『』内は外国語です。
「・・・・・」
真琴は来賓の椅子に座り、足をブラブラ揺らしながらプログラムを見ていた。
幼稚園とは違ってたくさんの競技があるのがすごいと思うし、自分よりも大きな高校生達の迫力ある競技はやはりカッコいいと思
う。
「かいどーさんはなんにでるのかなー」
(100・・・・・?)
真琴はじっとプログラムに目を落として首を傾げた。まだ漢字が読めない真琴は、漢字で書かれている次の競技が何であるかが
分からない。
真琴は少し考えて椅子から降りると、そのままトコトコと執行部の人間がいる場所へと向かった。
「あ、かいどーさん!」
「ん?どうした?」
目的の人物・・・・・海藤は真琴の言葉に直ぐに振り向いて、腰を屈めると真琴の目線に合わせてくれた。
「あのね、これがよめないの。かいどーさんはいつでるの?」
真琴の手に握られているプログラムを見て海藤は僅かに眉を潜めた。
(子供用のを作ってやっていないのか?)
真琴達が来ると分かっているのなら、分かりやすいそれを用意してやるというのは当然だろう。サボリ魔の生徒会長のせいで実質
動くことが多い海藤はそこまで気付いてやれなかったことを申し訳なく思い、直ぐにふり仮名をふってやろうとした。
すると、
「あ、マコちゃん、これどうぞ」
不意に現れた綾辻が、横から何かを差し出した。
「これなに?」
「マコちゃん達用のプログラム表。ちょっとバタバタしてて渡すの遅れてごめんなさいね」
「ううん・・・・・うわ〜、かわいいっ」
中を開いた真琴がそう言うのに、海藤も上からそれを覗き込んだ。
子供が読めるように平仮名で書かれた種目の横に書かれているのは・・・・・。
「・・・・・誰が書いたんだ?」
「私で〜す!結構上手いでしょ?」
種目の横には、それに出場する者の似顔絵が書かれていた。
誰がどの種目に出るのか一目で分かるのはいいかもしれないが、漫画的に掛かれた自分の顔には正直何と言っていいのか分か
らなかった。
だが、真琴にはかなり評判が良かったらしい。
「すっごい、かいどーさんにてる!かっこいい!」
「・・・・・」
褒められれば文句も言えず、海藤は複雑な顔をして笑った。
「トモ、ここは暑くないか?中に入ってゆっくり見てもいいんだが」
「だいじょーぶだよ、それに、ここにはみんないるし」
テントの下にいる友春は、自分の横に立つ背の高いアレッシオを真上に見るようにして言った。
「それに、ここがよくみえるもん」
「・・・・・」
「ね、ケイはこんどはしるんじゃないの?」
「私が?」
アレッシオは憮然と呟いた。
大体、こんな風に団体でするお遊戯会などに出るつもりは全く無かった。こんな意味のないことで休日を過ごすくらいなら、友春を
誘ってどこかに遊びに行きたいくらいだ。
それでもアレッシオがジャージを着てこの場にいるのは、昨日電話した時に聞いた友春の言葉のせいだった。
「ケイはなにしてもすごいから、はしるのもいちばんでしょ?」
身体能力で日本の学生に負けるとは思わなかったが、本気を出すのもバカバカしいと思っていたアレッシオが、その友春の言葉
でここにいる。
アレッシオのモチベーションは友春の言葉次第だった。
「ここで大人しくしているんだ、トモ。一番に駆け抜けて、直ぐにお前のもとに戻ってくるから」
自分がどれ程に優秀な男か、アレッシオは素直に頷く友春の頬をするっと撫でながら言った。
静は、ちらっと隣に座る江坂を振り返った。
(みんなあっちにいっているのに、いいのかな?)
先程貰った自分達用のプログラムには、今度の競技の横には江坂の似顔絵が書かれている。
それはもう次なので、入場門の所には既に列が出来ているのだが、江坂は少しも動こうとはしていなかった。
「・・・・・おにいちゃん、いかなくていいの?」
「私が?」
「だって、つぎにでるんでしょ?」
「私はここで競技の管理をしなければならないんでね。違反をすればそれを点に反映させなければならないし、多少の人数合
わせもしなくてはならないし」
「え、えっと」
江坂の言うことはとても難しく、静には半分・・・・・いや、ほんの少ししか分からない。
それでも、江坂がとても大変な任務を持っているんだなあと、尊敬の眼差しを向けて言った。
「すごいね〜、おにいちゃん、おしごとたいへんなんだあ」
「まあ、私にしか出来ないことだから」
100メートル走などという疲れる競技に出るつもりなど全く無い(足が遅いわけではないのだが)江坂は、まんまと静を言いくるめ
て、頬に笑みを浮かべながら当然と言うように頷いた。
「先輩!頑張ってくださいね!」
「会長、頑張って!」
「おー」
次々に掛かるか下級生のファン達の声援に笑いながら応えていた上杉は、いきなり膝裏を後ろから蹴られて(全くダメージは無
かったのだが)、それが誰なのか十分承知の上で溜め息混じりに振り向いた。
「何なんだ、タロ。大人しく座ってろ」
「でれでれして、ちょーへんなかお!」
「・・・・・ふ〜ん、お前妬いてんのか?」
上杉自身は、後輩からのアプローチは慣れているので何とも思わないが、何時も自分に向けられて当然と思っていた上杉の笑
顔が他の者に向けられるのは太朗は我慢出来ないのだろう。
女から向けられていた嫉妬は煩いだけだったが、太朗のそれはくすぐったいほどに心地良く思える。
何でも自分の気持ち次第だなと思っていた上杉は、更に続けて尻にパンチを受けてさすがに眉を潜めた。
「おい、タロ」
「そんなでれでれしてたら、ぜったいこけるからな!」
「ふ〜ん、じゃあ、1番になったら何してくれるんだ?」
「え、え〜っと・・・・・あ、ほめてやる!」
「何だそれは、やる気が起きねえな」
そう言いながらも、上杉は太朗のピカ一の笑顔を向けられるのも悪くは無いなと思っていた。
「くれるの?」
「ああ、皆で食べてよ」
「・・・・・」
100メートル走の準備の為に入場門に向かっていた伊崎は、チラッと目の端に映った光景に足を止めた。
(また・・・・・)
5人の幼稚園児達の中でもダントツの容姿を誇る楓のファンは多く、今も数人の生徒達に囲まれて何かを渡されている。
それは子供が喜びそうな菓子で、それだけならば微笑ましい(とも言わないかもしれないが)光景だが、その後に楓に握手を求め
る高校生とは・・・・・。
伊崎は口の中で溜め息を付くと、その集団に向かって声を掛けた。
「お前達、競技中に何をしているんだ」
「!」
そこにいるのが生徒会役員の伊崎だと分かると、固まっていた生徒達は慌てて散っていく。
残った楓は少しも悪びれることなく、いきなり現れた伊崎に向かって口を尖らせた。
「なんだよ、きょーすけ。せっかくおかしくれたおれーしてたのに」
「・・・・・知らない人から物を貰うのは止めなさい」
「しらないひとじゃないもん、ここのがくえんのやつだもん」
「・・・・・それをこじ付けって言うんです」
「・・・・・けち」
「・・・・・」
(もっとちゃんと叱らないといけないな)
確信犯のくせに、妙に無知なのが怖い。
伊崎は楓の腕を掴むと、強制的に来賓席があるテントへ向かって歩き始めた。
3年生の100メートル走が始まった。
3年生には生徒会役員も多く、他にも部活などで目立つ生徒達も多くいるので、まだ序盤の種目ながら盛り上がっていた。
「かいどーさん!かいどーさん!うわ!やった!!」
「あ、ケイ、はやい・・・・・」
それぞれ子供達が興奮している横で、江坂同様堂々とサボって執行部席で競技を見つめていた小田切が、なぜか楽しそうにふ
ふっと笑っている。
(あ〜あ、ユウの奴、倉橋にいい所を見せたかったのか)
珍しく真面目に競技に参加している綾辻は、ぶっちぎりでゴールテープを切った後、そのまま放送席に向かって行った。
そこには案の定倉橋がいて、綾辻は傍目にも分かるほどベタベタと倉橋に構い倒していた。
(上手くいってるのか、あいつらは)
従兄弟の下半身事情など興味は無いが、それに付属する様々な出来事は面白い・・・・・と、いうか、面白くしたい方だ。それ
には従兄弟などという関係は見逃す条件にはならなかった。
「・・・・・借り物か」
プログラムに目を落とした小田切は、続く競技を見てふと思いつく。
「おい」
小田切は近くの2年生役員を呼んだ。
「借り物の内容はもう決めているのか?」
「あ、はい、もう用意していますが」
「変更」
「え?」
「変更があるからそれを持ってきなさい」
有無を言わせない笑顔でそう言われ、2年生は慌てて頷いて踵を返した。
(せっかくなんだから、もっと楽しくしなきゃつまらないだろ)
その時、一際大きな歓声が沸いたので小田切が顔を上げると、そこにはぶっちぎりの1位になった、カリスマの生徒会長が余裕
で手を振っていた。
(お〜お〜、目立つこと)
「ん?タロ?」
1位になって意気揚々と帰ってきた上杉は、来賓席に座っているはずの太朗の姿が見えなくて首を傾げた。
いや、そこには太朗だけではなく、他の4人の子供の姿も見えない。
(何かあったのか?)
少し気持ちがざわついた上杉が近くの人間に聞こうとした時、甲高い賑やかな声が聞こえてきた。
「タロ?」
「あ、じろー」
太朗は上杉の姿を見て手を振ってくる。その暢気な態度に、余計な心配をしていた自分を少し恥ずかしく思いながら、それで
も上杉はジャージに付けられた1位の証の青リボンを指差しながら自慢げに言った。
「宣言通り1位になったぞ、見てただろ?褒めてくれる約束だったよな?」
「あ、おれたちいまオシッコいってたからみてなかった」
「・・・・・マジか?」
「でも、いちいのリボンしてるからホントなんだ。すごいなっ、じろー!」
「・・・・・」
せっかく1位になれて(当然だが)、一応太朗にも褒めてはもらったものの、肝心のその姿を見てもらえなかった上杉はガクンと肩を
落としてしまった。
(おいおい、そんなオチなのか・・・・・?)
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今回は100メートル走。走っている描写はありませんが。
次は何か予想してくださいね。