光の国の恋物語





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 光華国の王と、四兄弟。
そして、今日式を挙げたばかりの皇太子妃と、それぞれの恋人達。
 本来は大広間の中で来客相手のもてなしをしていなければならないはずなのに、皆がそれを言わなかった。今はここに、この家
族で一緒にいることが大切だと思っているからだ。

 「父上もお認めになられたし、莉洸の挙式は早くなるかもしれないな」
 洸竣が言うと、洸聖は少しだけ眉を顰める。しかし、それはどこか芝居がかったものに見えて、隣にいる悠羽は笑みを隠すのが
大変だった。
 「約束は約束だ。そうですね、父上」
 「そうだ。蓁羅の王も覚悟は出来ておろう?」
 洸聖の言葉にのるように、洸英も少しだけ胸を張って鷹揚に言った。
 「・・・・・そうなのですか?」
しかし、莉洸の悲しそうな眼差しを受けると、洸英は直ぐに違うぞと言いながら莉洸を抱きしめる。
 「既に皆、お前と稀羅王のことは認めておるのだ」
 「ほん、とうに?」
 「ああ。ただ、私達がお前をまだ手放したくないだけだ。光華国の王子、莉洸ではなく、蓁羅の王妃、莉洸となることが寂しいの
だよ、莉洸」



 「王は、本当に莉洸様に甘いんだ・・・・・」
 思わず呟くように言った黎は、慌てて自分の口を塞いだ。今の自分の言葉が大変不敬なことだと自覚したからだ。
しかし、一度口から出た言葉は消えることはなく、また、そこには黎以外の人間も多くいて・・・・・。
 「莉洸様はお身体が弱いお子様だった。洸英様にとっては、今だに莉洸様は幼子のように見えているのかもしれない」
 「あ・・・・・」
 黎の疑問に答えるかのように、少しだけ笑みを含んだ口調で言ったのは和季だ。
黎にとっては、これまであまり接点のない相手だが、王である洸英にとっては大切な人だと洸竣からも聞いているので、自分の言
葉を聞かれたことへの焦りと、急に話し掛けられたことへの緊張で、知らずに顔が真っ赤になってしまった。
 「も、申し訳ありませんっ」
 「ん?」
 「王に対して、た、大変失礼なことを・・・・・っ」
 「構わない。そなたは洸竣様の大切な存在なのだろう?洸英様にとっては新たな息子となるかもしれない方の少々のたわごと
に、大人気なく目くじらなど立てないだろう」
 「・・・・・っ」
(そ、そんな時が、本当に来るんだろうか・・・・・)
 洸竣も、そして、周りも、自分達のことを認めてくれている。当初は戸惑う思いがほとんどだったが、今では・・・・・黎も少しだけ、
そうなったらいいなという未来を考えるようになった。
(あの方を支えられるように・・・・・この国で、皆が幸せになれるように、僕もお手伝いできたら・・・・・)
 「黎」
 「は、はい」
 名前を呼ばれ、黎は慌てて和季を見つめる。綺麗に整った和季の頬には、綺麗な笑みが浮かんでいた。
 「洸竣様のことを頼むよ。あの方は何時もにこやかに笑っておられるが、本当は洸聖様以上に真面目で、傷付きやすい方だ。
あの方が何時も笑っていられるように、しっかりと支えて欲しい」
 「・・・・・はい」
素直に頷くことが出来た黎は、そう出来るようになった自分が嬉しかった。



 「サランと洸莱がなんて・・・・・とても驚いたけれど、こんなにもはっきりと洸莱が口にするならとても深い想いからだと分かるから。
サラン、洸莱をよろしく頼みます」
 「・・・・・はい」
 静かに頷くサランの感情は相変わらず読めないが、それでも自分がこの国にいた頃のサランから比べればさらに綺麗に、そして柔
らかい雰囲気になったと思う。
(サランの方が随分と年上だけれど、洸莱には合っているのかも)
 弟ながら、育ってきた環境のせいか妙に大人びている洸莱。そんな洸莱には、同じ年頃の姫よりも、少し年上の落ち着いた相
手が似合うのかもしれない。
 ただ、自分だけに懐いていた洸莱の眼差しがサランに向けられるのはやはり少し・・・・・寂しい気もした。
 「莉洸様」
 「え?」
そんな莉洸に、サランが声を掛けた。
 「洸莱様にとって、莉洸様は何時までも特別な存在です」
 「と、特別?」
 「ええ。兄弟の絆は永遠。とても・・・・・羨ましいです」
 「サラン・・・・・」
 考えてもいなかったこと、いや、あまりにも当たり前だった兄弟という言葉に、莉洸は改めて気付かされた思いだった。
今日、洸聖と悠羽が結婚し、洸竣も黎という相手を見つけ、洸莱はサランという伴侶を得ている。そして、自分自身も、再び愛
しい稀羅と共に、蓁羅へと帰っていく。
それでも、自分達の兄弟という絆は永遠なのだ。
(寂しいなんて、思ってはいけないのかもしれない)



 サランと莉洸が何を話しているのか分からないが、洸莱は自分の好きな(それぞれ意味が違うが)2人を見ていることが楽しかっ
た。
これまで、この国にとって自分という存在がそれ程必要とされていないと思っていたが、そうでもないのかもしれないとようやく実感し
ている。莉洸以外の兄達も、そして父も、ちゃんと自分という存在を受け入れて、愛してくれていると思う。
(サランのことを想うようになって、私も心に余裕が出来たのかもしれない)
 「洸莱様」
 「・・・・・悠羽殿」
 「あの、ここで言うことではないかもしれないんですが・・・・・」
 何時も明るく、穏やかな雰囲気の悠羽だが、今日は可憐に化粧をしているせいか、全くの別人のように感じてしまっていた。
しかし、もちろん変わったのは外見だけで、内面は何時もの悠羽だ。
 「もしも、サランが子供を産めなくても・・・・・何時までも愛おしいんでくださいね。サランはもう、あなたを受け入れ、愛しているの
ですから」
 「・・・・・もちろん」
 「洸莱様」
 「一生、サランを愛し、共に生きていくことを誓う。悠羽殿、あなたも傍で見ていて下さい」
 「・・・・・はいっ」
 悠羽はしっかりと頷き、洸莱に向かって深く頭を下げてきた。
主人として召使いの未来を心配するというよりも、本当の兄弟を思うような悠羽の気持ちが、同じ相手を大切に想う者として嬉
しい。
 「悠羽殿、洸聖兄上がこちらを見ている」
 「あっ」
 洸莱の言葉に悠羽は振り向き、嬉しそうに笑って、再び自分の方へと向き直った。
 「今日からは本当の兄弟ですね、洸莱」
 「・・・・・はい、義姉上」
 「名前で呼んでくれて構わないよ」
じゃあと言いながら、洸聖のもとへと走っていく悠羽を、洸莱は穏やかな気持ちで見送った。






 「どうだ、悠羽」
 「・・・・・ぅわ・・・・・」
 美しい朝日を真正面に眺め、悠羽は無意識の内に声が漏れた。
その様子から、この光景の美しさを感じてくれているのは十分に分かり、洸聖も眼差しを真正面に向けたまま、しっかりとその肩を
抱き寄せる。
 「自分が光華国の人間になったという実感は湧いたか?」
 「・・・・・まだ、です」
 「悠羽?」
 「昨日の今日で、まだはっきりとした実感はないんですが、でも・・・・・この光景を洸聖様と・・・・・いえ、皆と一緒に見れたことが
とても嬉しいです」
 悠羽の言葉に、洸聖は自分の隣に視線を向けた。
そこには父の他、洸竣、莉洸、洸莱の他、和季、稀羅、サラン、黎が、それぞれにとって一番大切な者に寄り添いながら同じ光
景を見つめている。
 出生も、その立場も全て違うのに、こうして同じ光景を見ることは奇跡だ。しかし、その奇跡は偶然の産物ではなく、それぞれが
涙を流し、努力して引き寄せたものだ。
 「悠羽」
 「・・・・・はい」
 「愛している」
 「・・・・・え?」
 改めて言うのは恥ずかしいが、どうしても今、この言葉を伝えたかった。
 「神の前で誓ったが、この光華国の美しい太陽の前でも誓おう。私はお前を一生愛し、守り、生きていくことを誓う」
 「洸聖様・・・・・」
 「お前は?どうだ、悠羽」
そこで、ようやく洸聖は悠羽に視線を向けた。
悠羽は少し俯いていて、華奢な肩を震わせている。泣いているのかと思ったが・・・・・不意に顔を上げ、自分の方を見た悠羽は、
瞳を潤ませながらも泣いてはおらず、精一杯の笑みを向けて言った。
 「私も、あなたを愛しています」
 「悠羽」
 「一緒に、生きてください」
 「・・・・・ああ」
 洸聖はそのまま悠羽に顔を寄せ、そっと唇を重ねる。
それは、この先長い未来、ずっと共に生きていくという、互いにとっての誓いでもあった。






 光と華の国、光華国。
その国に咲いた、5つの花。
 その花々は形も、色も、香りも、それぞれに違うものであったが、多くの人々に愛でられ、この先永遠に枯れることなく、鮮やかに
咲き誇り続けた。




                                                                      end




                                                             





これほど長く続けるとは思わなかったのですが、それぞれの恋人同士を無事にくっつけることが出来てホッとしています。
この先番外編など書くこともあるかもしれませんが、一応ここで一区切りをつけたいと思います。
長い間、お付き合いいただいてありがとうございました。