重なる縁
プロローグ
「今日は宜しくお願いします」
「あっ」
7月最後の金曜日、いよいよ今日軽井沢に出発する。
何日も前から準備を整えていた真琴は、今朝早くマンションまで迎えに来てくれた人物を見てハッとした。
「弘中さん・・・・・」
先日の事件の実行犯である弘中は、にっこりと笑って頭を下げた。
アンナの一件で本格的にこちらの世界に足を踏み入れた形になった弘中を、運転手とはいえまだあれから日もおいてい
ないうちに真琴と会わせたのは海藤の考えからだ。
それは弘中に真琴の立場を分からせる為だった。
『西原真琴は、暴力団『大東組』傘下、『開成会』3代目組長、海藤貴士の情夫である』
少なからず真琴に対して関心を持っているようだとの倉橋からの報告を聞いた海藤は、今回の旅行中にその無駄な想
いを断ち切る為に、そして本当にこの世界に入る気があるのかどうか実際に確かめるつもりで、運転手に弘中を指名した
のだ。
真琴の肩を抱き、先に車に乗せると、海藤は弘中に視線を向けた。
「今日は頼むぞ」
はい」
海藤の視線にどういう意味を見ているのか、弘中は表情を変えずに頷いた。
弘中が運転席に座ると、真琴は少し身を乗り出すようにして話し掛けた。
「元気そうで良かったです。あの、妹さんのことは・・・・・」
「あいつは自業自得ですから、気になさらず」
「あ、はい」
自分に対する弘中の言葉遣いが微妙に変化しているのに気付き、真琴は戸惑いを覚える。
組員にするつもりはないと倉橋は言っていたが、やはり日常的にその世界に接しているとその色に染まってしまうのだろうか?
「真琴」
走り始めた車の中、真琴の表情が晴れていないのに気付いて、海藤はその肩を抱き寄せた。
「どうした?気が進まないか?」
「ううん、そんなこと無いですっ。あの、伯父さんって、どんな人なんですか?」
弘中から意識を逸らすように、真琴は話題を変えた。
「伯父貴か?そうだな・・・・・俺には厳しい人だったな」
「き、厳しいんですか?」
(そうだよね、組長さんだった人なんだし・・・・・)
まだ顔の分からないその人の顔が、真琴の頭の中でぼんやりと形作られていく。
(ど、どうしよ・・・・・閻魔大王が浮かんできちゃった・・・・・っ)
「こ、恐い人ですか?」
「今は隠居してだいぶまるくなったな」
「まるく・・・・・」
「素人に無茶なことはしない人だ。真琴は心配する必要は無い」
「・・・・・」
海藤はそう言ってくれるが、海藤の伯父にとって真琴はただの素人ではない。
海藤と真琴は男同士ではあるが、ちゃんと肉体関係もある恋人同士なのだ。
普通の肉親ならは、自分の身内に同性愛者がいることを快く認めてくれる場合は少ないだろう。
まして、海藤は1つの組を率いる立場にいる人間で、本来ならば跡継ぎを作らなければならないはずだ。
そんな海藤の人生を捻じ曲げている自分という存在に対してどういう態度を取ってくるのか、距離が近付いていくにしたがっ
て真琴の心配は次第に大きくなっていくのだ。
「大丈夫だ」
「海藤さん」
「必ず認めさせる。うるさい事を言ってきたら、それこそ途中で帰ってもいい」
「そ、そんなの駄目ですよ!ちゃんと最後までいてお祝いしなくちゃっ」
「・・・・・そんなものか?」
「そうですよ!ね、倉橋さんもそう思いますよね?」
真琴が助手席に座っている倉橋に同意を求めると、倉橋は頷きながら言った。
「そうです。社長にはちゃんと最後までいて頂かないと。御前もそれをお望みです」
「御前?」
「前会長の事を、私達はそうお呼びしているんです」
「へえ〜、時代劇みたい。あ、そういえば綾辻さんは?今回は一緒じゃないんですか?」
「まあ、出来れば留守番させたいところですが、彼は先にあちらに行っていますよ。今回の祝いの席には、御前の古くから
の知り合いの方や、今もって影響力のある方ですから幾人かの関係者も来られますから、色々と受け入れの準備をしてく
れているはずです」
「そ、そんなにたくさん来るんですか?」
「はっきりとした人数は・・・・・まあ、内輪とは言われていますが」
「ほ、他にも、ヤクザさん達、いるんですか・・・・・」
「そう心配されることはないと思いますよ。きっと綾辻がうまく調整してくれるでしょう。・・・・・いや、もしかしたら面倒くさがっ
て放棄している可能性もありますね」
倉橋はわざと呆れたように大きな溜め息を付いてみせる。
「そうですね、遊んじゃってるかも」
その言葉に、真琴もやっと頬に笑みを浮かべた。
(そうだよ、周りの人みんな動いてくれてるんだから)
ただ漠然とした、恐いという感情だけで全てを台無しにすることは出来ない。
真琴は気持ちを切り替えるように一度深呼吸すると、隣に座る海藤を見上げてきっぱりと言った。
「途中で帰るのはなしですよ?ちゃんとお祝いしましょうね」
「・・・・・ああ」
真琴の決意が嬉しいのか、海藤は深い笑みを浮かべていた。
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