目が覚めた時、聖の視界には肌色の壁が映った。
(・・・・・これ・・・・・何?)
起き抜けのぼんやりとした思考ではそれが何なのか分からず、聖は確かめるために手を伸ばす。
(・・・・・温かい・・・・・?)
 「なんだ、朝から誘ってるのか?聖」
 「・・・・・え?」
 頭上から聞こえる笑みを含んだ甘く響く声に、聖は何の躊躇いも無く視線を上げて、その瞬間目に映ったものに身体が強張っ
てしまった。
 「た、高須賀さん?」
 何時もは綺麗に整えられている髪が乱れているものの、顎髭のある色気たっぷりの大人の男である高須賀の容姿には全く遜
色は無く、返って何時もよりも若く感じてしまうほどだった。
 その高須賀は上半身裸のまま、聖の頭を抱くようにして腕を回している。いったいどんな体勢なんだと考える前に、聖はパッと身
を引こうとした。
 「・・・・・っ」
 しかし、大きく動こうとした身体の下半身に鈍痛が走り、思いのままに動かすことは出来ない。その上、
 「聖君、急に動いたら身体がまだ痛いんじゃない?」
 「!」
背後から聞こえる声の主は、振り向かなくても分かった。いや、今その声を聞いた途端、後ろから自分の腰を抱いている手の存
在に気付いてしまったのだ。
(わ、亘さんが、どうして・・・・・っ)
もちろん、ピッタリと背中に寄り添うその感触からも、背後の人物も素肌であるということは分かって・・・・・。
 「・・・・・っ」
 頭の中はパニックのように様々な思いが渦巻いているが、それと同時に、霞が掛かっていた記憶も戻ってくる。
聖は夕べ、2人の前で曝け出してしまった自分の痴態を次々に思い出してしまうと、羞恥のあまりこのまま布団の中にもぐってし
まいたくなった。



 どうやら、聖は夕べのことを覚えているらしい。高須賀はにやりと口元を緩めた。
二対一のセックス、それも聖にとっては初めてのセックスであまりにも強い刺激に、もしかしたら記憶を飛ばしている可能性もあるか
もしれないと思っていたからだ。
 それを許さないように、自分も亘も、そして聖も服を着ないまま、事後の後取り替えたシーツに横たわって眠ったのだが、そんな
ことをしなくても意外に聖の順応性は高いようだ。
 「身体は痛むか?」
 「え、あ、あの・・・・・」
 「俺も亘も出来るだけ無理をさせないようにしたつもりだが、それ以上にお前の身体は利口だった。抵抗するより受け入れる方
が気持ち良いと分かっていたようだし」
 「・・・・・っ」
 俯く聖の頬が真っ赤になっている。
(可愛いな)
初めて身体を重ねた後の初々しい色香が存分に感じられ、高須賀はこの上も無く幸せな気分だった。
 もちろん今まで経験してきたセックスも快感はあったし、楽しかったが、無垢な身体を全て自分のものにしたという征服感は、今
回が一番強いような気がする。
 この歳になって、久し振りに感じた肉欲と愛情を同時に感じる相手。亘というお邪魔虫はいるものの、高須賀は一度手に入
れたこの身体を手放すことなど考えられなかった。



 腰に回した手の平に、聖の感情の揺れがダイレクトに伝わってくる。
身体を重ねた後も、怯えや嫌悪感といったものは感じられないが、緊張しているのはよく分かった。
 「聖君」
 昨日、何度もキスをした綺麗な背中に、亘は唇を寄せた。
聖の身体中自分が付けた痕が・・・・・いや、面白くはないが、父親も同じように付けているので、その数は本当に身体の隅々の
まで渡っている。
 そのどれもに聖は感じて甘い声を上げていたことを思い出し、亘は起き抜けの自分のペニスが反応してしまったことを自覚した。
出来ればこのまま聖を組み敷きたいと思うものの、昨日男を受け入れたばかりの聖のそこは、身体を洗ってやる時に見たが、まだ
赤く腫れているはずだ。
 自分と父親のペニスを受け入れて切れていないだけでも凄く、この甘い身体は自分の、自分達のためにあるのだと亘は確信を
した。
 「今日はゆっくり休んでいたらいいよ」
 「・・・・・でも」
 「僕が大学を休んで家事をするから」
 「・・・・・亘さん」
 家事、というよりも、聖の看病だ。身体をドロドロに体液で汚しながらセックスをするのも楽しいが、控えめで大人しい聖をこれ
でもかというほど甘やかすのも楽しい。
(数ヶ月でも、兄としての感情が育ったのかもな)
 普通の兄弟ならばセックスなどしないだろうが、幸運にも自分達は今のところ赤の他人だ。身体を重ねることに何の躊躇いもな
いし、仮に本当の兄弟だったとしても無かったと思う。
それだけ恋は盲目なんだなと、初めて本気の恋愛をしたという自覚のある亘は、ギュウッと聖の身体を抱きしめた。



 「と、とにかく、服・・・・・着させて、下さいっ」
 夕べ自分達が何をしたのか、全員全裸のままでは嫌でも思い出してしまうと、聖はそう懇願した。
もしかしたらこのまままた、組み敷かれるかもと内心ビクビクもしていたが、高須賀も亘もそんな気持ちはないらしく、競うように聖の
身体に下着とパジャマを着せてくれる。
 まるで子供のようで情けないが、実際手伝ってもらわなければ鈍く痛む身体は自由にならず、聖は何度もすみませんと謝ってし
まった。
 「気にするな、聖。お前の世話をすることが楽しいんだ」
 そう言いながら、高須賀は全裸のままバスローブを羽織っている。
 「そうだよ、今日は王子様気分でいて」
亘も、笑いながらパジャマのズボンを穿いている。
 しかし、聖はどちらの姿もまともに見れなかった。それは2人共の身体が・・・・・下半身が、明らかに反応しているのを見てしまっ
たからだ。
(あ、朝だからだっ、う、うん、そうに決まってる!)
 けして自分に対して欲情を感じているわけではなく、朝の男の生理現象なのだと言い聞かせながら、聖は心配になって自分の
下半身を見下ろし・・・・・ホッと息をついた。
(・・・・・良かった、勃ってない)







 今日は一日ベッドで寝ているようにと言われたものの、昼を過ぎる頃にはどうにか身体も動かせるようになっていた。
まだ股関節は無理に広げられたのでガクガクしているし、あそこには今だ何かを含んでいるような違和感を感じるものの、それでも
動けないほどではない。
 セックスのせいで学校を休んでしまったという負い目もあり、聖は亘が運んでくれた昼食の皿を下げるために、そろそろと階段を
下りていった。
 「聖君」
 リビングにいた亘は直ぐに聖の姿に気付き、その手からトレーを取って腰を支えてくれる。
 「僕が後から行くのに」
 「も、もう、平気ですから。病気じゃないんだし」
 「そう?」
 「はい」
頷いた聖は、リビングの扉が開かれる音に振り向く。そこには、会社に行っているはずの高須賀の姿があった。
ラフな格好ながら眼鏡を掛け、手には書類が入っていそうな茶封筒を持っている仕事モードの姿に、デキる大人の男を感じてし
まう。
 「高須賀さん・・・・・どうしたんですか?」
(もう、2時になるのに・・・・・)
 「可愛い花嫁がベッドに横になってるんだ。心配で仕事どころじゃない」
 「・・・・・っ」
 「まあ、今日は初めから休みを取ってたんだ。色々とやることもあったしな」
 焦る聖の反応を楽しそうに見ていた高須賀はそのままソファに座り、来いと聖を呼ぶ。
聖はその声に戸惑いながらも近付き・・・・・自分の腰を支えてくれている亘も一緒に歩くことになって、2人は高須賀の向かいの
ソファに並んで座ることになってしまった。
 「聖、これを見てみろ」
 そう言った高須賀は、持っていた茶封筒の中から数枚の書類を取り出してテーブルの上に置いた。
(仕事の書類じゃないのか・・・・・)
自分に見ろと言うのならば仕事とは関係ないのだろう。いったい何なのだろうと思いながら、聖はその書類を1枚手にとって見た。



 「・・・・・養子縁組届書?」
 聖の不思議そうな声に、高須賀は笑った。これを見た瞬間に自分の意図を察してくれるかと思ったが、まだ16歳になったばか
りの子供には分からなかったようだ。
 「お前を俺の養子にするための書類だ」
 「え・・・・・」
 「俺と莉子さんが結婚していたら話は早かったんだが・・・・・まあ、どうせしなきゃならない手続きだしな。16歳になったことだし、
面倒な手間は多少省かれた」
 「あ、あの、養子って、俺が?」
 「お前以外の誰がいる?聖、俺はお前を花嫁にすると言ったろ?同性の結婚が認められていない日本じゃ、これが男同士の
婚姻届も同様なんだ」
 「・・・・・っ」
 聖の大きな目が、更に見開かれて自分を見る。その様子に、この申し出は予想外だったのだろうとは分かった。
(おいおい、俺が身体だけを弄ぶと思ってたのか?)
この歳の自分が、16歳になったばかりの子供に手を出したのだ。それなりの覚悟はしていると想像出来なかったのだろうか。
(確かに、男同士でって思うかもしれないけどな)
 セックスだってちゃんと出来る。問題は全く無かった。
 「お前が同意してサインしてくれたら、後の手続きは俺が全部やっておく。そうすれば聖、お前は名実共に俺のもの・・・・・俺の
花嫁になるんだ」
抱いたからこそ、はっきり分かった自分の想い。性格も容姿も可愛いと思ったが、セックスの相性だってバッチリだ。
(早く、俺だけのものになれ)
 しかし、その高須賀の思いを容易に受け入れない者がここにはいた。



 「父さん何勝手に話を進めているんだよ。聖君は父さんだけのものじゃないんだよ」
 一体何を言い出すのだと、亘は父を睨みつけた。
渋々聖を共有することにはしたものの、養子縁組などしたら父と聖の関係は強固なものになってしまうが、自分と聖の関係は義
兄弟という関係に落ち着いてしまう。
 「聖君、僕の養子になってよ」
 「わ、亘さん?」
 「僕はもう20を過ぎているし、直ぐに独立して自分の戸籍に聖君を迎え入れるよ。こんなエロジジイの花嫁になんかならないよ
ね?」
 「エロジジイはないだろ」
 「事実を言ったまで。聖君、僕の方が将来有望だよ?」
 「おい、聖。亘みたいなガキよりも、お前には俺みたいな大人の男が似合っている。あっちだって、俺の方がいいだろう?」
 「単に経験値の差だけ!」
 確かにペニスの大きさはどうにもならないが、テクニックなどは自分の方が伸びしろはある。父にだけ聖を独占させてたまるかと、
亘は隣に座る小さな手を握り締めた。



 夕べのセックスだけでも頭の中がいっぱいいっぱいなのに、それに加えて養子縁組と言われてもどう応えていいのか全く分からな
かった。
ただ、その言葉に、高須賀も亘も、自分とのことを一夜限りのことではなく、ちゃんと考えてくれていたのだということが分かり、心の
どこかでくすぐったく、嬉しいという思いも確かにあった。
 しかし、それだけで安易に頷くことは出来ない。これまで16年間、自分は芳野聖として生きてきたし、その名前を簡単に捨てる
ことは絶対に・・・・・したくない。
 「あ、ありがとうございます。でも・・・・・」
 「聖」
 「聖君」
 「俺・・・・・養子にはなりません」
 思った以上に、きっぱりと声が出た。
 「高須賀さんも、亘さんも、俺のことちゃんと考えてくれていることは嬉しいです。俺・・・・・多分、2人のこと、嫌いじゃないし」
 「それなら」
 「でも、それが恋愛感情かどうかって言われると、直ぐに頷けないんです。こんなこと・・・・・セ、セックスもした後にこんなこと言うな
んて卑怯かもしれないけど・・・・・でも、こんなあやふやな気持ちのまま、前に踏み出すことは・・・・・やっぱり出来ないです」
高須賀も、亘も、自分をじっと見ている。聖はその熱い眼差しに負けないように顔を上げ、どうか自分の気持ちを分かって欲しい
と思った。

 「・・・・・仕方ないな。少し、早かったか」
 「高須賀さん」
 「まあいい。やっと身体を手に入れたばかりだ。これからじっくり篭絡していってやるぞ、聖」
 高須賀の口調は何時もと変わらず、眼差しも優しく細められている。怒ってはいないのだとホッと安堵の息をつくと、聖は不意に
肩を抱き寄せられた。
 「僕にとっては好都合だね。この先じっくりと僕の良さを知ってもらえれば、聖君がどちらを選ぶのかは分かりきっているし。聖君ご
めんね、年寄りは事を急ぐんだよ」
 「と、年寄りなんて、高須賀さんは全然っ」
 「僕と聖君から見れば、十分年寄り」
 きっぱりと言い切る亘に、聖は思わず高須賀を振り返るが、高須賀はその言葉に不快感を感じた様子は無く、返って楽しそう
に笑っている。
 「その年寄りに、20歳過ぎてもセックスで負けるなんてな」
そして、そんなふうに言い返して、今度は亘がムッとしたような気配を感じた。
(この親子って・・・・・)
 見た目も性格もまるで違うように思うのに、その根幹は確かに親子だと共通しているのが見える。
羨ましいなと、思った。2人の家族に、本当の息子や弟にはなれなくても、家族になれればいいなと素直に思う。花嫁というのは
ちょっと困るが、もしかしたら・・・・・。

 「聖君、今日は何が食べたい?夕食は僕が作ってあげる」
 「じゃあ、俺は食後のデザートだな。果物にケーキにアイス、どれがいい?聖」
 これでもかと競うように自分を甘やかしてくれる2人。
夕べ、あれだけ一大決心をして2人とのセックスを受け入れたというのに、何だかその構図は変わらないような気がして、何時の間
にか聖は声を出して笑っていた。





                                                                      end