中編







 「なんだ、またオレンジジュースしか飲んでないのか」
 「あ、おかえりー」
 振り返った彩季の手に握られている物を見て三浦は眉を顰める。
彩季は食べることにあまり欲求を感じないらしく、朝オレンジジュースを飲み、下手をすると昼も同じものを、そして夜は
ほんの少しだけ・・・・・まるで鳥の餌ほどしか食べないのだ。
 「飯を食えと言ったろう」
 「だって、噛むの疲れちゃうし」
 「疲れるって・・・・・」
 「ロビンもそう思うよね〜」
自分の隣に座らせたウサギのぬいぐるみに話し掛けた彩季に、三浦はもう何度目かも分からない溜め息を付いた。



 彩季・・・・・デザイナー、サイとの専属契約を結んだ三浦のスケジュールは途端に真っ白になってしまった。
それでもいい機会だと、三浦はマンション内にあるジムに頻繁に通い、身体を鍛えることに熱中した。
それに、しばらくは日本に滞在することになった彩季が家がないのでホテル住まいをすると聞き、それならばと自分のマン
ションに連れてきたのだ。
1人暮らしながら、かなり優雅な生活を送っていた三浦。間取りも一つ一つが広く、彩季1人くらい増えても何の問題
もなかった。
 ただ、彩季は1人では何も出来なくて、食事の世話から風呂に入るまで、まるで母親のように口うるさく言わなければ
動こうとせず、掃除も洗濯も当然出来ない。
自分のペースで生きてきた三浦からすればとても面倒くさいのだが・・・・・なぜか、このまま彩季をホテルに放り込もうとは
思わなかった。
彩季が豪奢で快適な部屋に、しかしたった1人で過ごしている姿を想像したくなかったのだ。



 「・・・・・」
 「なんだ?」
 改めてシャワーを浴び、腰にバスタオルを巻いただけの姿で出てくると、彩季がじっと視線を向けてきていた。
その目は恥ずかしいとか、驚いたとか、何て格好で出てくるんだとか、そんな風な感情的な視線ではない。
 「やっぱり、いい身体してるね、蒋は」
 一緒に暮らす上で、三浦は彩季に自分の事をモデルのショウではなく、三浦蒋という人間として対するようにと宣言し
た。
それと同様に、自分も彩季をデザイナーのサイではなく、朝比奈彩季として対すると。
ショウと蒋、響きは同じだが、プライベート空間に他人を入れる上で、きっちりと線引きをしておきたかった。
彩季もその申し出に直ぐに同意し、三浦の名前をちゃんと呼んで(ニュアンスで違いが分かる)くれている。
 「褒めてるのか?」
 「褒めてるっていうより感心してる。生まれながらのものもあるだろうけど、蒋の努力も大きいだろうから。噂じゃ尊大で
扱いにくいモデルだって聞いてたけど、案外そうでもないみたいだし」
 「・・・・・」
三浦は何と言っていいのか困惑していた。
スタイルや顔を褒められるのは日常茶飯事だったが、決まって皆、

 「良かったな、そんな顔に産んでもらって」

などと、もって生まれたものが良かったのだと言った。
もちろん、それも要素の一つだとは思うが、三浦はそれ以上に努力した。無理はしない程度だが(ストレスを溜めると意
味がないので)節制もしているし、身体も鍛えて、大きな口を叩けるほどには自分を磨いてきた。
それを、会ってまだ間もない彩季に言われたので、嬉しさよりも途惑いの方が大きかった。
 「蒋を選んで正解だった」
 「・・・・・そうか?」
 「自信もっていいよ」
 「あー・・・・・サンキュ」
 どんなに高名なデザイナーでも、彩季の見た目はどうよく見ても高校生だ。そんな彼に自信を持っていいと言われても
なと、三浦は苦笑を浮かべるしかなかった。



 放っておけば何も食べない彩季に食事を摂らせる為に、三浦は野菜たっぷりのスープを出してやった。
肉はあまり食べないし、魚も生は駄目なようなので、とにかく栄養を摂らせようと大豆や鳥のササミなども味付けを工夫
して出してやる。
 「おいしーよ」
 「じゃあ、食べろ」
スープの受け皿にこっそりと隠されていた肉を箸で摘むと、三浦はそのまま彩季の口元に持っていく。
一瞬眉を顰めて嫌な顔をした彩季だったが、諦めたように口を開けたのでそのまま入れた。
 「どうだ?」
 「・・・・・まあまあ」
 「・・・・・」
(食べただけでもいいか)
あまり煩く言ってもどんどんと箸が進まなくなるので、三浦はある程度したら自分の食事を摂り始めた。
午後数時間、ジムでたっぷりと動かした身体はどんどん栄養を欲しがっているようで、三浦は彩季とは対照的に旺盛
な食欲をみせた。
 「・・・・・」
 彩季はどうやら食べるのに飽きたらしく、スプーンでスープをかき回していてもいっこうに口に運ぶ様子はない。
そのうち、急に思い付いたかのように顔を上げて言った。
 「ねえ、蒋」
 「んー?」
 「セックスしてる?」
 「ブッ!」
 「きたな〜い、何ふき出してるんだよ」
 「お、お前がいきなり変な事を言うからだろうが!」
子供のくせにと言い掛けて、ハッと自分よりも年上だと思い出した。
26歳の男が、24歳の男にセックス事情を聞く・・・・・それが夜酒の席ならばあるかもしれないが、まだ宵の口で、しか
も見た目はせいぜい高校生の彩季があっけらかんとそう言うのが衝撃的だったのだ。
 「変なことじゃないよ?フェロモンってあるでしょ?セックスはそれをすっごく出してくれるんだよ。人の身体を知らないと、
色気なんか出てこないよ」
 「・・・・・」
 言っていることはおかしいことではない。
三浦自身、女の身体を知った時には自分が一つ変わったと思ったし、今も身体の中の欲求が溜まるのはいいもので
はないと思っている。
しかし、それが一番激しかったのは20歳前後で、今はさほど欲しいという渇いた思いはない。
まだ24歳でそれでいいのかと思ってしまうが、ステージに立つ緊張感とジムでの運動で十分解消出来るので、それは
それでいいと思っていたのだが・・・・・。
 「・・・・・あのな、今俺には特別な相手はいないし、大きなステージの前に女遊びをするつもりもない。お前は心配す
ることないんだ」
 「・・・・・そうなのかな」
 「お前はどうなんだよ、セックスしてるのか?」
 自分を驚かし続ける彩季を逆にからかってやろうと三浦が言い返すと、彩季はきょとんとした表情になってあっけらか
んと言った。
 「僕はセックスしたことない、チェリーだよ」
 「・・・・・」
ある意味、想像出来た答えだ。
 「僕は表舞台に立つ人間じゃないし、変わる必要なんてないから全然考えたことなかったんだけど・・・・・そうだよねえ、
せっかく蒋をメインに新しいことを考えるなら、自分自身が変わる為にもセックスしても面白いかも」
 「お、おまえ、面白いかもって・・・・・」
 「ん〜、どう思う?ロビン」
隣のイスにちゃっかりと置いてある(座っているらしいが)、自称友達のウサギのぬいぐるみに話しかける彩季に、三浦は
今度こそ言葉に詰まってしまった。



 その夜。
三浦は自室のベットに横になっていてもなかなか眠れなかった。
身体が疲れているというわけではなく、夕食の時の彩季の言葉がどうしても頭の中から消えないからだ。

 「自分自身が変わる為にセックスしても面白いかも」

(そんなんで童貞捨てるか?)
 確かに、三浦の周りで26歳で経験無しという男は皆無といっていい。それがいわゆる玄人相手でも、それなりに経
験しているものなのだろう。
歳から言えばおかしくはないことなのだが、どうしても彩季の見た目が気になってしまう三浦には、その言葉はあまりに合
わない気がした。
 「・・・・・何考えてんだ、あいつは」
 ゴロッと寝返りをうってもなかなか眠気は襲ってこなくて、水を飲もうとキッチンへ行くことにした三浦が部屋から出て廊
下を歩いていると、不意にカチャッとドアが開く音がした。
このマンションにいるのは自分以外もう1人・・・・・その人物が言うには2人と1匹しかいない。
 「どうした?喉が渇いたか?」
声を掛けながら振り向いた三浦は、そこにいる彩季を見て眉を顰めた。
 「なんだ、その格好」
 てっきりトイレか喉が渇いたかで出てきたと思った彩季は、何時ものクマ柄とレース付き(袖口とズボンの裾だが)のパ
ジャマではなく、初対面に会った時に着ていたと同じようなレースとフリルをふんだんに使った、しかし黒と白が絶妙のコン
トラストを醸し出している不思議な服を着ていた。
 「ちょっと出かけてくるね」
 「どこへ」
 「ん〜、決めてないけど、人の多いとこ。ちょっとしてくるから」
バイバイと笑いながら手を振って玄関に向かう彩季を、一瞬呆気にとられて見た三浦は慌てて追い掛けた。
 「するって何をっ?」
 「セックス」
 「お前、女を抱く気か?」
 「別に、女の人が駄目なら男の人でも構わないし。僕って同性に結構モテるんだよ」
 「・・・・・そんなの自慢になるかっ」
 「ロビンも一緒だし心配しないで。じゃあ、行ってきま〜す」
 「・・・・・」
(・・・・・本気か?)
 三浦はどうしたらいいのか目まぐるしく考えた。
あの、見た目は子供だが精神的にはかなりぶっ飛んでるデザイナーは、自分を変えるという事の為にセックスをしようとし
ている。
それには普通の男女のセックスではなく男同士でも構わないという、かなり柔軟な・・・・・考えだ。
(ウサギなんか・・・・・なんの役に立つ?)
 変わった嗜好の持ち主ながら、彩季の容姿はかなり上等で、その手の趣味の男にとっては涎が出てくるかもしれない
ほどの獲物だろう。その上高名なデザイナーで金も有り余っていると知られたら・・・・・。
 「・・・・・っ」
三浦は直ぐに足を動かせ、今まさに玄関を出ようとしていた彩季の腕を掴んだ。
 「蒋?」
何と不思議そうに首を傾げる彩季に、三浦は一瞬唾を飲み込んで・・・・・やがてきっぱりと言った。
 「誰でもいいなら俺が相手をしてやる」
 「蒋が?」
 「男でもいいんだろ?それとも俺じゃ嫌なのか?」
そう言いながら、駄目だと言われる可能性もあるのだと思いついて、三浦は彩季の腕を掴む手に思わず力を入れてし
まう。
しかし、そんな三浦の懸念をよそに、ウサギを抱いたままの小さな手が三浦のパジャマを掴んだ。
 「蒋が僕を抱いてくれるの?」
 「・・・・・」
子供っぽい、しかし強烈な誘い文句に、三浦は無言のまま彩季の身体を抱き上げた。





                               






気難しい世界的トップモデル(でも受けには甘い)×ゴスロリ美少年(常にヌイグルミ持ち)こちらも世界的に有名なデザイナー。  中編です。

少し間があいてしまいましたが、前後編では無理でしたので3話完結とします。