彼の甘い熱いキス



                                                         こうへん






 教室の中に入った瞬間、僕は密室に彼と二人きりだということを強烈に意識してしまった。
傍にいるだけでフェロモンを感じさせる彼と、あまり長い時間一緒にいたことがない僕は、緊張のあまり頭の中にこびり付いて
いた光景を口に出してしまった。
 「口止めの為?」
 「え?」
 一瞬強張った彼の顔を見て後悔したけど、いったん口に出してしまった言葉は取り消せなかった。
 「この間、図書室で・・・・・」
 「ああ、あれか」
 事も無げに言われたのがショックだった。彼にとってのあのキスは、日常の中のほんの一コマだと思い知らされているみたい
で、僕の口調は意識しないままきついものになっていた。
 「悪いけど、帰っていい?」
 彼がなぜ僕を呼んだのか聞かないまま、僕は早く彼から離れたくてドアに手を掛けた。
 「!」
 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
怖い顔をした彼に腕を掴まれ、床に倒されたかと思うと、
(嘘・・・・・!)
 そのままキスされていた。
衝撃で開いたままだった口の中に入ってきたのが彼の舌だと気付くのにしばらく掛かり、僕はそれをどうしたらいいのかさえ分
からない。
僕の思っていたキスは、口と口を重ねるものだった。口の中に舌を入れるなど、理屈では分かっていたけど、こんなに生々し
く、激しいものだとは知らなかった。
口の中に唾液が入り込んで、飲み込むことが出来ずに唇の端から零れる。ベタベタの感触が嫌で拭ってしまいたいのに、
押さえられた腕は全然動かない。
 口の中を我が物顔に味わう彼が怖くて、僕はギュッと目をつむり、早く終わるのを待つしかなかった。
 「!」
 しばらくすると、やっと彼が口を離してくれた。
(な、舐めてる・・・・・!)
どちらのものか分からない僕の頬を汚す唾液を舐め取る彼は、こんな行為には慣れているんだろう。
 ゆっくりと首筋に移る唇は、最初くすぐったかったけど、次第にゾクゾクと別の感覚が生まれてくるのが分かった。
(ど、どうしよう・・・・・トイレ・・・・・)
 「あの時と同じだな」
 揶揄するような彼の言葉。あの時の女の子みたいに感じていると言われた気がして、僕は顔が熱くなるのが分かった。
そんな僕を見て笑うと、彼は血が滲むほど強く僕の肌に歯をたてた。
 「痛い!」
 「マーキング」
その傷をペロッと舐め、彼は言った。
 「あの時から、とっくに俺のもんなんだよ。悠斗」
 初めて名前を呼ばれた。
でも僕は、嬉しいというより、キスをされて感じてしまった自分が怖くて、彼に軽蔑される前に逃げたかった。
 「・・・・・っ、離せよっ」
 僕より背も高く、体格だっていい彼を押しのける。
火事場の馬鹿力だって、頭の中では意外と冷静に思いながらも、僕はそのまま教室を飛び出した。
 「小柴!」
ドアを閉める瞬間、彼が叫んだのが分かったけど、僕は足を止めなかった。


 僕は近くのトイレに飛び込んで直ぐに顔を洗った。
彼のキスの感触を早く消したいと思ったのに、鏡に映った僕の濡れた顔は、あの時の女の子と同じように欲情に赤く火照っ
ていた。
 「こんなの・・・・・僕じゃない・・・・・」
 こんな時どうしたらいいのか分からなくて、何度も何度も顔を洗う。
放課後で、誰もいなくて良かった。
溜め息をついて顔を上げた時、鏡越しに僕を見ている彼と目が合った。
 「!」
(追いかけて来たんだ・・・・・!)
 「あのまま、どこに行ったのかと思った」
青ざめていた彼の顔が安堵の色に変わったけど、僕は無理矢理あんなことをした彼が本当に心配してくれたとは思えな
かった。
あれ以上何かされたら、僕は変わってしまうかもしれない。
僕は自分を守る為に、きつく彼を睨んだ。
 「許さない」
 「小柴、俺は」
 「君がどういうつもりでも、無理矢理あんなことしていいと思う?」
 「俺は・・・・・俺はお前が好き・・・・・なんだ」
 「信じないよっ!誰にでも気軽にキス出来る君が、僕を好きだなんて信じられない!」
・・・・・本当は、びっくりした。好きだなんて、言われるとは思わなかったから。
でも、今の僕は素直にその言葉を信じることが出来ない。男の彼が男の僕を、そして男の僕が男の彼を好きだなんて、
僕の常識は簡単に変わることは出来ないよ。
 「お前が、どう思おうと、もうお前は俺のものだ」
 僕の拒絶の言葉を振り払うように、きっぱりと言い切る彼は・・・・・やっぱりカッコイイ。憧れの気持ちは直ぐに消えないか
ら、思わず彼の言葉に引きづられそうになる。
 「小柴」
 「・・・・・許せないし、信じない」
 「許さなくてもいい。でも、絶対に信じてもらう」
・・・・・どうしよう。
信じたくなるけど、今頷いたら負けのような気がする。でも・・・・・。
 「俺を信じろ。もう絶対、お前だけだから」
 僕は俯いた。
 「小柴」
彼はまだ気付いていない。
(ずっと、僕の名前を呼んでる・・・・・)
 「小柴」
僕は笑っていた。嬉しさと恥ずかしさで顔は上げられないけど、何度も何度も名前を呼ばれているうちに、彼の言葉が心
の中に積もってきたみたいだ。
言葉には出来ない僕の気持ちは、顔を見られたら直ぐに分かってしまうだろう。
 「小柴」
 もう、何回目だろう。


 後どれくらい名前を呼べば、彼は僕の顔を覗き込んでくれるだろうか・・・・・。



                                                                 end






                                      






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