光の国の恋物語





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 夜が明けるまでは宴席にいなければならない悠羽の姿が見当たらなくなった時、洸聖もいなかったので2人は一緒なのだろう
と思った。
 2人きりの時間を邪魔してもいいのかどうか悩んだが、このままずっといないとなると後々何か言われかねないと、サランは今話
していた奏禿の王夫妻・・・・・悠珪と叶に、その場を辞する言葉を言って悠羽達を捜すことにした。
 「サラン」
 そこに現れたのは洸莱だ。
式の前、顔合わせをしたので互いに見知った洸莱と悠珪と叶は、目線を合わせてお互いに頭を下げた。
 「どうかしたのか?」
 「悠羽様を捜そうと思いまして」
 「・・・・・それならば、私に心当たりがある。案内しよう」
 「よろしいのですか?」
 頷いた洸莱はそのまま背中を向けて歩き掛けたが、ふと・・・・・足を止めて、こちらを見ている悠珪の前に再び歩み寄ると、一
礼してから切り出した。
 「近いうちに、奏禿にお伺いしたいと思っています」
 「我が国に?」
 どうして光華国の四男がそう言うのか、さすがに悠珪は分からずに聞き返す。サランも、洸莱が何を言おうとしているのか分から
なかった。
 「はい、結婚の申し込みをするには、相手の両親に申し出るものでしょう。サランの親代わりはあなた方だと思いますので」
 「・・・・・結婚?」
 「洸莱様っ」
 何を言うのだとサランは洸莱を止めようとしたが、洸莱は驚いたような表情をしている悠珪に向かって更に言葉を継いだ。
 「そうです。直ぐにとは言いませんが、私はサランと結婚したいと思います。2人でなら、家族をつくれると思うんです。お許しを頂
くためなら何度でも伺う覚悟でおりますので・・・・・どうか、話だけはお聞き下さい」
 「サラン・・・・・今の話は本当なのか?」
 「悠珪様・・・・・」
母親に捨てられた自分を見付けてくれたのは叶と小夏だが、王宮に引き取ってくれ、家族というものを感じさせてくれたのは王であ
る悠珪の寛大な気持ちのおかげだ。
その、親代わりといっては申し訳ないほどに大切な人々にずっと心配をさせていたという自覚があるサランは、ここで言葉をごまかし
てどうするのかと自問自答した。
愛する人を、未来を共に生きようと思える相手に出会えたことを、大切な人々にはきちんと伝えておきたい。
 「・・・・・はい、悠珪様。私はこの洸莱様と・・・・・共に生きようと思っています」






 「お前、もう結婚の申し込みをしたのか?」
 先程の出来事を兄達に伝えると、長兄の洸聖は呆れたように呟き、洸竣は笑いながら遠慮なく肩を叩いてきた。2人の兄は対
照的な表現をしているものの、その目が笑っているということは分かる。
洸莱は、まだ先のことですけれどと断りながらも、世継ぎのことは心配なさらないでくださいと言った。
 上の3人の兄達の伴侶(と、その予定者)は、皆同性であり、この先のことを考えると、光華国の将来を憂う者も出てくるかもし
れないが、自分とサランの間には必ず子が生まれる・・・・・洸莱はそう信じていた。
 「ああ、お前に期待している」
 次代の王になる洸聖はしっかりと頷き、
 「たくさん生まれたら、1人くらい私の養子にくれないかな」
などと、洸竣は言ってくる。もちろん、冗談だとは分かっていたが、洸莱はきっぱりと首を横に振った。
 「駄目です」
 「頭が固いなあ、洸莱は」
そう言う兄が柔らか過ぎだと思うが、さすがにそれを言うのは止めておこう・・・・・そう思っていた洸莱の耳に、
 「あー!みんなここにいたんだ!」
怒ったように、いや、それ以上に弾んだ声に、洸莱は直ぐに視線を向けてその名を呼んだ。
 「莉洸」



 「あ、洸莱?」
 普段公の席に顔を見せることが少ない莉洸なだけに、こういう時には引っ張りだこになるのが普通だった。
しかし、今日は違う。莉洸の後ろに影のように付いてきている蓁羅の王を皆怖がり、遠巻きに見ているだけでなかなか声を掛けて
は来なかった。
 自分のせいだと分かっているらしい稀羅は、先程すまないと短く言ってくれたが、莉洸としては見慣れない人々に次々と声を掛
けられ、それに答える心労を考えれば随分と気が楽だった。稀羅が恐れられているのは申し訳なかったが。
 「どうした?」
 「洸莱とサランが出て行くのを見掛けて・・・・・」
 そう言いながら何気なく辺りを見回せば、目に見える範囲では今日の主役である洸聖と悠羽も、ずっと女性達に言い寄られて
いた洸竣の姿もない。
(・・・・・黎も、いない?)
 皆が皆、揃ってどこに行ったのかと考えた莉洸は、ふと頭の中に浮かんだ場所があった。
 「稀羅様っ」
 「どうした?」
 「光華国の特等席にご案内します!」
 「特等席?」
美しく華やかな光華国。この愛すべき母国の中でも一番美しい風景が見れる場所が直ぐ近くにある・・・・・莉洸はすぐ頭の中に
その場所が浮かんだのだ。



(・・・・・見事な光景だな)
 白々と開けてきた夜空。眼下に広がるその風景は、まさに花と光の国と讃えられるのに相応しく、美しく、繁栄していることが分
かった。
(この国に追いつくのは、まだ当分先だろうな)
 多分、自分が王座に就いている間も敵わないということは分かっているが、自分の後に続く者達が、きっとこの光の国に負けな
い国をつくってくれると思う。そのために自分は礎になるのは構わなかったし、その隣にいる人物が、きっと自分の支えになってくれる
だろうと信じられる。
 「稀羅様!」
 兄達と話していた莉洸が、景色を見ていた自分の傍に駆け寄ってきた。
 「皆、朝日をここで見るつもりなんですって!私達も一緒に見ませんか?」
 「・・・・・」
その言葉に直ぐには頷かず、稀羅は洸聖を見る。
 「私も、いいのか?」
 「・・・・・あなたも、私達の家族ですから」
 「・・・・・それは、嬉しい言葉だな」
 皮肉ではなくそう言うと、洸聖も笑みを浮かべている。

智(ち)の第一皇子と。
艶(えん)の第二皇子。
楽(らく)の第三皇子に。
剛(ごう)の第四皇子。

どの皇子も国を誇る存在だとして、世界にその名をとどろかせている光華国の四兄弟の中に、蔑まれ、恐れられた自分も加わっ
ている。
 いや、その中の尊い1人を自分のものにしているのだ。稀羅は自分だけを見つめてくれる美しい目の王子に微笑み掛けると、強
くその肩を抱き寄せた。



 「兄上」
 「ん?」
 「もう、誰も来ないと思いますか?」
 洸竣の言葉に、洸聖は一時だけ間を置いて、いいやと答えた。自然にその眉間に皺が寄ってしまうのは、こういう時に来客をも
てなすべき者が、一番の遊び人だということを知っているからだ。
 「じきに来られるだろう」
 「新しい義母上を連れて来られますかね」
 「あの方1人だけだったら追い出してやる」
 「洸聖様?」
 洸聖と洸竣の会話の意味が分からなかったらしい悠羽は首を傾げるが、その意味は間もなく聞こえてきた笑い声によって直ぐに
分かっただろう。

 「おいおい、お前達。そろいも揃って客人を放り出してくるというのはどういうことだ?」
 「・・・・・それは、あなたにも言えることですよ、父上」
 「私は、せっかくの素晴らしい夜明けを、一番愛しい者と共に見に来ただけだが」
 何を言っても、この豪快な父には全く意味は無いのかもしれない。その父を、たった一言だけでただの男にしてしまう存在は、大
きな背の後ろに静かに佇んでいる。
ただ、何時もは能面のように表情の無い顔に、苦笑が浮かんでいるのが見えて・・・・・洸聖は、世話をかけますと思わず言ってし
まった。この先、式は挙げずとも、この人が・・・・・和季が、父の伴侶だということは間違いが無いからだ。
 「・・・・・いいえ、そのお人柄も、愛しく思っていますから」
 「・・・・・」
 そんな思い掛けない和季の惚気の言葉に、父が動揺し、僅かに顔を赤らめたことは、4兄弟だけではなくその伴侶達も皆、気
がついていた。






                                                       






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