『』内は外国語です。





 話の発端は、友人である小早川静(こばやかわ しずか)から掛かってきた電話から始まった。

 【真琴、パスポート持ってる?】
 「パスポート?」

 大学2年生である西原真琴(にしはら まこと)には多くの友人がいたが、中でも少し変わった・・・・・だからこそ親しみを持って
付き合っている友人達がいた。
静もその中の1人で、親しく付き合うようになってからまだそれほどに長い時間は経っていないが、波長が合っているのか頻繁に
電話をするような間柄だった。
 「いきなり、どうしたの?」
 【さっき、友春から電話があったんだけど・・・・・】
そう前置きして静が話し始めたことは、真琴にとっても驚くべきことだった。



 「イタリアに?」
 「はい・・・・・多分」
 その夜、帰って来た海藤に、真琴は夕方あった静からの電話の内容を話した。
 「友春さんがカッサーノさんに遊びに来いって言われたらしいんです。それが、多分俺の言葉が発端だったみたいで・・・・・」

 電話の内容はこうだった。
新しい友人の1人、同じ大学生(歳は1つ上だが学年は一緒だ)の高塚友春(たかつか ともはる)に、真琴は少し前に電話
で話した時、今度イタリアから友春の恋人(少し違うかもしれないが)が日本に来るようなことがあれば、本場のソースを少しだ
けでも持ってきてもらえないかということを頼んだ。
それは、真琴がバイトをしている宅配ピザ屋の店長が、新しい味の開発に頭を痛めていたからだ。
 バイト先の人間には何時も世話になっていた真琴は、その話を聞いた時に不意に友春のことを思い出し、続けてイタリア人の
アレッシオのことを思い出した。
滅多に会わないのならば仕方が無いが、友春の話ではかなり頻繁に・・・・・多い時には1ヶ月に二度は来日してくるらしい彼に
ほんのついでで構わないので頼めないかということを話したのだ。

 友春は約束は出来ないと前置きをしていたし、真琴も駄目で元々だと思っていたので(正直静にその話を言われるまで忘れ
ていたくらいだった)期待はしていなかったが、友春はちゃんとそれを相手・・・・・アレッシオ・ケイ・カッサーノに伝えてくれたらしく、
彼もそれぐらいはと直ぐに了承してくれたらしいのだが・・・・・。



 「それが、カッサーノさん、持って行くよりもこっちで本物を食べた方がいいって言って、今度の連休に、もう自家用ジェットを日
本に差し向ける手配もしたらしくて・・・・・」
 真琴の途惑いは、海藤貴士(かいどう たかし)にはよく分かったが、アレッシオの思惑というのも容易に想像がついてしまった。
友人の為にと言った友春の言葉を逆手にとって、自分のフィールドであるイタリアに友春を呼び寄せようと思ったのだろう。
いくらアレッシオが頻繁に日本に訪れたとしても、日本には友春の逃げ場所がかなりの数あるはずだ。だが、イタリアならばどうだ
ろうか。
(これはもう、無かったことには出来ないだろうな)
 自らも開成会というヤクザの組を背負っている海藤は、イタリアマフィアの首領であるアレッシオの策略にまんまと嵌ってしまった
らしい真琴を苦笑しながら見つめた。
 「それで、お前も一緒にというんだな?」
 「は、はい。俺と、静と・・・・・後、太朗君と楓君も良かったらって。っていうか、大学生の俺達は何とかなるけど、高校生の2
人は休みじゃなくちゃ動けないだろうからって・・・・・」
 「・・・・・」
 絶対に友春が単独のイタリア行きには頷かないであろうことを見越した上での言葉だろう。
真琴と静だけではなく、太朗と楓も一緒なら・・・・・5人ならば絶対に頷くはずだと、アレッシオは確信しているに違いない。
 「海藤さん・・・・・」
 「予定は今度の三連休なんだな?」
 「はい」
 「金曜の夜から行ったとしても、ぎりぎり三泊三日というところだが・・・・・」
 「行っても、いいんですか?」
 「カッサーノ相手に、今更駄目だとは言えないだろう。俺もスケジュールを調整するし、彼らにも早く知らせた方がいいんじゃな
いのか?」
 イタリアマフィアの本場ともいえるシチリアに好んで行きたいとは思わないが、真琴1人で行かせた後に後悔するようなことがあっ
ても本末転倒だ。何も無いだろうと言えるほど、イタリアが・・・・・いや、アレッシオの側が本当に安全な場所とは言い切れないの
だ。
土日を挟むなら何とかなるだろう・・・・・海藤は頭の中でそんなことを考えながら、ふと後を任せようと思っていた倉橋と綾辻のこ
とを考えてしまった。
(多分・・・・・行くと言うだろうな)
 こんな楽しい(海藤にすればそれだけとも言えないのだが)イベントを見逃すはずの無い綾辻は、きっと渋る倉橋も強引に連れ
て行こうとするだろう。
 「あ、電話しなくちゃ!」
慌てて携帯を手にする真琴を見ながら、海藤は掛けていた眼鏡を外すと軽く髪をかき上げる。
 「・・・・・」
自分達が不在の時を誰に任せるか、海藤は既にそちらに思考を持っていっていた。



 「いたりあっ?」
 久しぶりの真琴からの電話に、苑江太朗(そのえ たろう)は裏返った声を上げてしまった。
 【うん。金曜の夜から土日祝日を利用して。太朗君、どう?一緒に行かない?】
 「行く!!」
太朗は即座に頷いた。
夏休みが終わり、秋の学校行事もひと段落して、毎日ぼーっと過ごしていたのだ。こんな楽しい旅行なんか、全然想像もして
いなくて、太朗は今からもう飛行機に乗った気分になってしまっている。
(イタリアっていえば、ピザと〜、スパと〜、チーズも美味しいんだっけ?)
 真琴のバイトしている店のピザもとても美味しいとは思うが、やはり本場という響きには強烈に惹かれてしまった。
 【パスポート、ある?】
 「うんっ、前、レンタルビデオの会員になりたいって思った時作ったんだ!大丈夫、直ぐ探すから!」
未成年で高校生の太朗には身分証明書は無く、以前それを愚痴った時に父親がパスポートの申請をしてくれた。
どうせ家族で海外旅行に行くつもりだから・・・・・そんな嬉しいことを言っていたのが2年も前だが、今だ仕事の忙しい父にその暇
は無かった。
せっかく作ったからと、そのパスポートを使ってレンタルビデオの会員になったのは2店だけ。後は・・・・・多分グチャグチャの机の中
に押し込んでいるはずだった。
 「楽しみ〜っ、ピザピザ!!」
 【うん、俺も楽しみ。今から直ぐ楓君に電話するけど、太朗君も上杉さんに連絡しといた方がいいと思うよ】
 「え?何でジローさんに?」
 【だって、きっと心配すると思うし・・・・・とにかく、詳しいことはまた電話するから】
 早く楓に知らせないとと慌てたように真琴が電話を切った後も、太朗は頭の中でイタリアで何を食べようかということばかり考え
ていた。
 「絶対、あっちでしか食べれないもの食べないとな〜。三泊三日・・・・・まあ、観光は置いておいて、とにかく・・・・・あ」
太朗は慌てて立ち上がった。
真琴に行くと言い切ったのはいいものの、先ずは母親の許可を貰わなければならないと、ようやく今思いついたのだ。
母親は真琴や楓とも会ったことがあるので、言下に駄目だとは言わないだろうし、もしも渋ったとしても、何か土産を買ってくるか
らと言えば違うだろう。
(お小遣い、幾らあったっけ)
貯金通帳の残高を考えながら一階の茶の間へ向かう太朗の頭の中には、恋人である羽生会会長、上杉滋郎(うえすぎ じ
ろう)への連絡のことなど、すっかり抜け落ちてしまっていた。



 「イタリア?」
 「そ、パスポートあったよな?」
 真琴からの電話を切るなり、日向楓(ひゅうが かえで)は伊崎のいる別棟の日向組の事務所へと向かった。
若頭であり、楓の秘密の恋人でもある伊崎恭祐(いさき きょうすけ)は、いきなりの楓の言葉に途惑ってしまうだけだ。
 「どうしてイタリアに?」
 「ピザ食いに」
 「ピザ?」
 「まあ、要約すればそういうこと」
真琴が友春にピザのソースの事を頼んで、友春がアレッシオにそれを伝えて、アレッシオはそれならば本場に来いと言った。
時間的にはかなりきつい感じがするものの、行き帰りの飛行機代はタダで(アレッシオの所有する自家用ジェットを使うらしい)、
宿泊代もいらないとなれば、貧乏を自負する楓には嬉しい話だ。
(あいつはあんまり好きじゃないけど・・・・・文句は言っていられないしな)
冷たい雰囲気を持つアレッシオの事をあまり好きではないものの、お財布(アレッシオ)のことを文句言っても仕方ないだろう。
 「あ、父さんと兄さんに言わないと」
 「楓さんっ」
 スタスタと事務所から出ようとする楓を慌てて止めた伊崎は、眉間に皴を寄せたまま言った。
 「本当に行かれるつもりですか?」
 「ああ」
 「・・・・・」
 「心配ならお前も来い、恭祐。外国なら、男同士でくっ付いていても文句言われないぞ」
 「・・・・・っ」
 「決まりな」
そう言った楓は再び歩き始めたものの、今度は伊崎も引き止めることは出来なかった。



 「・・・・・うん、分かった。じゃあ、ちゃんと時間を決めてまた電話するから」
 楽しそうにそう言って電話を切った静をじっと見つめていた江坂凌二(えさか りょうじ)は、内心苦い思いを抱きながらも表面
上は穏やかな笑みを湛えながら言った。
 「返事は、OKですか?」
 「はい。真琴も、太朗君も楓君も行くそうです。後は俺が友春と連絡を取って、ちゃんとしたことをメールで知らせるってことにな
りました」
 「そうですか・・・・・」
(全く、余計なことをしてくれたものだ)
 友春に余計な頼み事をした真琴も、それを律儀にアレッシオに伝えた友春も、そして、それを好都合とイタリア行きを強引に
取り付けてきたアレッシオも、誰がどうとか言うのではなく、誰も彼もが疎ましい気がした。
それでも、最終的に静が喜ぶことには反対も出来ないので、江坂は早速自分のスケジュールの調整をする。
(あの子供達が来るということは、その保護者も一緒だということだろうな)
 馬鹿は嫌いだが、海藤や上杉のように頭のいい人間は側にいても煩くは無いだろう。
(煩いのは・・・・・あの子供達だけか)
海藤や上杉よりも立場が上の自分を全く恐れないあの子供達に何を言っても仕方が無いだろうが、その保護者には重々注
意はしておかなければならないだろう。
 「江坂さん?」
 「違うでしょう?」
 「・・・・・りょ、凌二さん」
 最近、意図して名前を呼ぶように言うと、恥ずかしそうに途惑いながらも静は言う通りに名前を呼んでくれる。
それが心地良くて、江坂は少しの不機嫌くらいは簡単に忘れることが出来た。



 アレッシオは、机の上に置いてあった携帯が鳴るのに、思わず口元に笑みを浮かべてしまった。
(トモ・・・・・)
これは友春専用の携帯で、彼以外の番号は記録させていない。
今、この時間に電話を掛けてくるということは、先日アレッシオが提案したことへの返事を知らせる為だろう。
 「トモ」
 【ケ、ケイ、今いいですか?】
 「今の私にお前と話す以外に大切な用など無い。どうした、トモ、私の声が聞きたかったのか?」
 【・・・・・っ】
 アレッシオの直接的な愛情表現に、友春はこんな風に緊張してよく黙ってしまう。
こんな時ほど直接顔を見たいくらいだったが、イタリアと日本ではあまりにも遠い。
 「トモ、お前が話してくれないと、私はお前の気持ちが少しも分からないぞ」
アレッシオのその言葉に、友春は少し途惑いながらも話を始める。その内容が自分の予想通りだったことに、アレッシオの頬に浮
かぶ笑みはますます深いものになっていた。






                                 






記念企画、もう1つはヤクザ部屋のコラボです。

ピザ食べにイタリアへ行こうという無謀な話、今回の発端は珍しくマコちゃんのようです。