重なる縁
19
「あ〜ら、お肌ツルツル、お目々もウルウル。随分可愛がってもらったのねえ」
「あ、綾辻さん!」
翌朝、午前11時というゆっくりした時間にチェックアウトを済ませた一行。
玄関前で車が来るのを待っていた真琴は、後ろから綾辻にそうからかわれて顔を真っ赤にした。
綾辻の言ったように、昨夜遅くまで散々可愛がられた真琴は、今朝目を覚ましたのはもう10時になろうかという時間だっ
た。
どうしてももう1回風呂に入りたかった真琴はそこから慌しく用意をし、チェックアウトを遅らせようという海藤の言葉を断って
バタバタ風呂に入り、朝食を済ませた。
その間、海藤は真琴に放っておかれた形だが、何かをいう事も無くただ苦笑しながら見ていてくれた。
普通に暮らしていたのなら、到底こんな高級宿に泊まることはなかっただろう。真琴のことを思って先回りで気遣ってくれる
海藤の気持ちがとても嬉しかった。
「温泉は?いっぱい入った?」
「はい、2つとも!綾辻さんは?」
「私も堪能したんだけど・・・・・克己と混浴出来なかったのが唯一の心残りね〜」
「・・・・・綾辻、何を馬鹿なこと言ってるんですか」
今にも一発手が出そうなほど不機嫌な倉橋の声に、綾辻は真琴に軽くウインクして見せた。
「照れ屋さんなのよ、克己は」
「綾辻」
「はいはい、もう言いませ〜ん」
綾辻の話は面白くて、真琴はついつい顔が綻んでしまう。
珍しくムッとした表情の倉橋と、相変わらずの笑みを浮かべている綾辻を交互に見ながら、真琴はこのメンバーと来れた
ことが良かったと感じていた。
「どうだった?いい宿だったでしょ?」
綾辻と話している真琴を見て、海藤はそれほど強く昨日のダメージが残っていないことに安堵した。
余りに可愛く誘って(?)来た真琴に手加減出来ず、海藤はかなり激しく抱いてしまった。
これからマンションに帰るまでの数時間の車の移動で、真琴の身体がきつくならないかと今朝になって気付いたのだ。
かなり慣れてきたとはいえ、受け入れる立場の真琴のダメージは海藤には想像出来ないものだ。少しでも楽をさせて
やりたくて時間の延長も切り出したが、
「宿の人に迷惑掛かっちゃいますよ、俺なら大丈夫」
そう、にっこりと笑って断った。
その言葉を疑ったわけではないが、こうして見ていると確かに大丈夫なようで安心する。
「はい!こんなとこ二度と泊まれないだろうから、もう1回くらい温泉に入りたいとも思ったんだけど、でも、十分堪能しま
した。あ、海藤さん」
「ん?」
「こんな凄くいいとこ連れて来てくれて、ありがとうございました」
「お前が楽しんだのならいい」
「すっごく、楽しかったです!」
「・・・・・俺も楽しかったな」
「海藤さんも?・・・・・あ・・・・・っ」
海藤の言葉の中に含まれている特別な響きに気付き、真琴は真っ赤になって俯いてしまった。
やはりこうした話題が苦手なのだろう。
「うぅ〜・・・・・」
「真琴」
「海藤さんて・・・・・時々意地悪だ」
「俺が?お前には優しいつもりだが」
「意地悪ですよ!」
怒ってしまったのか、真琴はプンとそっぽを向いた。
海藤相手にそんな態度を取れて、その上で何の咎めもないのは真琴ぐらいだろう。
どうやって機嫌を取ろうか、そんなことまで楽しんで考えることが出来るが、海藤が声を掛ける前に携帯をチェックしていた
真琴があっと叫んだ。
「お土産!」
「真琴?」
「どうしよう、海藤さん、俺軽井沢土産買うの忘れてた!」
「誰にだ?」
「大学は休みだから言ってなかったけど、バイト先には旅行のこと言ってたんです!それなのに俺、すっかり忘れてて・・・
・・どうしよう・・・・・」
海藤は真琴の手にしている携帯を見た。今急にそう言い出したということは、何か連絡があったのだろう。
内心面白くない海藤だが、表情には出さずに聞く。
「何かあったのか?」
「古河さんからメールがあって、疲れてるだろうから明日と明後日のシフトから外してあるって・・・・・。俺、休んで迷惑掛
けてるのに・・・・・」
「・・・・・あいつか」
海藤の頭の中に、何度か会った事がある真琴のバイト先の指導係、古河の顔が直ぐに浮かんだ。
人が良さそうなわりに、いかにも怪しげな雰囲気の海藤に対しても普通に接してきた男だ。
真琴に関係する人間は、大学、バイト先の主要な人間は全て調べているが、古河は誰の目から見ても誠実で優しい
性質の男らしい。
何より、全く真琴に対して変な感情を持たず、まるで保護者のように気に掛けているところは、真琴の細部の生活までは
目が届かない海藤にとっては重宝な存在だった。
「帰りにどこかへ寄らせよう」
「軽井沢名物あるかな・・・・・」
「まあ・・・・・大丈夫だろう」
「・・・・・そうですよね」
海藤の言葉は真琴にとっては絶対の響きを持っているようで、海藤が大丈夫だと言えばきっと大丈夫だと思ったようだ。
先程までの不安そうな表情の代わりに、真琴は申し訳なさそうに情けなく眉を下げて言った。
「ごめんなさい・・・・・」
「何を謝る?」
「何だか・・・・・何時も迷惑掛けちゃって・・・・・」
「気にするな」
「でも・・・・・」
「俺にとっては、それが楽しいんだ」
「・・・・・海藤さん?」
「ほら、車が来たぞ」
どんな風に説明しても、真琴には分からないことかも知れない。
真琴と出会った事で、海藤が自分自身が今まで持っていないと思っていた様々な感情に気付いたこと、そしてそれらが
全て愛しく楽しい感情ということも・・・・・。
「帰るか」
「はい、うちに帰りましょうね」
こんな風に自然に交わせる会話が、どんなに嬉しいか・・・・・。
海藤は腕の中のこの大切な存在を、そっと柔らかく包み込むように抱きしめた。
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