爆ぜる感情
19
「満足した猫みたいだな」
「・・・・・なんだ、それは」
楓はニヤニヤしながら自分を見つめる牧村を胡散臭そうに見つめた。
昼休み、纏わり付くとりまきを笑顔で遠ざけ、息抜きと称して屋上に来たのだが、そこには既に先約として牧村がのんび
りと日向ぼっこをしていた。
「よお」
「・・・・・」
楓は黙ったまま牧村から少し離れた場所に腰を下ろすと、ほっとゴロッとコンクリートの上に横になる。
殺風景な屋上なのに、楓のその姿はとても優雅に見えた。
「かなり可愛がってもらったんだろ?昨日休んだくらいだからな」
「・・・・・」
全てが解決してたかが外れたのか、伊崎はなかなか楓を離さず、楓も伊崎の要求に全て応えようとして・・・・・結局2
人の身体が離れたのは日付が変わってかなり経った頃だった。
案の定楓の腰は立たず、学校を休むことになってしまったが、兄や父はウォンとのことで気疲れが出たのだろうと気遣ってく
れ、楓はかなり申し訳ない気分になっていたくらいだった。
「何だよ、黙秘か?」
「お前に教えてやる必要は無いだろ」
取り巻きにならば、もっと優しく、恥ずかしげな表情をして誤魔化すだろうが、楓の別の顔も知っている牧村に対する態
度はぞんざいだった。
ただ、牧村にしてみれば楓のその態度は特別扱いのような気がして、悪い気はしていないのだが・・・・・それは天邪鬼な
楓には秘密である。
「何かいろいろあったみたいだけど、全部終わったのか」
「・・・・・まあな」
「じゃあ、今夜遊べる?」
「今夜?」
「お前の顔を見たいって奴らが煩いんだよ。最近遊んで無いだろ?」
「・・・・・」
「な?」
「・・・・・そうだな」
(だいぶ遊んでないし・・・・・)
無鉄砲だと言われているが、これでも自分自身自粛して夜遊びは控えていたのだ。
少し、夜の空気も吸ってみたい気がした。
「また連絡する。あんまり期待するなよ」
「了解」
気紛れな楓には慣れているので、牧村はウインクをしながら軽く答えた。
(でも・・・・・遊びに行くって言ったって・・・・・夜遊び禁止中だっけ・・・・・)
帰りの車の中で兄との約束を思い出した楓は、どうしようかと眉を顰めて考える。
約束は破りたくないが、牧村に過保護だといわれるのも悔しい気がするのだ。
(チラッと顔だけ出して帰ったら・・・・・それなら兄さんにもばれないかな)
「楓さん」
「・・・・・」
「楓さん」
「あ、ん?」
運転をしていた津山は、バックミラー越しに楓を見つめながら静かに言った。
「何か、考えていらっしゃるんですか?」
「え?あ、ううん、何も」
「・・・・・退屈だとは思いますが、もうしばらくは大人しくしていらっしゃった方がいいと思いますよ。みんな、あなたのことを
思って言っているんですから」
「・・・・・分かってるよ」
「・・・・・」
「津山」
「はい」
「・・・・・ありがと」
今回のことでは津山にもかなり迷惑を掛けてしまったが、改めて謝る機会が無かった。この車の中は2人だけの空間なの
で、楓も素直に謝罪を口に出来る。
「・・・・・」
津山は一瞬目を見張ったが、直ぐに口元に笑みを浮かべると、いいえと静かに応えを返した。
津山に言われたからではないが、もう少し大人しくしていた方がいいかもしれない・・・・・そう思いながら、楓は玄関前に
停められた車から降りたのだが・・・・・。
「・・・・・?」
母屋の方で何か音がしている。同時に職人らしい男達が行き来しているのを見て、楓は何事かと首を傾げた。
今朝朝食を取った時も、誰も何も言わなかったからだ。
(雨漏り?)
広いがもう古い家は、何度か改装や補修をしていたくらいなので、今回もそうなのかも知れない。
「あ、お帰りなさい」
楓が玄関先に立っていると、丁度出てきた若い組員が頭を下げた。
「あれ、何?」
「あれ?」
「人が入ってるだろ?雨漏りかなんか?」
「ああ、あれは・・・・・」
「恭祐!!」
楓は走って母屋に向かうと、丁度職人と話していた伊崎が顔を上げて振り向いた。
「楓さん、お帰りなさい」
「風呂をやりかえるってどういうことだよ!」
「ああ、もうだいぶ古くなったので、そろそろ潮時かと思いまして」
「・・・・・っ」
(何笑ってるんだよ!)
銭湯ほどもあるこの風呂は楓のお気に入りで、幼い頃からことある毎に入っていた。その風呂を壊してまた新たに作り直
すなど、まるで思い出を壊されるようで我慢が出来ない。
「中止しろ!父さん達には俺から言う!」
「・・・・・オヤジも組長も、快く賛成してくれましたよ」
「嘘!」
「大きな虫が出入りするような穴のある所は、修理するよりも始めから作りかえした方がいいと。・・・・・楓さんならお分
かりでしょう?」
「・・・・・!」
(ここから俺が抜け出したこと言ってる・・・・・っ?)
先日のウォンの時だけではなく、度々夜遊びに出る為にこの風呂を利用していたことを伊崎は知っていたのだと分かり、
楓は顔を真っ赤にしてしまった。
「お出掛けは玄関からお願いしますよ、楓さん」
これは、伊崎から楓に対してのお仕置きなのだろう。
今まで知っていたはずのこの抜け道を今更壊すとは・・・・・楓には見せないようにしていたようだが、今回の事は伊崎にとっ
てもかなり大きな出来事だったようだ。
「・・・・・っ」
何も言えない楓は、眉を顰め、唇を噛み締めたまま伊崎に背を向ける。
その楓に、伊崎は追い討ちをかけるように言った。
「宿題は忘れないように」
「!ガキじゃない!!」
(恭祐の奴、恭祐の奴・・・・・っ)
楓は拳を握り締め、ズンズンと歩く。このまま伊崎の思い通りになるのはシャクだ。
(絶対に抜け出してやるから!)
伊崎の先手は、楓にとっては絶対に乗り越えなければならない新たな壁になってしまった。
「・・・・・恭祐の馬鹿っ」
そして・・・・・拗ねた楓によって、しばらく楓の部屋から締め出されることになるのを、今の伊崎はまだ・・・・・知らなかった。
end
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終わりました(笑)。
本当はもう少し短くするつもりでしたが、予定より少し長くなっちゃいました。
相変わらずの女王様、楓を久し振りに書けて、私個人としては楽しかったです。