爆ぜる感情



プロローグ







 何時ものように校門の前で立ち止まった楓は、周りにいる数人の友人達に向かってにっこりと笑い掛けた。
 「今日は家で用があるからここで。何時もありがとう」
 「そっか~、残念だな~」
 「また明日な」
 「うん、またね」
綺麗に笑う楓を見てうっとりとしている一同をそのままに歩きかけた楓は、ふと横顔に強い視線を感じて振り返った。
(・・・・・誰だ?)
何時も感じる憧憬や、青臭い欲情を抱いた視線とは違い、どこか冷たく観察するような視線は今まで感じたことはなかっ
た。
 「楓?」
 「あ、ううん、何でもないよ。じゃあね」
もう一度そう言って歩き始めた楓は、まだ背中に感じる視線に今度は振り向かずに歩き続ける。
(学校の・・・・・いや、他の組のもんか?)
纏わり付く冷たい視線に、楓は綺麗な眉を顰めた。



 日向楓(ひゅうが かえで)・・・・・高校2年生の彼は普通の高校生とは少し違った家庭環境にあった。
それは、実家が『日向組』というヤクザの組だということで、楓はそこの次男である。
つい最近、兄である雅行(まさゆき)が新しい組長を襲名し、父親は相談役として後ろに退いた。
普通ならば煙たがれ、避けられる立場にあるはずだったが、かなり昔から地元で地域と共存してきた日向組を悪く言う者
は少なく、その上、楓自身の魅力が否が応でも人を惹きつけた。
 切れ長の目に、通った鼻筋、丸みを少し残した頬に、小さめの赤い唇。
肌の色は真珠のようで、身体付きも華奢ながらしなやかだ。
頭の上から足の爪先までが全て完璧な楓は、自分のその魅力を十分利用し、学校では天使のように清らかで愛らしい
存在に、夜の街では冷たく我儘な小悪魔に、その立場によって様々に顔を変化させていた。



 ただし、ある時だけは、楓は天使にも悪魔にもならず、ただ1人の素直な少年の素顔を見せる。
それは・・・・・。
 「楓さん」
 「恭祐っ?」
 日向組若頭、伊崎恭祐(いさき きょうすけ)の前でだけだ。
彼も楓とは違う種類の秀麗な美貌の主である。
幼い頃から楓の世話係として常に傍におり、ずっと楓だけを見つめてきてくれた伊崎とは、かなりの歳の差と立場の違い
があるが恋人同士だ。
始まりは誤解からだったが、紆余曲折がありながらもお互いが思い合っていることを知り、今の楓は伊崎が忙し過ぎてな
かなか2人の時間が取れないことに不満はあるものの、長い間ずっと欲しいと思っていた伊崎をやっと手に入れて(元々
伊崎自身は楓のもののつもりだったが)幸せの最中だった。
 「お前が来たのか?津山は?」
 「丁度私の時間が空いたので代わってもらいました。嫌でしたか?」
 「まさかっ。恭祐の方がいいに決まってる」
 残酷なほどにはっきりと言い切る楓は、伊崎が若頭になってから交代で自分に付くようになった津山勇司(つやま ゆう
じ)が自分の事を想っている事を知っている。
それでも構わないと向こうが言ったので、楓の中では津山は伊崎とは違う部分で手放せない男になっていた。
もちろん、恋愛感情はないつもりだが。
 「それで?今日は何の用があったんだ?」
 「若・・・・・組長の先日の襲名の時にいらして頂いた方々からのご要望で・・・・・。私としては着飾ったあなたをあまり人
前には出したくないんですが・・・・・」
 「い~よ、それぐらいの接待。別にセックスしろってわけじゃないんだし、可愛いおじいちゃん達にお酒ついで回るぐらいど
うって事ないって。恭祐は気にし過ぎ」
 愛らしい唇から洩れる言葉は明け透けだった。
 幼い頃からその美貌を愛でられて、上層部の幹部達に可愛がられてきた楓にとっては、酒の酌など大した問題ではな
いのだろう。
それが、秘密の立場であるとはいえ恋人である伊崎がどう思うか・・・・・そこまで考えられないのは楓がまだ子供だからか
もしれないが、伊崎も言葉に出して不平不満を言う男ではなかった。
 「場所は赤坂ですが、一度帰って着替えをしましょう」
 「うん」
 頷いた楓は、ふと先程まで感じていた視線が無くなったことに気付いた。
 「・・・・・」
(何だったんだ?)
 「楓さん?」
立ち止まって振り返る楓を、伊崎は怪訝そうに見つめた。
 「何か?」
 「・・・・・変な視線を感じてたんだ」
 「視線?」
 その瞬間、伊崎の視線に殺気が生じ、素早く楓の背後を見る。
 「どんなものです?」
 「なんか、観察するみたいな視線。感情が感じられなくって、返って気持ち悪かった」
何らかの感情があればまだ対処が出来るが、ただ見ているというものに対してはどうしたらいいのか途惑ってしまう。
しかし、何より楓の安全を一番に考える男は、一瞬の内に今後の対策を決めたようだった。
 「しばらく送迎付きで我慢してください。相手が何者か特定出来ればその時点で対処が出来ますし」
 「え~、何時まで?」
 「しばらく、です」
 「つまんないよ、寄り道出来なくって」
 口では文句を言うものの、基本的に楓は伊崎の言うことに素直に従う。
それが分かっている伊崎は、頬に笑みを浮かべてそっとその腰に手を当てた。
 「出来るだけ早く対処しますから、少しの間我慢してくださいね」
楓自身も、やはりあの視線に不気味なものを感じていたのは確かだったので、あくまでも表面上は渋々という風に見せな
がらも頷いた。






                                       






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