時間飛行









                                                          
『』は異国語です




 「何してんの?」
 家に戻ってきた珠生は、台所のテーブルに向かい合って座っている有希と蒼を不思議そうに見ながら聞いた。
視線をテーブルの上に向けると、そこには白いハガキがある。
 「手紙書いてるんだ」
 「手紙?」
 「また何時あっちに戻るか分からないでしょう?だから今のうちに早く家に手紙を出したくて」
 「そ、そんなの、電話すればいいことじゃん!」
 「でも・・・・・」
 「ちょっと、怖いしさ」
 「・・・・・」
既に家族がいない珠生にとって、肉親というものは少し遠い感じがしていた。
もちろん親戚に苛められていたというわけではなく、父の行方が分からなくなってからも色々と心配して珠生を支えてくれて
いた。
しかし、やはりどこか甘えきれないところもあったのだが・・・・・有希と蒼は違うのだろう。
 家族がいるのに突然不思議な世界に飛ばされてしまった2人。そこへ残ることを決めた時、いったい何を考えたのだろう
か。
(俺には・・・・・出来ないよ)
もしも父が生きていたとしたら、珠生は絶対にこの世界に帰って来たいと願ったはずだ。
 「・・・・・何て書いてるんだよ?変な世界にいるって書いたのか?」
 「まさか、そんなこと書いたって信じてもらえないって。ただ、好きな人と一緒だから心配しないでって書いたよ」
 「・・・・・有希は?」
 「僕も、同じです。心配しないでって」
 「・・・・・」
(そんなの・・・・・信じてもらえるはずないだろ・・・・・っ)
珠生は唇を噛み締めたが、2人にそう言うことは出来なかった。



 元の世界に戻って、そろそろ丸1日経つ。
有希も、蒼も、そろそろ向こうの世界に帰る頃だということを感じていた。
そう、有希と蒼にとっては、むしろ向こうの世界は帰る場所になっているのだ。
 「タマ、あの浜辺に連れてってよ」
 「・・・・・やだ」
 「タマ」
 「だ、だって、俺、こっちにいたいんだから!」
 自分達のような覚悟を今だし切れない珠生にとって、再びあちらの世界に行くことは直ぐに頷けることではないのだろう。
その気持ちが分かるだけに、有希と蒼はどうしようかと顔を見合わせた。
(でも、僕と蒼さんはここにはいれらないし・・・・・)

 「こちらの水を飲み、食をし、こちらの人間と交わったからには、もう元の世界の住人ではないのですよ」

ディーガの言葉からすれば、既にアルティウスに抱かれた有希はエクテシアの人間で。
蒼もきっと、バリハンの人間となっているのだろう。
 「珠生さん、あの・・・・・」
(珠生さんは・・・・・どうなんだろ・・・・・)
他人の性生活に口を出すというような恥ずかしいことは出来ないが、この1日珠生とラディスラスを見ていると、2人の間
にぎこちない空気はあまり見られなかった。
ラディスラスはあからさまに珠生を大事にしていたし、珠生も口で言うほどラディスラスを嫌っているようには見えない。
もしも、2人が既にそんな関係だったとしたら、珠生も自分が好むも好まざる関係なく、再びラディスラスの世界に戻ること
になるのだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 しばらく、3人は黙って見詰め合っていた。
が、不意に珠生は立ち上がると、そのまま黙って戸締りを始める。
 「タマ?」
 「珠生さん・・・・・」
 「・・・・・一応、案内だけはする。そのままあっちに行くかどうかは分かんないし、俺がここに残りたいっていう思いも・・・・・
本当なんだから」



 『手紙を?』
 『はい。元気だってことだけは伝えておきたくて』
 海岸へ行く途中、赤い箱の中に何かを入れてた有希に訊ねたアルティウスは、そのしっかりと返ってきた返事に安堵し

てその肩を抱き寄せた。
蒼と、珠生と、3人で何を話していたのかは言葉が分からなかったが、有希がこうして自分といることを選んでくれたのは
素直に嬉しい。
 もしも、ここに、この自分の住んでいた場所へ残りたいと有希が言ったとしても、無理矢理にでもあちらに、エクテシアに
連れ帰ろうと思っていたが、有希は自分でアルティウスと帰ることをきちんと決めてくれたのだ。
 『ユキ、そなたは私が守る』
 『アルティウス?』
 『そなたの親御に会うことは叶わなかったが、そなたが住んでいたこの世界に私は誓おう。私は、そなただけを愛し、守り
抜いていくことを』
 『・・・・・うん』
 嬉しそうに笑った有希が愛しくてたまらない。
アルティウスは暗闇で見えないことをいいことに、そっと身を屈めて有希の唇に口付けを落とした。



 『たくさん持ってますね』
 背中に布の袋を担ぎ、両手にも何か持っている蒼を見下ろしながらシエンが言うと、蒼は大事そうにその袋を見ながら
言った。
 『向こうに持ってけるかわかんないけど・・・・・せっかく買ったから』
 食事を作る時に使った調味料と、夜食用に買ったお菓子。
勿体無いと思って持ってきたということもあるが、この味を気に入ってくれたシエンの為に、あちらの世界でもなんとか味の
再現が出来ればと思ったのだ。
 『ソウの料理の種類が増えますね、楽しみです』
 シエンは笑った。
多分、もうこの世界とは間もなく分かれる時間になったのだろう。自分達の世界へ・・・・・バリハンへ帰る為にこの道を歩
いているのだと思いながら、シエンは蒼に確認せずにはいられなかった。
 『本当に良かったのですか?』
 『シエン?』
 『本当に、この世界に残らなくても良かったのですか?』
 有希の言葉を聞けば、既に名実共にシエンの妃になっている蒼はこの地に戻ることは出来ない。ただ、出来ないという
ことと、したくないということは別だろう。
蒼が本当はこの地に未練があったら・・・・・そう思うと、シエンは確認せずにはいられないのだ。
 『とーぜん!』
 そんなシエンに、蒼は全く躊躇い無く頷いてみせた。
 『おれ、シエンの妃だもん!』
 『ソウ・・・・・』
 『ふーふは一緒にいないとね』
 『・・・・・』
 『だから、シエンもおれを信じて』
自分は迷っていないと。だからシエンも迷うなと。蒼は言外にそう訴えている。
シエンはゆっくり頷くと、自分で持つからいいと言われていた荷物を自分が持った。
 『シエン、いいよっ』
 『同じ場所に戻るのですから・・・・・私にも持たせてください』



 怒ったように先頭を歩く珠生の瞳が、不安に揺れているのが見て取れる。
それでもラディスラスは声を掛けようとはしなかった。
(もう、戻ってしまうんだぞ、タマ)
一度、ラディスラスの身体を受け入れてしまった珠生は有希や蒼と同様この世界に残ることは出来ないのだ。
それを言葉で知らせるのは余りにショックだろうと思って黙っているが、珠生自身それとなくそのことは感じているのかもしれ
ない気がした。
(俺が可愛がってやるのにな・・・・・)
 ラディスラスを信じて、少しでも笑いかけてくれれば、それだけで珠生は数十人の守り人をその手に握れることになるは
ずなのだが・・・・・。
(結構難しいものだ)
 『ラディ』
 黙って後ろを歩くラディスラスがうっとおしかったのか、それとも沈黙が続くことが怖かったのか、珠生は前を向いたままその
名を呼んだ。
 『どうした?』
 『俺、うん、違う。ただ、ユキと、ソウに負けた、だけ』
あくまでもあの2人の為に向かっているのだと念を押すように言う珠生に、ラディスラスは苦笑を零した。
 『はいはい、分かってるって』
 『なら、いい』
短くそう言った珠生に、ラディスラスは自分からは声を掛けなかった。



 昨夜、突然に現われた浜辺は、昨日の夜と寸分違わぬ光景のままだ。
 「・・・・・有希、本当に帰るのか?」
恐る恐る聞いてきた珠生に、有希は空の月を見上げながら言った。
 「多分」
 「何だよ、その多分って」
 「目に見える兆候があるわけじゃないですから。何となく・・・・・ほら珠生さんも感じませんか?」
 「・・・・・」
 「僕がここに戻れる時、月がすっごく輝いていたんです」
 「あ!俺も!」
 「・・・・・」
 「珠生さんも?」
 「・・・・・うん」
 「多分、また同じ様な現象になるんじゃないかって思ってます」
有希の言葉を切っ掛けに、蒼と珠生も夜空を見上げた。
と、

 
「「「!!!」」」

 『ユキ!』
 『ソウ!』
 『タマキ!!』
 それは突然だった。
それまで明るかったが普通の明かりで照らしていた月が・・・・・ほぼ満月の月が青白く輝き始め、6人の身体を包み始め
たのだ。
反射的に抱きしめたそれぞれの異国の男達の腕の中から、有希は振り絞るように叫ぶ。
 「また!絶対にまた会いましょう!」
 蒼とは同じ世界ながら、珠生は全然違う世界に飛ばされている。もう、次は会う事は出来ないかもしれないが、有希は
そう叫んでしまった。
 「タマッ、また会おうな!」
 蒼も、有希と同じことを考えたのか、必死で珠生に手を伸ばした。
 「ま、待ってよ!有希!蒼!」
まだどうしても心の準備が出来ていなかった珠生は、ラディスラスの腕の中で判泣き状態になっている。
 『タマッ、落ち着け!』
 「待って!待ってよ!」
 『タマッ、俺を見ろ!』
 「・・・・・っ」
 興奮している珠生を抱きしめ、ラディスラスは耳元で叫んだ。
ようやくその声が頭の中に響いたのか、珠生は目に一杯の涙を溜めたままラディスラスを見上げる。
 『ラ・・・・・ディ・・・・・』
 『俺が一緒にいる・・・・・!』
その言葉に、珠生はギュッとラディスラスにしがみ付いた。
これ以上誰からも置いて行かれないように、目の前のこの男からだけは、絶対離れないように。

 
「「「!!」」」

 
『『『・・・・・っ!』』』











次の瞬間、6人の意識は遠くなり、それぞれが暗闇の中に落ちていく感覚を覚えたが・・・・・それでも大切な相手を抱き
しめた腕は離れることは無かった。





                                      






現代への時間旅行、第9話です。

とうとうまたあちらの世界へ帰ってしまいました。

次回最終回は、それぞれのその後です。