前編
長い足をテーブルの上に投げ出した三浦は、不満を満面に出して言った。
「どうして俺が頭を下げに行かなきゃいけないんだ?大体、あっちからオファーしてきたんだろーが」
「少し考えろ、ショウ。あっちはデビューしていきなりパリコレにも出品するほどの天才デザイナーなんだぞ。海外の有名
デザイナーにも可愛がられているし、お前とは立場が違うだろう」
「俺もパリコレに出たけどな」
「数えるほどしかフィナーレを飾ってないだろ。今回向こうはお前をメインに据えてくれるって言うんだ、ありがたく会い行く
くらい簡単だろ」
「・・・・・ふん」
「ショウ、大人になれ」
三浦蒋(みうら しょう)・・・・・しかし、その名よりも『ショウ』という呼び名と顔ならば、日本でもファッションに煩い人間
は直ぐに誰か気付くだろう。
高校生で鮮烈にモデルデビューした三浦は、その恵まれた肢体と日本人っぽくない荒削りな容貌で、たちまち人気が
高まった。
高校を卒業して直ぐに活動を海外にまで広げ、今では1年の半分以上は海外で生活をして、3年前、とうとう有名デ
ザイナーのファッションショーでトリを務めた。
それ以来、三浦は自分自身にプライドを持ち、仕事も選んでショウというブランドを確立した・・・・・と、思っている。
海外でも、ショウといえば直ぐに顔を浮かべてもらえるほどだ。
だからこそ、今回の話は直ぐには頷きがたかったのだ。
本場ヨーロッパで認められた日本人デザイナー、サイ。
その名前以外はほとんどシークレットな存在のサイは、4年前パリコレデビューした。強烈な後ろ盾があったからだというこ
とだが、それが誰かは分からない。
フィナーレで普通は姿を現わすデザイナーだが、サイは一度も姿を現さなかった。
だからこそかもしれないが、サイの名前はミステリアスな意味を持って全世界に広まっていた。
そのサイが、来秋のファッションショーで『ショウ』を使いたいと言ってきた。
条件は、専属。
サイのファッションショーが終わるまで、どんな仕事も・・・・・それがファッションショーではなく雑誌のモデルや芸能人のパ
ーティーに出ることさえも禁止ということだった。
プライベートもほとんど監視されるということに、プライドの高い俺様な三浦がやすやすと承知するはずが無い。
頷かない三浦と、これ程に注目されているファッションショーでのトリを飾るというかなり大きな宣伝に乗り気な事務所
と、もう数週間も平行線になっているのだ。
「とにかく、一度会え」
「・・・・・誰に」
「サイ先生に決まってるだろう。実際に会ってから今回の話を引き受けるかどうか決めても遅くないだろう」
「・・・・・」
確かに面白くはない話だが、その効果を考えれば簡単には断われなかった。
もしも、自分以外のモデルがこの話を受けて、結果華々しくモデルとして開花したら・・・・・。
(・・・・・それも面白くないな)
三浦は深い溜め息をついた。
そして、数日後、三浦は都内のある遊園地の前に立っていた。
「・・・・・」
(なんで俺はここに立ってるんだ・・・・・?)
サイの事務所に会いたいとの連絡をすると、指定してきたのはここ・・・・・遊園地だった。
190センチを超す身長にバランスのよい肢体、サングラスをしていても隠せない目立つ容貌に、中に入っていく親子連
れは興味深そうに三浦を振り返る。
その中には三浦の顔を知っている者もいるようで、どうしてとか嘘とか聞こえてくる声が煩わしい。
(・・・・・)
三浦は滅多に吸わないが、口寂しい時用にと持っているタバコを咥えた。
イライラして、もう帰ろうと思ったからだ。
「・・・・・くそっ」
(遠くからでも見て笑ってやがるのか・・・・・っ)
せっかくの話をなかなかOKを出してこなかった三浦に対する嫌がらせに違いないと思い、もう一刻も早く断わりの電話を
入れてやろうと携帯を取り出そうとした時・・・・・。
「ねえ、タバコは肌に良くないんじゃない?」
「ああ?」
いきなり掛かってきた声に、三浦は不機嫌を隠さないまま振り向いた。
「・・・・・ガキか」
「・・・・・」
「・・・・・さっさと向こうへ行け」
「どうして?」
「あのなあ、お前親はどこだ?迷子か?それならそこの入口の女にでも言え」
目の前に立っていたのは・・・・・多分、少女だろう。
160センチを少し超したくらいの身長に、さらさらの黒髪、真っ白にも見える肌に、綺麗な猫のような目。それに、着て
いる服は襟にも裾にもレースが付けられ、穿いている七分丈のズボンの裾にもレースが付けられている。
一見、ゴテゴテと煩そうに見えるのだが、色使いや形がいいのか、その少女によく似合っていた。
(オーダーか・・・・・誰のだ?)
三浦の目も、つい服のデザインの方にいってしまったが、その視界の中には少女の腕のウサギのぬいぐるみも見えた。
(中学生くらいか?・・・・・大丈夫か?)
「おい」
「ショウでしょ?」
「あ、ああ」
「初めまして、サイです」
「・・・・・サイ?」
その名を聞いても、三浦の頭の中では全くその事実が入っていなかった。
まさかと、呆然としたままその少女を見下ろすだけだ。
「うん」
「あんたが?」
「そう」
「・・・・・女・・・・・子供だったのか・・・・・?」
「子供じゃないよ。君、24歳でしょう?僕、26だから。あ、ちなみに男だからね」
「う、嘘だろっ?」
三浦の絶叫が大空に響いた。
三浦はメリーゴーランドの馬車で向かい合って座っている少年・・・・・いや、もう立派な大人なのだがどう見ても自分よ
り下に見える世界的デザイナーのサイをじっと見つめた。
サイは腕に抱いたウサギに楽しそうに話し掛けながら楽しんでいるようだ。
「・・・・・あんたが、本当にサイなのか?」
「あなた」
「・・・・・」
「僕は君より年上なんだから」
「じゃあ、サイさん、あなたが本当にデザイナーのサイなんですか」
わざとらしく敬語で聞くと、サイは満足したようにコクンと頷いた。
「そうだよ。本名は朝比奈彩季(あさひな さいき)。26歳、日本人。他に聞きたいことある?」
まるで秘密でも何でもないように、彩季は事も無げに自分の正体を明かした。
ファッション業界の人間ならば飛びつきそうなそのネタも、今の三浦にはあまり興味がない。そんな能書きよりも、今目の
前の彩季の方に興味があった。
「やっぱり、カッコいいね」
「ん?」
「ショウの身体のバランス。日本人離れしているのに東洋人独特の雰囲気も持っていてカッコいい」
それは容姿を褒めるというよりも、花が綺麗、動物が可愛いというような単純な響きに聞こえて、さすがに三浦も苦笑
を零した。
「で?」
「え?」
「俺は合格なのか?」
「僕の方からショウを欲しいって言ったんだよ?返事を保留にしていたのはそっち」
「・・・・・ああ、そうだったか」
「そっちこそ、僕は合格?」
「・・・・・困ってる」
「困ってる?」
「あまりに俺の予想外だったから・・・・・どうしたらいいかってな」
世界的なデザイナーというのが頭の中にあったので、三浦はサイは当然男で、中年で・・・・・もっと気難しい芸術タイ
プかと思っていた。
まさかこんなゴシックロリーターのような格好の少年のような青年が来るとは全く想定外だ。
しかし、童顔の可愛らしい顔に浮かべている笑みは無邪気なだけではないようで、三浦の反応を楽しんでいる余裕
さえ見えた。
(きっと何時もこの手で驚かせているんだろうな・・・・・)
どちらかといえばセクシーなデザインが多い彩季だ。必ず相手はそのギャップに驚いてしまうだろう。
単に悪戯なのか、それとも相手の真意を探る作戦なのかは分からないが、確かに上手い手ではある。
「ここを指定したわけは?」
「久し振りに日本に帰ってきたから、思いっきり遊びたくなって」
「俺と?」
「ミスマッチで楽しいでしょ?それにショウは背が高いからはぐれないし」
「それだけ?」
「まあ、それだけかな」
三浦は笑った。
声を出して笑ったのはどれぐらいぶりだろうか。
「手」
「手?」
自分が言った通り素直に手を差し出した彩季の手を、三浦はしっかりと握り締めた。
(小さいな・・・・・)
小さな小さな彩季の手。しかし、これが多くの人間に感動を与える作品を作り出していくのだ。
着てみたい・・・・・三浦は強烈にそう思った。
この不思議な存在が作り出す世界に浸ってみたいと思う。
「よろしくお願いします、サイ先生」
「・・・・・彩季って呼んでよ。周りに日本人少ないんだ」
「分かった。よろしくな、彩季」
「よろしく、ショウ」
新しい世界を覗ける楽しみと、彩季個人に対する興味で、三浦は久し振りに高ぶってくる気持ちを抑えることが出来
なかった。
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外国が舞台 気難しい世界的トップモデル(でも受けには甘い)×ゴスロリ美少年(常にヌイグルミ持ち)こちらも世界的に有名なデザイナー。
リクエスト回答第11弾です。
外国が舞台ではありませんが、とにかく挑戦してみます。
全然ファッショナブルじゃありませんが(笑)。前・後編の前編です。