『』内は外国語です。
嫌味なほどに晴れ渡った青空を見上げながら、私立羽生学園の現生徒会長、上杉滋郎(うえすぎ じろう)は、はあ〜と深
い溜め息を付いた。
「・・・・・ったく、本当に来やがるとはなあ」
「会長」
その言いざまに、片腕である副会長の海藤貴士(かいどう たかし)が、横から静かに諌めた。
「もう今更ですよ。昨日までに撤回出来なかったのはこちらの実力不足ですし、こうなったからには無事終わらせるのが第一だと
思いますが」
「・・・・・」
海藤の言いたいことは分かる。
それでも、本当に今日こうしてそれを見るまで、上杉は冗談だと思っていたのだ。
「・・・・・」
もう一度溜め息をつく上杉に、その目の前にいる小さな豆台風が呆れたように叫んだ。
「そーだぞ、じろー!きょうはうんどーかいなんだから、かつようにがんばろうな!」
「・・・・・おいおい」
(だから、今日は付属の運動会じゃなく、高等部の体育祭だって言うんだよ)
内心そう思いながらも、やる気満々のその様子にこれ以上水を差すことは出来ず、
「会長、そろそろ開会式です」
そう言いに来た会計の小田切(おだぎり)の声に、上杉はようやく重い腰を上げることになった。
私立羽生学園は、幼稚園から大学までエスカレーター式の男子学校だ。
女性理事長、苑江佐緒里(そのえ さおり)のもと、自由な校風ながら勉強もスポーツも盛んな学校で、近隣の女子生徒達か
らはイケ面率が高いことでも有名だった。
特に今期の生徒会は抜群の人気を誇っていて、圧倒的なカリスマを持つ、かつては派手に遊びまわっていた生徒会長の3年
の上杉を筆頭に、副会長は同じ3年生で大物政治家を親に持つ、冷静沈着な海藤。
会計には、幼馴染でお互いの弱みも握り合っている、同じく3年の小田切裕(おだぎり ゆたか)。
書記には真面目な堅物の2年生、倉橋克己(くらはし かつみ)と伊崎恭祐(いさき きょうすけ)。
風紀委員には、小田切の従兄弟で仕切り屋の3年、綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)と。
付属ならではの年内いっぱい活動予定のこの生徒会は、大きな行事でもある秋の体育祭を本日迎えることになっていた。
ただ、体育祭を行うだけなら、上杉も特に問題にはしないのだが・・・・・今回に限り、どうも勝手が違っていた。
それは、本日学園が招待する来賓。通常はここには市のお偉い方やOBの偉い人間が座るのだが、今回は上杉が勝手に生徒
達からアンケートで募った【来て欲しい】客を呼ぼうと言い出したのだ。
それで生徒達のやる気が高まれば面白いと本当に軽く考えていたのだが、案を出すだけ出して後は人任せにしてしまったツケは、
今日思い掛けない形で上杉の前に現れてしまった。
「なんだよ、ちょーしわるいのか?じろー」
「・・・・・」
上杉の目の前には、自分の腰ほどしか身長の無いガキが立っていた。
ピンピンに跳ねた髪の大きな目のそのガキンチョは、何時も以上に顔を輝かせている。
「・・・・・タロ、お前、本当に今日参加する気か?」
「あったりまえだろ!おれたち、しょーたいされたんだもんな〜!」
そう言って、リーダー格のガキンチョ・・・・・理事長の息子である苑江太朗(そのえ たろう)が振り返った先には、更に同じ年頃の
子供が4人、楽しそうに笑いながら立っていた。
「そーだよ、じろーさん、おれたちおよばれしたんだよ〜、ね〜」
目元にホクロのある西原真琴(にしはら まこと)が柔らかな笑みを浮かべながら言うと、
「じろーはもうじじいだから、ものわすれがひどいんだって」
そう答えたのは、天使のように愛らしい日向楓(ひゅうが かえで)だ。
「かえでちゃん、こーこーせいはじじいじゃないよ、おじちゃんじゃない?」
更に、全然フォローになっていないようなことを言ったのは、日本人形のように整った顔の小早川静(こばやかわ しずか)で、
「しーちゃん、おにいちゃんだよ」
最後に、控えめに訂正したのが高塚友春(たかつか ともはる)だった。
「・・・・・お前らなあ〜」
この5人の付属幼稚園の子供達と出会ったのは今年のゴールデンウィーク。
あまりにも不純異性交遊が激しかった上杉への罰として、理事長である佐緒里が科した罰からだった。
2泊3日の避暑地での子守は、当初の危惧とは正反対に楽しいものだった。
子供は煩いだけだと思っていた上杉も、太朗のことを可愛いと思うようになったし、同時に子守に強制参加させられた生徒会の
面々(と、プラス2人)も、それぞれが有意義な時間を過ごせたのだ。
しかし、どんなに気が合って(それも問題かもしれないが)楽しかったとしても、高校生と幼稚園児ではあまりにも世界が違う。
そう思って少し寂しいとまで感じていた上杉達だったが、お子様パワーというものは侮れないもので、太朗達はそれからも頻繁に
同じ敷地内にある高校に遊びにやってきて、今やそれぞれにファンがつくほどの人気者になってしまっていた。
だが、まさか幼稚園児を来賓で呼ぶとは・・・・・。
そう思っても、そもそも今回のサプライズは上杉自身が計画したもので、これは本当に今日の今日までチェックを怠けていた自分
のミスだ。
(・・・・・まあ、何とかなるか)
気を取り直すと、元々楽天主義の上杉は、クシャッと太朗の髪を掻き撫でながら笑って言った。
「よし、今日は勝つか、タロ」
「とーぜんだよ!」
「開会式を始めます」
副会長である海藤の宣言で、いよいよ羽生学園の今年の体育祭が始まった。
全校生徒の前にずらっと並び立つ生徒会面々はさすがに壮観だ。
私立校らしいお洒落なジャージをそれぞれが個性的に着こなし、色別のハチマキを軽く首に掛けた姿は、スタイルがいいのでモデ
ルのようだった。
エリート校でも名高い羽生学園の恒例行事(体育祭や文化祭)などは、父兄やOBだけではなく、近隣の中高の女生徒達
が押しかけるのも有名なので、今回も入場制限が掛かっている。
今も門の外では、一目でも中の様子が見たいという娘達が鈴生りになっているはずだ。
しかし、そんな外野の喧騒とは全く正反対に、羽生学園高等部の生徒達の目は、並び立つ生徒会役員・・・・・の、隣に立つ
小さな存在に視線を向けていた。
「それでは、選手宣誓を・・・・・苑江太朗君」
「は〜い!」
「おいっ」
ここは色別代表がするんじゃないかと上杉が眉を潜めたが、進行役の小田切がにっこりと(下僕達には天使の微笑と言われて
いるらしいが、上杉はとてもそう思えない)笑って言った。
「せっかくですし、皆盛り上がるでしょう?」
「盛り上がるって、あ、おいっ、タロ!」
上杉の焦りをよそに、多分もう最初から決まっていたのだろう太朗はさっさと壇上に上がると、数百人の生徒達と父兄達の視線
を浴びてもビクともせずに片手を上げて元気よく言った。
「せんせー!!おれたちはー!・・・・・・・・・・」
「・・・・・」
そこまで言って、いきなり黙ってしまった太朗を、一同が固唾を呑んで見つめる。
すると、
「あれ?なんだっけ?」
いきなり振り向いた太朗の声はマイクが完全に拾っていて、どうやら宣誓の言葉を忘れたらしい太朗に爆笑の歓声が上がった。
「タロくんっ、そこは、がんばりますっていうんだよ!」
慌てて真琴がそう言うが、
「タロー、おまえがそれしたいっていったんだからな!わすれるなんてちょー、ださい」
「なんだよ!かえで!」
「ケンカだめだよ!か、かいどーさん!」
振り返った真琴がたどたどしい口調で、助けを呼ぶように海藤の名前を言う。多分、真琴にとっては海藤の名前はオールマイティ
ーに最強な呪文なのだろう。
そして、真琴の願い通り、海藤は少しの躊躇いも無く真琴の側に行って宥めるように頭を撫でてやると、太朗に向かってゆっくりと
宣誓の言葉を教えている。
「・・・・・」
いきなり宣誓の事を忘れてしまって楓に喧嘩を売った太朗。初っ端からのこれに、上杉はこれで今日1日大丈夫なのかと頭が痛
くなるような気がした。
それでも何とか開会式を終えて。
次はラジオ体操だ。
長く並べられた壇上に立ったのは、またしても5人のお子様達だった。
真っ白い幼稚園の体操服に、すんなりと伸びた華奢な足が丸見えの短パン。そして、帽子はそれぞれが決めた4色の色のもの
を被っている。
それは、彼らがそれぞれ大好きなお兄ちゃんの色のものだった。
まだ幼稚園児。
身長も1メートルに満たない、高校生達からすれば本当に幼い子供達。
たが、それぞれに愛らしい存在の彼らを皆好意的に受け入れていたし、中には・・・・・多少危ない想像をする者も確かにいる。
全く警戒心の無い子供達を守ることも生徒会役員達の役目でもあったが、そこにはあと2人、強力な助っ人がいた。
『日本には幼児性愛者が多いのか?』
『・・・・・さあ、私はそちら方面には詳しくは無いので』
執行部のテントの下で、流暢なイタリア語で会話をしている2人。
すらりとした長身に、日本人離れした彫りの深い顔。碧色の瞳を持つ、とても高校生には見えないイタリアから羽生学園に来て
いる留学生アレッシオ・ケイ・カッサーノと、生徒総代(生徒会長とは違う、学園側代表。こちらは学園側が選んでいる)の、3年
生、江坂凌二(えさか りょうじ)。
江坂の実家の取引先で、イタリアでもトップの海運会社の御曹司であるアレッシオは、母親の母国である日本に1年間だけ留
学をしに来ていた。
本来は母親から教えてもらったので日本語もほぼ自由に使いこなせるが、人に聞かれたくないことを話す時はイタリア語の方が
何かと都合が良いのだ。
この2人もまた、ゴールデンウィークにお子様達と2泊3日を過ごした者達だ。
自分にとって有益なものにしか興味の無かったこの2人も、僅かな時間で子供達の純粋な心に惹かれていき、今ではあれほどに
煙たいと思っていた生徒会室に、彼らが来るので入り浸っている状態だった。
『トモを狙っている者はいるか?』
『多分、いないんじゃないでしょうか。あの子があなたのお気に入りなのは周知の事実ですし』
(たとえ本当にあの子を狙っている奴がいたとしても、カッサーノ家を敵に回すような馬鹿はさすがにいないだろう)
それよりもと、江坂は元気に音楽に合わせてラジオ体操をしている静をじっと見つめた。
美醜で言えば、一番華やかで愛らしいのは楓だろうが(性格は全く無視してだが)、静も日本人形のように可愛らしい。
気の強い楓よりも静の方がいいと言っていた生徒の声も実際に聞いた江坂は(もちろん、その生徒には後で軽く灸をすえたが)、
少しおっとりしている静のことが気になってしょうがない。
今の時代、高校生が小学生を、男が男を襲ってもおかしくは無いのだ。
(現に私も・・・・・あの子を気に入っているしな)
自分の気持ちはけして邪なものではないと思っているが、それでも静が自分以外の人間に目を向けるのは面白くない。
江坂は複雑な自分の気持ちを隠して言った。
『とにかく、今日はしっかりとあの子達を見張った方がいいですね』
プログラムを見ながら何やら書き込んでいる小田切の手元を覗き込んだ綾辻は、ふっと目を細めて笑みを漏らした。
「ま〜た、何かやらかす気?」
「その方がお前も楽しいだろう?」
従兄弟同士からか、詳しいことを言わなくてもお互いの気持ちが通じて、小田切と綾辻は視線を合わせてにっと口元を緩めた。
「何か私にもいい目みさせてよ」
「気が向いたらな」
今は自分の楽しみの方が優先と、小田切は進行表を見つめながらこの後の展開を楽しく想像していた。
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150万hit記念企画の1つ、リクエスト頂いた「KIDS TYPHOON」の続編です。
今回は体育祭編。ありえない設定ですが、割り切って楽しんでください。