海上の絶対君主
第一章 支配者の弱点
プロローグ
※ここでの『』の言葉は日本語です
ラディスラスの背におぶさった珠生は、ずっと気遣わしそうな視線を向けてくるアズハルから顔を逸らしたまま、口の中でブツブツ
と文句を言い続けていた。
『何だよ、このヘンタイ・・・・・っ』
(男同士で、あ、あんなことっ)
男同士のセックス=ホモ。
その方程式が頭の中にある珠生は、既に自分までラディスラスのせいで取り返しのつかない身体になってしまったと憤慨してい
た。
この際、自分が感じてしまったとか、泣きながらラディスラスの名前を呼んだこととかは全て無しにして(全てラディスラスのせいな
ので)、ただこの激しい羞恥と屈辱感を感じさせたこの男をどうにか出来ないかと考えるが、悔しいが頭も体力も相手の方が数
段上だ。
それでも、このままみすみす男に犯されるわけにはいかない。
賑わう街中では、男が子供(あくまでも大学生だが)をおぶっていることなど誰も気に止めることはない。
ただ、ラディスラスとアズハル、2人の目立つ容貌に目を奪われる女達は数多く、彼女達の視線から逃れる為にも、珠生はます
ます(嫌々)ラディスラスの背中に顔を押し付けた。
(・・・・・絶対あるはずだ、こいつの弱点・・・・・。ゴキブリが嫌いだとか、蛇が苦手だとか、お化け屋敷が怖いとか・・・・・って、全
部俺のことじゃんっ)
「タマ、身体きついか?」
『・・・・・』
「ターマ」
『・・・・・』
「ちょっと可愛がったくらいで泣いてたら、俺のを入れた時にどうなるか・・・・・。小さいもんなあ、タマのそこは」
「ラディッ、街中ですよ」
赤裸々なことを言うラディスラスにアズハルは諌めるように声を掛けるが、当の本人に気にする風は少しも無い。
「アズハル、船にオイルはあったか?」
「オイル?」
「出来れば無味無臭がいいんだが」
「・・・・・何に使うつもりです」
「ん?もちろん、タマの入口を・・・・・」
「いいですっ。もう、言わなくていいですから」
「分かってるなら言わすなよ」
ラディスラスは声を上げて笑った。
「タマ、もう直ぐ船に着くからな」
ラディスラスは上機嫌だった。
珠生を最後まで抱くことは出来なかったが、その身体が予想以上に甘く、感度も良いことが分かった。この先が楽しみだと十分
思える程だ。
今夜は、さすがに初めての経験に疲れ切っている珠生を抱くことは出来ないが、明日、せめて明後日、珠生を抱くことに躊躇
いは無かった。
(一度抱いたらタマも諦めるだろう)
今は嫌だと抵抗している珠生も、一度最後まで抱いてしまえば諦めて大人しくなるだろう。
(・・・・・いや、あんまり大人しくなるのも面白くは無いがな)
言葉の意味は分からないものの、多分かなりの言葉で自分を非難しているのだろうが、今のラディスラスの耳にはそれは海のさ
ざめきよりも優しく聞こえるくらいだ。
反対に、黙っていると何かあったのかと心配になってしまうくらいで、珠生には何時も元気に吼えていて欲しい。
自分がこんな風に思うこと自体が可笑しくて、ラディスラスは頬に浮かぶ笑みを消すことが出来なかった。
「アズハル、明日中には出立しよう。みんなに知らせてくれ」
「明日?予定では明後日のはずですが」
「荷物の積み運びは急げば出来るだろう?」
「それは、大丈夫だと思いますが・・・・・」
アズハルは少し問い詰めるような口調になった。
「どうしてと・・・・・聞いてもいいですか?」
「さあ、どうしてだろうな」
頭の良いアズハルならばとっくに予想が出来るだろうと思ったラディスラスの思惑通り、アズハルはかなりわざとらしく大きな溜め息
をついて言った。
「・・・・・タマが逃げないようにですか?」
「魚でもない限り、海の上からは逃げられないからな」
ラディスラスがどうしてこれ程珠生に執着するのか、あまり恋愛事には興味の無いアズハルには理解することが出来なかった。
確かに、あの広い海上で、あんなに小さな存在を見付ける事が出来たのは奇跡に近い。
容姿も不思議で、言葉も分からない。
異国の匂いを感じさせる少年に、好奇心旺盛なラディスラスが興味を惹かれるというのは分かる。分かるが・・・・・。
(こんな子供を抱こうなどと思うのか・・・・・)
アズハルでも人並みには誰かを抱いてきたが、こんな子供には手を出したことは無い。
もちろん、男にもだ。
(確かに、綺麗な肌はしていたが・・・・・)
抱くのなら、大人の女がいいはずだ。
「アズハル」
そんなアズハルの思考を遮るように、ラディスラスがその名を呼んだ。
「はい?」
「タマ、起きてるか?」
「・・・・・」
ラディスラスの背中に揺られている珠生は、厚いマントの中に顔を埋めるようにして目を閉じている。
「・・・・・寝ているみたいですよ」
「そうか。じゃあ、起こさないようにしないとな」
ラディスラスの歩みが更にゆっくりとなった。
誰かに気を遣うという彼は滅多に見られない。
(これはいい変化なのか、どうか・・・・・)
耳に聞こえていた異国の会話が途切れた。
(このまま船に戻るのかな・・・・・)
心地良い揺れと、しっかりとした背中の安心感に、今にも眠りそうになる気持ちをなんとか奮い立たせて、珠生は目を閉じたま
まこれからのことを考えた。
今回の脱走は自分で改めて考えても幼稚で、直ぐに捕まってしまったのも仕方がないと思える。
(船に戻ったら場所が限られるし・・・・・俺、遠泳なんて出来ないし・・・・・)
どこの国とも分からない海には、どんな魚がいるとも限らない。
逃げ出すには絶対に船が必要だし、それには自分1人ではとても無理だと思う。
(・・・・・誰か、協力してくれないかな・・・・・)
せめて、船の用意だけでもしてくれる者がいれば、格段と逃げおおせる可能性は高くなる。
(船に戻ったら・・・・・誰か、捜してみよう・・・・・)
この男が、自分みたいな男に手を出そうとしているのを面白くないと思う人間は絶対にいるはずだ。
(くそ・・・・・覚えてろよ、このヘンタイ)
それぞれの思いを持ちながら、3人は船に戻っていく。
海賊船エイバルの新しい航海はもう直ぐ始まるのだ。
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