重なる縁



20






 「あ〜、やっぱりうちが一番落ち着く〜」
 リビングの大きなソファに懐くように座り込むと、真琴はしみじみといった感じで呟いた。
弘中の運転は快適で、道中身体に響くような振動もほとんどなかったものの、やはり疲れたのか慣れたマンションに着く
と、真琴は安心したように肩の力を抜いた。
(あんな豪華な宿に泊まるのも楽しいけど、やっぱりここが一番好きだなあ)
海藤と暮らすこの部屋が、何時の間にか自分の居場所になっているのを感じる。
 真琴はチラッと視線を上げた。
海藤は上着を脱ぎ、カフスボタンを外している。
その姿が寛げる場所に戻ってきたという雰囲気で、真琴はなぜか嬉しくなった。
 「どうした?」
 真琴が笑った気配に気付いたのか、海藤は視線を向けてくる。向けられた方がくすぐったくなるような優しい眼差しに、
真琴は照れてしまって顔を赤くした。
 「うちはいいなあって思って」
 「・・・・・うちか」
 「海藤さんは?」
 「俺はお前がいればどこでもいいが・・・・・お前がここがいいと言うなら、俺もここがいいな」
 「・・・・・」
(う・・・・・殺し文句だよ、海藤さん)
 普段の口数はけして多い方ではない海藤も、真琴に対してだけは出来るだけ言葉を尽くそうとしてくれる。飾りのない
言葉だけに、そのまま真っ直ぐに心に届くのだ。
 「倉橋さん達も疲れただろうなあ。海藤さん、明日は倉橋さん達お休みですか?」
 「・・・・・いや、通常業務だな。綾辻は分からないが、倉橋は融通の利く奴じゃないし、絶対休むことは無いだろう」
 「・・・・・そうですね」
 何時も綾辻の軽い態度を批判している倉橋だ。自らが楽になる道を選ぶことは考えられない。
 「海藤さんも?仕事ですか?」
 「明日は朝はゆっくり出来る」
 「ホントに?」
(じゃあ、明日の朝食は俺が作ろうかなあ)
まだまだ和食などはレベルが高いが、パンを焼くことぐらいは出来る。後は野菜を千切って、コーヒーをたてて・・・・・。
(あ・・・・・サイフォンの扱い方が分からない・・・・・)
 根本的な問題に眉を顰めていると、何時の間にか近付いていた海藤が隣に腰を下ろして肩を抱き寄せる。
 「真琴?」
 「え〜と・・・・・サイフォンの扱い方が分からないなあって・・・・・」
たったそれだけの言葉で、海藤は真琴が何を考えているのか分かったらしい。
苦笑しながらポンポンと軽く頭を叩いた。
 「明日の朝食は一緒に作るか?」
 「海藤さん」
 「真琴の包丁捌きがどれ程上達したか見せてもらおう」
 「はいっ」
2人並んでキッチンに立つのも楽しいだろう。真琴は笑って頷く。
 「真琴、風呂はどうする?」
 少し早めの夕飯は途中で済ました。時間的にはまだ寝るのには早いが・・・・・。
 「あれだけ湯につかったんだ、疲れてるだろう?」
 「え〜、まだ入り足りなかったくらいですよ!出来れば倉橋さんとこと綾辻さんとこにも入りたかったくらい!」
 「・・・・・そうなのか?」
 「それに、やっぱり綺麗にして寝たいし、お風呂入れますね」
ソファから立ち上がってバスルームに向かい掛ける真琴の後ろ姿に、海藤はふと思いついて声を掛けた。
 「一緒に入るか?」
 「!」
バッと振り返った真琴の顔は耳元まで真っ赤になっている。
 「い、一緒になんて入りませんっ」
温泉であれやこれやされたことを思い出したのか、プルプルと激しく首を横に振った。
 「俺は一緒に入りたいんだが」
 「却下っ」
 「隅々まで洗ってやるぞ?」
 「大却下!」
バタバタとバスルームに走っていく真琴を、海藤は笑いを堪えて見送っていた。



 伯父さんは面白かった、涼子さんはカッコ良かった、温泉は楽しかった・・・・・ベットに入ってからも寝る直前まで興奮し
たように話していた真琴は、ふと言葉が途切れたかと思えば、まるで気を失うようにストンと眠りに落ちていた。
 [真琴」
 「・・・・・」
(まるで子供だな)
 海藤がそっと肩を抱き寄せると、まるで縋りつくように胸に顔を埋めてくる。
信頼され、想われている・・・・・海藤の胸に温かな充実感が広がっていった。
 今回の軽井沢旅行は、海藤にとっては一種の賭けだった。
会のトップだったという立場は抜きに、海藤の幸せを考えてくれている菱沼夫婦の気持ちが痛いほど分かった上で、正
式な結婚が出来ない男の真琴を生涯の伴侶と選んだことを伝えるのは躊躇いが無かったわけではない。
もちろん真琴と別れるつもりは無かったが、幼い頃から育ててくれた菱沼を簡単には切り捨てたくも無かった。
(会わせれば、気に入ってくれるとは思ったが・・・・・)
 菱沼の方はそう想像出来たが、涼子の方はなかなか行動が読めず、結局は見合いもどきのことをさせられてしまった。
 「全く・・・・・伯父貴よりもあの人の方が油断ならない・・・・・」
しかし、これで一応真琴の顔見せは済んだ。
本宮にも紹介出来たのは大きい。
これから先真琴にちょっかいを出そうという人間も出てくるだろうが、はっきりした立場を示していれば海藤も動きやすかっ
た。
 「まあ・・・・・簡単に手を出す馬鹿はいないだろうが」



 ゆっくりと夜は更けていく。
明日からもまた、楽しくて新鮮な毎日が待っていた・・・・・。





                                                                end