彼の甘い熱いキス



                                                       ぜんぺん






 「・・・・・んっ、ん〜!」
 突然塞がれた唇。自分の口の中に他人の舌を感じた時、僕は驚きよりも恐怖を感じて体を硬直させた。
(どうして?どうして?どうし・・・・・)
頭の中でグルグル同じ言葉が回っている。
僕をギュッと抱きしめている相手は紛れもなく男、それも同級生だ。



 加納遼二・・・・・同じクラスだけどつるむグループが違うせいで、僕は彼の事を良く知らない。
表面上の情報で言えば、彼はかなりルックスが良くて、頭が良くて、女子にモテまくっているということだ。
モノにした子は校内だけじゃなく、誰かが街中でOL風の年上美女と一緒に歩いていたと言っていた。
 僕も一度だけ、図書室の奥の書棚の間で、3年の女子生徒とキスしているところを見たことがあった。唇を合わせるだ
けじゃなくて、結構深いキスだ。
その時は一瞬びっくりしたけど、彼ならしそうだなと思ったくらいだ。
 ただ、その時から僕は彼の存在を気にするようになった。噂だけではなく実際に彼のセクシャルな部分を垣間見て、ほ
んの少し憧れを抱いたってとこだ。
自分には到底出来ないことをこともなげにやってしまう彼をカッコいいと思った。
 でも、面と向かってそんなことを言うのは恥ずかしいし、目が合いそうになると逸らしてしまう。
気のせいか最近彼と何度も目が合うような気がするけど、それはやっぱり気のせいだと思う。彼が僕の存在を気にするわ
けないし、それ以前に僕の存在さえ知らない可能性の方が高い。



 「悠斗、どうしたの?」
 遥に顔を覗かれ、僕はやっと自分が図書室にいたことを思い出した。
 「最近考え事してるのが多いよね?何かあった?」
 「ないよ」
 ふと気付くと、最近彼の事を考える時間が多くなっていた。具体的にどうっていうわけではなくて漠然としたものだ。
でも、同性の彼の事をそんなに気にしているとは恥ずかしくて言いたくない。
 「即答するとこが変」
 だけど、きっぱりと言い切られてしまった。
小学校の頃からの親友で、誕生日も同じ吉野遥(はるか)は、いつも細やかな気配りをしてくれる。僕より2センチだけ
背が低くて、体重だって3キロ軽い。
たったそれだけだけど、僕らみたいなチビには大きな差だ。でも、遥は僕と違って全然気にしていないようだけど。
 「変でも、何もないの」
ムキになってしまうとこが子供みたいでやだな。



 日直だった僕は遥に先に帰るように言った。まだ心配している遥は迷っていたようだが、急に鳴った携帯のメールを見る
と申し訳なさそうに謝りながら帰っていった。
別に謝らなくても良かったのにと思いながら、日誌を職員室に届けて教室に戻る。
本屋にでも寄って帰ろうかなと考えていると、
 「小柴」
 耳慣れない声で急に呼ばれ、僕は驚いて振り返った。
 「加納君?」
 そこに立っていたのは彼だった。
彼が僕に話しかけるなんて初めてだ。いったい何の用だろう?まさか何時も見ているなって、文句でも言いに来たんだろ
うか?
じっと見つめていると、彼にしては珍しく視線を彷徨わせながら言った。
 「少しいいか?話があるんだ」
(僕に?)
 全くといっていいほど接点のない僕に何の用だろう?不思議だったけど、僕は直ぐに頷いた。
 「いいけど」
 「じゃあ」
 そう言うと、彼はいきなり僕の腕を掴んで歩き出した。
(教室では言えない事?)
 そこまで考えた時、僕は思い出してしまった。彼の図書室でのキスを。
(まさか・・・・・口止め?)
色々な噂を持つ彼でも、実際に校内でキスをしたなんて分かったら問題になるかもしれない。それに、相手が恋人だっ
たら、彼女をかばう為に・・・・・。
 「・・・・・」
 急に嫌な気分になった。僕が思っている彼と、今目の前にいる彼とのギャップが大き過ぎる。
 「ここしかないか」
呟くように言った彼の言葉に顔を上げると、そこは音楽準備室だった。
 「いい?」
 「・・・・・」
 ホントは嫌だった。彼の口から『黙ってて欲しい』と言われたら、僕は頷くことが出来るだろうか。
 「小柴?」
もう一度名前を呼ばれた。遠くからしか聞いたことの無い彼の声は、間近で聞くと、確かに女子が言っていたように腰に
響くセクシーな声だ。
名前を呼んでもらえて嬉しいのと、今から懐柔するつもりなのかとガッカリする気持ちとがぶつかり合ってしまう。



 でも・・・・・結局僕は頷いてしまった。