重なる縁










 「うわあ・・・・・」
 目の前に立つ白い洋館を車の中から見上げて、真琴はポカンと口を開けてしまった。
(屋敷っていうより・・・・・館?)
真琴の頭の中のイメージでは、海藤の伯父が住む家は重厚な日本家屋だった。
しかし、実際に目の前に立っているのは2階建てだがかなり広い敷地を持つ立派な洋館で、門から見える庭も青々とした
芝生が広がっている。
別荘地なのか周りに家も少なく、緑豊かな景色で、一瞬ここが日本ではなくヨーロッパではないかとさえ思ってしまった。
(ここに親分さんがいるなんて・・・・・あ、今は御前様?)
 「こ、ここですか?」
 「ああ」
 真琴の戸惑いに気付いているのか、海藤の唇には笑みが浮かんでいる。
 「えと・・・・・ここに、組員さん達も一緒に暮してるんですか?」
 「伯父貴は引退した身だからな。表立った組員はいないが、ガードに何人かは付いている。今回は客も多いし、うちから
も何人か寄越してるがな」
 「お客さん・・・・・もう来てますか?」
 「いや、本番は明日の夕方からだからな。明日の朝から煩くなるだろう」
 そう言い終わらないうちに、大きな門が自動的に開かれた。
 「わっ」
(凄い!自動だ!)
入口からこんなに驚くのならば、実際に中に入ったらどうなるだろうか?
 「・・・・・」
真琴は少し不安になって、キュッと海藤の腕を掴んでいた。



 広い敷地を抜け、やっと洋館の正面玄関に着いた車は、直ぐに外からドアが開けられた。
 「ご苦労様ですっ」
 「・・・・・」
 海藤は軽く頷いて車を降りると、戸惑っている真琴の手を取って外に連れ出した。
 「・・・・・開成会の人ですか?」
開成会の構成員全てを知っているはずのない真琴は、見知らぬ男を見て小さな声で聞いてくる。
 「いや、別のとこのだろう」
開成会を海藤に譲って引退するまで、伯父の菱沼辰雄はかなりのやり手だった。傘下についていた大東組の中でも要職
を歴任し、主要人物とも親交のあった菱沼の今の立場はかなり特別だ。
今もって影響力もあるので、各会派から何人かの組員が出向のような形で菱沼の下で動いている。
開成会からも3人寄越しており、全ての人数を合わせればかなりの数になるが、それをわざわざ真琴に言って聞かせて緊
張させることはない。
 「会長!マコちゃん!」
 突然ドアが勢いよく開かれたかと思うと、綾辻が満面の笑みで現われた。
 「綾辻さん!」
知った顔の出現に、真琴の頬にも笑みが浮かんだが、ふと気付いたように海藤を見上げた。
 「会長って?」
 「ああ、一応他の組長達の手前、こっち方面の用の場合は、社長じゃなく会長って呼んでるの。開成会会長。どう?」
海藤の代わりに、綾辻が自慢げに言う。
真琴は首を傾げた。
 「どうって・・・・・なんか慣れないから・・・・・」
 「ふふ、まあ、じきにね。会長、全ての用意は整っています」
 真琴に対してとは少し違う改まった口調で綾辻は海藤に言った。
普段の態度からは想像も出来ないが、綾辻は言われたことはそれ以上に、そして言われていないことも完璧にこなすかな
り優秀な人材だ。
派手な容姿と言葉遣いに気を取られていたら、何時の間にか後ろから鋭い刃で首を切られていた・・・・・そんな鋭い牙を
隠し持っている。
 その綾辻が全てと言い切るのならば、海藤は全く気を遣ることはない。
 「伯父貴は?」
 「御前はリビングに。涼子さんは明日まで沖縄だそうですよ」
 「・・・・・涼子さんって・・・・・」
 「伯父貴の嫁さんだ」
 「あ・・・・・そっか」
 以前、海藤に女が出来たのではないかと誤解したことを思い出したのか、真琴の目元が羞恥でうっすらと赤くなる。
あの時の真琴の可愛い嫉妬と小さな喧嘩は(海藤にとっては子猫がじゃれ付いているとしか見えなかったが)、2人の関係
がまた一歩近付いた出来事だった。
 「今から会えるのか?」
 「はい。楽しみにしておられますよ」
 「・・・・・言ったのか?」
 「もうご存知でしたよ。なぜ一番に俺に報告しないと、その点で怒ってらっしゃいましたが」
 「・・・・・」
 菱沼が真琴のことを知っているだろうということは予想はしていた。
今まで特定の相手と付き合うことはせず、誰かと一緒に暮すことも無かった海藤が、夜の誘いを全て断り、特定の人間と
暮らし始めたのだ。
その人物が海藤にとってどんな存在なのか、育ての親である菱沼には直ぐに見当がついただろう。
 早く身を固めろ、子供を作れと煩いぐらい言ってきた菱沼が、ここのところ静かなのは明らかに真琴の存在を認めたからだ
ろうが、はたしてその性別まで把握しているのかは分からない。
 「海藤さん?」
 「いや、入ろう」
 たとえ、菱沼が真琴を女だと思っていたとしても・・・・・、真琴を男だと知って別れる様に言われるとしても、海藤の気持ち
は少しも揺らぐことは無い。
出来れば認めて欲しいとは思うが、駄目ならば菱沼を切り捨てる覚悟は出来ている。
自分にとって何が一番大切なのか、海藤の中ではとうの昔に答えは出ていた。