時間飛行
10
『』は日本語です。
−エクテシア国ー
「王!アルティウス王!」
「ユキ様っ、ユキ様!」
身体を揺さぶられ、耳元で叫ばれる。
有希は眉を顰めて・・・・・やがてゆっくりと目を開いた。
「ユキ様!良かったあ、目を覚まされたあ!」
「・・・・・ウンパ?」
直ぐ傍に泣きそうな顔をしていたウンパがいた。その目は、有希と視線が合った瞬間にポロポロと涙を流し始める。
それに驚いた有希は慌てて身体を起こして・・・・・やっと気付いた。
(戻ってきたんだ・・・・・)
あの夜、庭で不思議な光を浴びたはずの有希は、今はアルティウスの私室のベットの上にいた。
隣には自分と同じようにアルティウスが横たわっているか、その目はまだ開こうとはしていない。
ただ、その手はしっかりと有希の手を握っていた。
「僕達・・・・・」
「昨夜、お2人が庭に倒れられていたのを衛兵が発見したのです。直ぐに医師も呼び寄せましたが、お2人の身体に異
常はなく、眠っておられるのと同じ状態だと・・・・・」
そう、マクシーが固い表情で言い、
「ディーガ殿も心配はいらぬと申されたのですが・・・・・1日経つというのになかなか目覚められなくて、我ら一同どうした
ものかと・・・・・」
と、ベルークが続けた。
有希は少し離れた所に立っているディーガに視線を向けた。
全ての事情を知っているディーガは、王と王妃が突然倒れたことにも的確な助言をしてくれたのだろう。
(でも・・・・・)
それでもと、有希は思った。
現代に帰っていると思っていたその間、自分とアルティウスの身体はそのままこのエクテシアにあったという事だ。
それでは、蒼や珠生に会った事は、ファーストフードを食べ、一緒に料理をし、銭湯にまで入ったあれは、心だけが帰った
という事なのだろうか?
(味だって、感触だって残ってるのに・・・・・)
あれは、現実だと思う。
仮に身体がここにあったとしても、有希はアルティウスと共に日本へ、自分の生まれ育った世界へ行ったはずだ。
「・・・・・アルティウス」
有希は小さく名を呼んだ。
眠っているはずなのに、しっかりと有希の片手を握り締めているアルティウスが愛おしかった。
「・・・・・ありがとう」
「ユキ様?」
「あっちに、一緒に行ってくれて・・・・・僕の世界を見てくれてありがとう」
(蒼さんと話したいな。きっと、蒼さんも向こうの世界に帰ったこと覚えてるはずだもの)
そうしたら、自分達よりも年上なのに子供っぽくて、それなのに初対面の自分達を家にまであげてくれた珠生の話や、調
子が良くて楽しくて、少しだけカッコイイと思ってしまったラディスラスのことも話せるかもしれない。
ただ今は、自分の隣で眠っているアルティウスと話したかった。
「アルティウス、起きて」
「・・・・・」
「目を覚まして。僕達、帰ってきたんだよ、アルティウスと僕の国、エクテシアに」
(夢の中までも怖い顔してなくていいんだよ・・・・・?)
身体を揺すり、何度も何度もその名を呼び続ける。
「・・・・・っ」
やがて、アルティウスの意外に長い睫毛が微かに震えた。
早くその視界に自分の姿を映して欲しいと、有希はもう一度その名前を囁いた。
「アルティウス」
−バリハン王国ー
「ソウ!」
身体をきつく拘束された感じがして、蒼はううんと唸ってしまった。
「気が付かれたご様子です!」
「水を持って参れ!」
ザワザワと慌しい気配に眉を顰めたまま、蒼はゆっくりと瞼を開いた。
「ソウ!」
「・・・・・シエン・・・・・」
(あれ?何で俺・・・・・)
秀麗なシエンの顔が、青褪めたように自分を覗き込んでいた。
ついさっきまで後ろから抱きしめられていたはずなのに・・・・・ぼんやりとそう考えていた蒼は、直ぐにハッと気が付いて起き
上がった。
「シエン!おれたち!」
「・・・・・戻ったようですよ」
「戻った・・・・・そっか」
(本当に戻っちゃったんだ・・・・・)
「私達は揃って部屋で倒れていたそうですよ。医師が見たようですが、異常はなく、そのまま寝かされていたそうです」
「じゃあ、おれたちここにいたってこと?」
「・・・・・ええ。不思議ですね」
シエンのその言葉に、蒼は今まで自分が帰ったと思っていた日本での様々な出来事が、単に夢の中の話ではないのだ
と確信した。
シエンもちゃんと向こうでの記憶はあるのだ。
「証もありますよ」
「え?」
「その袋、足元に落ちていたそうです」
「ええっ?」
シエンに言われて蒼は慌てて寝台の足元を見る。そこには見覚えのある袋がチョコンと置かれてあった。
「うそーーっ?」
絶対に持って来れないと思いながらも、気休めのつもりで持っていた袋。
さすがにお菓子の類は無かったが、現代の調味料の瓶は割れずにこの世界まで持って来れたらしい。
「・・・・・」
目を見開いてそれらを見ていた蒼に、シエンは苦笑しながら言った。
「いったいなんなのかと、皆不思議に思っていたようですよ。毒かもしれないが、ソウの足元にあったものだから捨てること
も出来ず・・・・・と」
「・・・・・」
(ちゃんと醤油ある・・・・・ゴマ油も、マヨネーズも・・・・・)
思わず、蒼はその袋を抱きしめた。これは確かに自分が元の世界へ、日本へと帰った証拠だ。
全てが夢ではないと、現実なのだと、大声で叫びたかった。
「シエン・・・・・」
「素晴らしい国でしたよ。あなたの生きてきた国を、私も愛すると誓いましょう」
「・・・・・」
「あなたがバリハンを故郷だと思ってくれているように、私もかの国をもう一つの故郷だと思うようにします」
蒼はコクコクと頷く。
その度に涙が溢れそうになるが、それは悲しみの為のものではない。
(ユキと話したいなあ・・・・・。それで、お醤油使ってなんか作って、2人で・・・・・ううん、みんなで食べたい)
蒼の中では、既にこのバリハンの国の人間は家族も同然だ。その家族に自分の国の味を知って、美味しいといってもらい
たい。
「ソウ、あなたの料理の腕が更に磨かれますね」
全てを悟ってそう優しく言うシエンに、蒼はグイッと涙をぬぐって頷いた。
ーカノイ帝国ー
(やだ・・・・・よ・・・・・)
身体が強い力で引っ張られる感じがする。
珠生は抵抗して抵抗して・・・・・それでも抗いきれなくて、深い闇の中に落ちていくような気がした。
「タマ・・・・・ッ」
(・・・・・)
「タマキ!」
(だれ・・・・・だろ・・・・・)
少しイントネーションが違う気がするが、珠生の名前をきちんと口にしてくれる声に、珠生は思わず手を伸ばして・・・・・そ
してギュッと手を握り返された。
『・・・・・ん・・・・・』
「大丈夫か、タマ」
『・・・・・ラディ?』
耳慣れない、しかし最近やっと意味を感じ取ることが出来るようになった言葉。
しかし、それを聞き取るという意味を、珠生は既に分かっていた。
『・・・・・』
「タマ、大丈夫ですか?」
「ア・・・・・ズハル」
小さいが、しっかりとその名を言った珠生に、アズハルはたちまちホッとしたように安堵の表情を浮かべた。
「昨夜甲板でラディとあなたが倒れているのを見た時どんなに驚いたか・・・・・またラディがあなたに無茶なことをしたので
はないかと焦りました」
「・・・・・アズハル」
苦笑交じりの声は、直ぐ枕元から聞こえてくる。
ゆっくりと振り返った珠生は、そこに何時もの笑みを浮かべたラディスラスを見付けた。
「ラディ・・・・・」
「・・・・・悪いな、タマ。ここに戻っちまった」
「・・・・・っ」
(やだって・・・・・言ったのに!)
有希や蒼のように、自分の好きな人が暮らしている世界に行くわけではないのだ。
言葉もまだ十分分からず、周りの人も国も文化も、何もかも未知の世界で、そんな中1人ポツンと放り出されるのはたま
らなく怖くて・・・・・。
「タマ・・・・・」
宥めるように自分に声を掛けるラディスラスは、少しも驚いたとか意外だったとかいう表情はしていない。
もしかしたらと、珠生はパッと顔を上げた。
「しってたっ?」
「・・・・・」
「かえる、しってた?ラディ!」
「・・・・・知ってた」
「バカ!!バカバカ!ラディ!お、おれ、おれ、もう・・・・・っ!」
文句でさえこちらの言葉で言わないと意味が通じないのに、語彙が無いばかりにたどたどしい子供の癇癪のようなことし
か言えない。
それが悔しくて、珠生はバンッとラディスラスの胸を叩いた。
「タ、タマ?」
突然の珠生の行動に驚いたアズハルが反射的に止めようとするが、ラディスラスは視線でその行動を止めると珠生の
拳をそのまま胸で受け止める。
小さな拳でのそれはラディスラスにとってはあまり痛いものではなかっただろう。
それでも顰めた眉のその表情に何時もとは違う硬さがあることに、珠生は気付くことが出来なかった。
「おれ、きたくない、言った!あのままいたいって、言った!」
「ああ」
「ユキやソウとはちがうって、なんども言った!」
「そうだな、タマ。俺は全部知ってて・・・・・いずれはまたここに戻ってくることを知っててお前に黙っていた。責められるのも
仕方ない」
「・・・・・!」
「ラディ、ユキとソウ、とは?」
2人の会話の意味が全く分からないアズハルは、怪訝そうに不思議な響きを聞いてきた。
それに、ラディスラスが答えたのは・・・・・。
「タマの国の人間だ。一緒に飯を食ったり風呂にも入る、大事な仲間だよな」
「・・・・・」
そう、身体はここにあったという事だが、確かに珠生はあの2人と出会った。
お互いが不思議な世界に飛ばされて、そのままそこの王と王子と愛し合うようになって、日本に帰るという事は考えずに異
世界のその地に留まることを決めている強い2人・・・・・。
「ユキは気が付くいい子だったし、ソウは料理が上手かったな」
「・・・・・」
「でも、俺が傍にいて欲しいと思ったのはお前だ、タマ。お前以外はいらない」
「・・・・・」
「ここに、俺の傍にいてくれ」
「・・・・・」
(ずるい、ラディ・・・・・)
珠生は目を閉じた。
一度でも戻れるという事を知った今、珠生の心は激しく揺れている。
元の世界に帰りたい、だが・・・・・自分を欲しいと訴えるこの男の手を離すことも怖い。
『まだ・・・・・分からない』
「タマ?」
『帰りたい気持ちは消えないけど・・・・・後少しくらいは、一緒にいてやっても・・・・・いい』
こんな恥ずかしい言葉、帰ってしまうことを黙っていたラディスラスには懲らしめる為にも教えたくは無い。
「タマ、何て言ったんだ?」
「・・・・・いわない」
プイッとそっぽを向きながら、珠生はあの楽しい時間を思い出す。
(また・・・・・会いたいな・・・・・)
満月の夜に、また不思議な力は自分を運んでくれるだろうか・・・・・。
(次は絶対ラディは置いて行ってやる!)
そう決意すると、珠生は少しだけ笑みを浮かべて・・・・・再び襲ってきた睡魔にゆっくりと目を閉じた。
end
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現代への時間旅行、第10話、完結です。
パロディでしか出来ない設定、有希と蒼と珠生の3人とその旦那様方の掛け合い、私的には一応満足です。
現代で作った餃子、この世界でもラディに作って欲しい(笑)。