口の中に広がっ
た。
「さすが、俺、だな」
楢崎&暁生
「え、こ、これ、楢崎さん、が?」
「・・・・・ただ、型を取っただけなんだが」
「・・・・・」
「おい、暁生?」
「・・・・・しぃ、よぉ〜」
「え?」
「う〜れ〜じ〜い〜よぉ〜」
「あ、暁生」
綾辻&倉橋
「ほら」
「・・・・・」
「早く〜」
手を差し出して催促する綾辻を、倉橋はじっと見つめる。はたき落としたい衝動にかられつつも、その一方でまんまと男の策略に
乗ってしまった自分が恥ずかしくてたまらない。
『絶対に、お返し頂戴ねっ』
だいたい、言われたからと言って、自らが動かなければよかっただけだ。
バレンタインデーにチョコレートをくれたのは綾辻の勝手だし、ホワイトデーにお返しをくれと言いだしたのも綾辻だ。
少しばかり、倉橋自身も何か贈らなければならないのではないかと思っていたが、強引に言われてしまうとなんだか行動し難くも
なって・・・・・。
「克己」
「・・・・・」
倉橋は、渋々ポケットの中からラップに包んだものを取り出し、綾辻の目の前に差し出す。
「・・・・・これ?」
「余ったので、頂いただけです。絶対に、あなたのためのものではありませんから」
自分がしたことはほんの僅かで、とても作ったと言えるものではない。他の者たちのように綺麗に包装するのも恥ずかしくてたまら
ず、なんとかラップに包んでこうして持ってきただけでも相当勇気がいったのだ。
「ありがと!」
「綾辻さん・・・・・」
綾辻は大きな声で礼を言い、倉橋の手から素早くそれを取る。そして、直ぐに割れていたクッキーを口にし、男らしい顔を笑みに
崩した。
「美味しい!サイコーッ!」
「こ、声が大きいです」
「だって、克己がこうして愛情を返してくれたことが嬉しいんだものっ」
「・・・・・」
やはり、どうあっても、自分は綾辻には勝てないらしい。
きっと、赤くなっているだろう目元を隠すために顔をそむけながら、倉橋はもっとちゃんとしたものを贈ればよかったと後悔していた。
本当のオマケ
宗岡&小田切
バレンタインデーには小田切からチョコレートを貰えなかったので、自分が用意して渡した。
女々しいと言われようと、世間のイベントに乗じて、小田切への想いを伝えたかったので、お返しなどまったく考えてもいなかった。
いや、小田切の頭の中にそんな言葉はないだろうと当然のごとく思っていたのだが。
「・・・・・え?」
「どうした?いらないのか?」
目の前で、楽しげに自分を見つめている小田切。そのすぐ側のテーブルには、今彼がポンと投げ渡した綺麗な包みが置かれて
いた。
「せっかく、バレンタインデーのお返しをしようと思ったんだが・・・・・いらないなら他の犬にでも与え・・・・・」
「いる!」
宗岡は即座に叫び、包みを抱き締めた。
自分の恋人でありながら、多くの犬と言う名の愛人(?)を持っている小田切。たとえ今は身体の関係がなくても、宗岡にとっては
油断がならないライバルたちで、そんな彼らにせっかくの小田切からのプレゼントを渡せるはずがない。
何時、この自分の位置を奪われるか、宗岡は戦々恐々としているのだ。
「ありがとう、あ、開けるね」
緊張しながら包みを開くと、中に入っていたのは可愛らしいハート形のマシュマロだ。いったい、小田切はどんな顔でこれを買い
求めてくれたのか、想像するだけで宗岡は胸が熱くなった。
「あ、あり・・・・・」
「哲生」
「なにっ?」
「ホワイトデーにマシュマロを渡す意味、知っているか?」
「し、知らない。え、も、もしかして、好き、とか・・・・・」
「嫌いだって意味らしいぞ」
「え・・・・・」
小田切の言葉に愕然とした宗岡は、思わず包みを手から落としてしまう。
「こら、人のやったものを落とすな」
それを、わざわざ立ちあがって拾ってくれた小田切は、中からマシュマロを一つだけ摘まみ取ると宗岡の口元に持ってきた。
「ほら、哲生」
「ゆ、裕さん・・・・・」
「いらないのか?・・・・・俺の、愛情」
いらないなんて、言うはずがない。
これが、小田切特有の冗談だと思いながらも目を閉じて口を開けた宗岡は、その時の小田切の口元が柔らかく笑んでいたことに
気づかなかった。
end
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