学校から帰ってきた芳野聖(よしの ひじり)は、玄関に並んである靴を見て一瞬動きを止めてしまった。
(もう帰ってきてる?)
学生である亘(わたる)は分かるが、会社を経営している高須賀(たかすが)がこんな夕方から帰宅しているのは珍しい。何時も
とは違う行動に何かあったのかと心配になった聖は、急いで靴を脱いでリビングへと向かった。



 この春、高校に進学した聖が、込み入った事情で同居をしている高須賀(たかすが)家。
家長であるトップ企業家の42歳の高須賀圭史(たかすが けいし)と、その長男で、今年大学4年生という立場と、自分でたち
あげたコンピューターソフト会社の役員という立場の亘(わたる)。
 ごくごく、平凡・・・・・と、いうよりは物静かで大人しく、母親に似た色白の肌と柔らかな面差し、そして片頬に出来るエクボのせ
いで幼く見える聖は、自分とは違う生活力が旺盛で男らしい2人にいまだひけ目があり、数ヶ月一緒に暮らしているのだがまだま
だ慣れない。

 なぜか、男の聖に対して悪戯を仕掛けてくる2人に対して、世話になっている負い目からか嫌だと大きな声で言うことも出来な
かったが、人間というものは慣れてくるもので、聖は春から通い始めた学校のことでも忙しい日々が続いていたので、最近は出
来るだけ彼らの悪戯を気にしないようにしていた。



 「あ、お帰り」
 「お帰り」
 「た、ただいま」
 リビングに行くと、2人共ソファに座っていた。
高須賀は仕事をしているのかノートパソコンを開いていて、亘は何やら荷物を開こうとしている。
(・・・・・変わった様子は・・・・・ない、みたい)
 見た感じでは何時もの2人だと思いながら、聖は先ず、本来はこの時間にはいないはずの高須賀の方に視線を向けた。
 「あの、今日は早かったんですね」
 「ああ、待ちきれなくてな」
 「え?」
 「今日、荷物が届くはずだった」
 「それが、これ」
高須賀の言葉を受け継いで答えた亘が、今手にしていた箱を揺らした。
一抱えもある大きさだというのに、中身はどうやら軽いもののようで、亘はたいして重さを感じさせないというように持っている。いい
大人の高須賀が荷物を待っていたというのが子供っぽく感じて、聖は思わず笑ってしまった。
 「何か、お取り寄せしたんですか?」
 どんな食べ物だろうと思って訊ねれば、なぜか高須賀と亘は視線を交わして・・・・・にやりと笑みを浮かべる。なんだか、嫌な予
感がしてしまった。
 「食いもんじゃない、服だ」
 「ふ、服?」
 「お前の服。明後日、着るためのな」
 「・・・・・明後日?」
 繰り返して呟いた聖は、やがてあることに思いついて、あっと声を上げてしまった。
(俺の、誕生日だ!)
5月20日。それは、聖の16回目の誕生日だ。
去年の末から色々あって、今でも毎日を過ごすのが精一杯で、自分の誕生日のことなどつい忘れてしまっていた。元々ゴールデ
ンウィークの後ということで、友人達からも忘れられることは多かったが、母はちゃんと・・・・・。
 「・・・・・」
そこまで考えて母のことも思い出してしまった聖は、唇を噛み締めて俯いた。




 「聖」
 自分の言葉に誕生日のことを思い出したらしい聖。しかし、その直ぐ後に悲しそうな表情になったのは、きっと母親のことまで思
い出したからだろう。
(全部、忘れちまえばいいものを)
 傍におらず、自分を捨てて男と逃げた母親など忘れてもいいと思うが、優しい聖はドライな自分とは違うのだろう。
 「・・・・・」
自分の言葉で苦い思いをさせて申し訳ないと思い、高須賀はソファから立ち上がると、まだリビングの入口に立ったままだった聖
の傍まで歩み寄って抱きしめた。
 「聖」
 「・・・・・だ、大丈夫ですよ」
 言葉ではそう言うくせに、声は少しくぐもっている。高須賀がそんな聖を宥めるように抱きしめた背中を摩ってやっていると、自分
達の様子を面白くなさそうに見ていた息子の亘が苦々しく口を挟んできた。
 「父さん、抜け駆けは」
 「禁止、だろ?」
 そんなことは分かっている。高須賀にとったら、今のは悲しむ子供を慰めていたようなものなのだが、恋する男にはそんな父親の
ような行動にも嫉妬というフィルターが入った目で見てしまうのだろう。
 それでも、これ以上聖を抱きしめていると、ますます亘の機嫌が悪くなっていくのは分かりきった話なので、高須賀はやれやれと
いうように溜め息をつきながら聖を解放した。
 「まあ、それでだ、俺達からお前にプレゼントを用意したんだ」
 「プ、プレゼント?」
 「そうだよ、聖君、ほら、これ」
 亘もソファから立ち上がり、自分を押し退けるようにして聖の前に立つ。今は可愛い息子に譲ってやろうかと、高須賀は少し身
を引いて、聖がどんな反応を見せるのか楽しみに見ていた。




(全く、年寄りのくせに油断がならない)
 自分もある程度遊んできたという自負がある亘も、歳の分だけ父親に負けているということは分かっていた。それでも、聖に関し
ては譲れず、亘は筋肉質な父親の身体を押し退けた。
 「開けてみて」
 「は、はい」
 亘がそれを床に下ろすと、聖もその場に膝を付く。そして、物語の中に出てくるような大きなリボンを解く頃になると、その瞳には
戸惑いよりも期待感が色濃くなっていた。やはり、プレゼントというものは嬉しいものらしい。
 「なんだ・・・・・え?」
 「どう?」
 「ど、どう、って・・・・・」
 じっと箱の中を見つめていた聖は、戸惑ったように亘を見つめてきた。
 「これ・・・・・ドレス、ですよ?」
 「そう、ウエディングドレス」
 「ウ、ウエ?」
そう、どう見ても箱の中身は結婚式の時に花嫁が着るウエディングドレスとベールが詰まっていて、その上には、これも女性用の踵
の高い、臙脂色のハイヒールまで置かれている。
 「やっぱり初夜には、花嫁はウエディングドレスを着ていて欲しいんだよねえ。ね、父さん」
 「俺達がお前に似合うだろうと思って作らせたオーダーメイドだ。ま、俺としては、もう少し胸が開いていてもいいかとも思うんだが、
亘がそれじゃダメだと煩くてな」
 「当たり前。花嫁は清楚なイメージが一番なんだよ。その代わり、ハイヒールの色もヒールの高さも、父さんの希望通りにしただ
ろう?」
 「それに関しては、お前だって反対しなかったじゃねえか。まんま、赤っていうのは下品だしな、大人の男はその色の方が燃えるん
だよ、違うか?」
確かに、それは亘も感じていたので、こうして反対しなかったのだ。
 「どう?聖君、気に入った?」




 「どう・・・・・って?」
 聖は箱の中を見つめ、続いて顔を上げて高須賀と亘の顔を見つめた。
(何考えてるんだ?この人達・・・・・)
日頃から、高須賀も亘も聖のことを花嫁だ、恋人やらと言い、際どい悪戯もされてきたが、それでも聖は心のどこかでそれが冗談
だと思っていた。
 男である自分が花嫁になれるはずがない。仮にも相手は自分の母親と結婚しようとした人と、義兄になるからと優しく笑って挨
拶をしてくれた人なのだと、聖はどんなに悪戯をされてもそう信じていたのだが・・・・・。
 「・・・・・本気、ですか?」
 「もちろん、本気」
 「・・・・・高須賀さん、も?」
 「ああ、欲しいって言わなかったか?」
(・・・・・言われたような気はする・・・・・けど)
誰が本気にするだろうか?
 「明日の夜から準備をするぞ。お前はそのウエディングドレスを着て、俺達の花嫁になる。0時を過ぎて16歳になった瞬間、お
前を本当の意味で抱くつもりだ」
 「・・・・・っ」
 高須賀の言葉をそこまで聞いた聖はパッと立ち上がり、そのまま2階の自分の部屋に駆け上がった。
追いかけてこられるかもしれないと思って直ぐに鍵を閉めたが、廊下には2人がきた様子はない。息を詰めて気配を窺っていた聖
は、やがてドアに背をあててズルズルとその場にしゃがみ込んでしまった。
 「どうしよう・・・・・」
(高須賀さんも、亘さんも・・・・・本気なんだ)
 このままここに隠れていても確実に時間は経ってしまうし、逃げたとしても・・・・・いや、母親が行方不明になっている聖には、逃
げ込む場所はどこにもないのだ。
 「花嫁・・・・・俺が?」
(高須賀さんと亘さんと・・・・・本当に2人と結婚する?)
 そう考えた途端、聖は背中がゾクッとした。
 「え・・・・・?」
それは、恐怖のためではなかった。男の、それも2人との結婚を迫られているというのに、聖は当初感じた時より・・・・・母親の代
わりに女装して高須賀と式を挙げ、その後亘も交えて悪戯された時とは、確かに感情が違っていた。
 あの時は本当に嫌で嫌で仕方が無かったというのに、数ヶ月一緒に暮らしてきて、何時しか聖にとってあの2人の存在は、心の
中に深く入り込んでいたのかもしれない。
 「・・・・・嘘」
聖は両腕で、自分の身体を強く抱きしめた。




 バタバタと階段を駆け上っていく聖の後ろ姿を見ていた亘は、同じようにそちらに視線を向けている父を呆れたように見つめた。
 「父さん、少しは言葉を考えたら?」
 「どんなに誤魔化したって、やることは一緒だろ」
 「それはそうだけど、あの子は僕達と違って繊細なんだよ。いきなり予告のように抱くと言って、このままこの家にいると思う?」
 「いるな」
自信たっぷりに父はそう言うが、いったいその自信はどこからくるのだろうと思う。もういい加減落ち着いてもいい歳だろうに、男の
色気を垂れ流しにして・・・・・。
(ホントに、迷惑なんだよね)
 「その根拠は何?」
 「人生経験だ」
 「単に歳食ってるだけじゃない」
 「いい歳のとり方してるんだよ、俺は」
 「自分で言うから頷けないんだけど」
 それでも、亘も漠然とだが父の言葉を信じることが出来る気がした。聖のあの様子は、逃げ去ったというよりも、大きな動揺を
感じたといったふうに見えたからだ。
(もしかしたら、本当に・・・・・)




 高須賀はニヤッと口元を緩めた。数ヶ月、目の前にぶら下がっていた極上の肉が、ようやく口の中に入る・・・・・そんな獣になっ
たような気分だ。
(聖は、絶対に俺達を受け入れるはずだ)
 始めは自分達のことを受け入れてはいなかったということは分かっているが、この数ヶ月で聖の心境は確実に変わってきた。
懐柔するつもりだったかどうかは、まあ一応大人の知恵という奴だ。
 「楽しみだな、亘」
 「どちらが先かはちゃんと決めるよ」
 「あー、何度も言うな」
 「言っておかないと、父さんさっさと食っちゃいかねないから」
 「先を越される奴が悪いんだよ」
 幾ら可愛い息子とはいえ、欲しいものを譲ってやるつもりはない。大体、こうして共有しようとするだけでも、高須賀にとれば大き
な譲歩だった。
(ふふ、楽しみにしてろよ、聖)
 ゆっくりと慣らしてきた身体は、柔軟に自分達を受け入れるはずだ。後は、2対1という変則的なセックスを、歳の割には保守的
な聖が受け入れることが出来るかどうか。
 「どっちにしろ、もう待たないがな」
この自分が、ここまで待ったのだ。それだけでも聖は特別な存在なのだと、高須賀自身新鮮な気持ちで明日という時間を心待ち
にしていた。