『』内は外国語です。





 全ての競技が終わった。



 色別対抗リレーの興奮も冷めやらないまま、全生徒がグラウンドに集まった。
その面前の壇上に上っているのは、生徒会長の上杉だ。
 「これで全競技終了だ。後は慰労会で騒ぐなり、自棄騒ぎするなり自由だ。ただし、酒はご法度だからな!」
短い終了の言葉に、笑いが沸き起こった。
こういうところが上杉らしいと、海藤は苦笑を漏らす。
 「一応勝負だから勝敗はつくが、来年はそれぞれ負けないように頑張ってくれ、以上!」



 壇上にいる上杉を見るのは、ほとんど真上を向くような体勢になってしまう。
太朗はポカンと少し口を開けたまま上杉の姿を見つめていた。
(カッコいいな・・・・・)
顔とか体格は、父親の方が大きくてがっちりとしてカッコいいと思うが、上杉の性格というか・・・・・そこにいるだけで目立ってしまうそ
の雰囲気は父親よりもカッコいいと思った。
 「だれがかったんだろ」
 楓が得点掲示板を見ながら言うが、騎馬戦が終わった直後から点数は隠されている。
 「きょーすけとこは、りれーいちばんじゃないもんなあ」
 「じゃあ、かいどーさんかな?」
 「じろー、にばんだったし」
誰が勝ったのかも気になるところだが、それよりもこの楽しい時間がもう少しで終わってしまうことの方が5人にとっては寂しかった。
これから高校生達は大学に向けての準備などがあるだろうし、自分達と遊ぶ時間もぐっと減ってしまうだろう。
幼稚園に通っている自分達と、高校生のお兄さん達と・・・・・埋まらない大きな差が悔しいと思ってしまった。
 「・・・・・なんだよ、たろ、ないてんのか?」
 「・・・・・かえでだって、くちとがってる」
 「やめようよ、そんなこというの・・・・・かなしくなっちゃうよ」
 「まこちゃん」
 「・・・・・さみしいよね・・・・・」
ポツンといった静の声に、4人は黙って俯いてしまった。



(トモ・・・・・?)
 閉会式というのに、執行部席の後ろの椅子に腰を掛けたままのアレッシオは、生徒会の面々と並んで立っている幼稚園児達
の横顔を見てしんなりと眉を潜めた。
いや、アレッシオの視界の中に入っているのは友春だけなのだが、その友春の顔が泣きそうに歪んでいるのだ。
 「・・・・・」
 リレーを終えて戻った時、友春は珍しく自分から駆け寄ってきてアレッシオの腰に抱きついてくれた。

 「すっごくはやかった!ケイ、カッコよかったよ!」

純粋な真っ直ぐな友春の褒め言葉に、アレッシオも走って良かったと思い、小さな身体を抱き上げて頬にキスをした。
くすぐったがっていた友春は首をすくめたが楽しそうに笑っていて、その時までは少しもおかしいと思うような気配はなかったのだが。
(短い間に何かあったというのか?)
 じっとしていられなくなったアレッシオが椅子から立ち上がろうとした時、
 「・・・・・何かありましたかね」
隣で、彼もまた閉会式なのに椅子に座ったままの江坂が低い声で呟いた。
 「エサカ」
 「・・・・・はい?なんです?」
 「・・・・・お前も見ていたのか?」
それだけの言葉で通じたのか、江坂は頬に皮肉気な笑みを浮かべた。
 「目を離している隙に、誰かがあの子達を苛めたんですかね」



 一部で少し不穏気な会話がなされているのも関係なく、閉会式は続いていた。
放送部の声が、今回の結果を発表する。

《今体育祭の優勝は・・・・・赤組!!》

うお〜っという歓声が沸きあがり、赤組の代表である海藤は優勝旗を受け取る為に壇上の前までやってきた。

《優勝旗は、今回特別来賓として招待させて頂きました、付属幼稚園の5人から渡してもらいます》

 「ほら、まこちゃんがもたないと」
 「う、うん」
 「おれたちもてつだうから」
幼稚園児達の身長の二倍はありそうな大きな優勝旗を、5人が協力して持って海藤の前まで行った。
海藤は5人の目線に合わせるように片膝をついたが・・・・・。
(真琴?)
今回赤組が優勝したせいなのか、一番先頭に立って優勝旗を持っていた真琴の表情が曇っているのに気付き、海藤は小さな
声でその名を呼んだ。
 「どうした、真琴、気分でも悪いのか?」
 「・・・・・ううん、かいどーさん、ゆうしょーおめでとー」
 「あ、ああ、ありがとう」
 海藤が優勝旗を受け取ると、再び歓声と拍手が沸き起こったが、海藤の視線は真琴の顔から離れなかった。いや、他の4人
にも視線を向け、彼らも一様に浮かない表情なのが気になる。
(リレーが終わった時は喜んではしゃいでいたのに・・・・・)
そのリレー終了から、まだ10分も経っていないのだ。
 「・・・・・」
この後は校長と理事長の挨拶があって閉会式も終わる。終わったら直ぐに真琴にどうしたのかと訊ねようと、海藤はじっと時計を
見上げていた。



《・・・・・以上で、体育祭を閉会します!生徒諸君はそれぞれの担任の指示に従って行動してください。父兄、来賓の方々は、
今から案内を致しますので・・・・・》

 放送がグラウンドに響く中、ほとんどの生徒達は自分達の教室に戻り、着替えて帰宅するようになる。
後片付けは体育委員や選ばれた各役員達がすることになっていて、父兄達も案内に従って帰宅を始めていた。
 「タロ」
 そんな中、上杉は来賓席のテントの中で固まっていた5人の傍に歩み寄った。
海藤と同様、5人の(もちろん一番に目に付いたのは太朗だが)表情の暗さが気になって、どうしても直ぐに声を掛けないといけな
いと感じたのだ。
 「どうした、俺が優勝しなかったから怒ってるのか?」
 「・・・・・」
 太朗がそんなことを思っているわけは無いと分かった上での言葉だが、案の定俯いていた太朗はパッと顔を上げるとブンブンと激
しく頭を左右に振った、
 「そんなことないよ!じろー、がんばったもん!」
 「じゃあ、どうしてそんな顔してるんだ?」
 「・・・・・そんなかお?」
 「今にも泣きそうな顔」
 「なきそー?」
首を傾げる太朗の頭に、上杉は大きな手を置いて頷いてみせる。
 「タロ?」
 「ふ・・・・・ふえ〜!」
じわじわと顔を歪めた太朗が、いきなり大きな声で泣き始めた。
すると、まるでそれにつられるかのように他の4人もいっせいに泣き始めてしまい、その大合唱に苦笑した上杉は後ろを振り返って
叫んだ。
 「おい!自分の担当はそれぞれ面倒見ろよ!」
そう言うと、上杉は軽々と太朗を抱き上げ、その背中をポンポンと優しく叩いた。
すると、しばらく泣き続けた太朗の声はしゃっくりに変わり、やがて鼻をすする音に変わっていった。
 「タ〜ロ」
 そろそろ落ち着いたかと、上杉はその身体を揺すりあげながら名前を呼ぶ。
少しして・・・・・泣き声の太朗の声が耳に届いた。
 「だ、だって・・・・・これから、ジ、ジローと、あん、あんま、り、あえなく、なっちゃう・・・・・だろ?」
 「また生徒会室に来れば会えるだろ?」
 「だって!だって、かあちゃん・・・・・ジローたち、うんどーかいおわると、いそがしくなっちゃうから、あんまりじゃましちゃだめってっ」
 「・・・・・なんだ、それは」
(理事長が原因か?)
上杉は内心溜め息をついた。
多分、佐緒里とすれば、来年大学に進学するであろう上杉達の邪魔をしたら駄目だという意味で言ったのであろうが、太朗達
からすれば、もうこの体育祭以降は高校に遊びに行っては駄目だという意味に捕らえてしまったのだろう。
開会式からずっと元気一杯だった5人の様子からは全く気付かなかった心の内に、上杉は事情を知らないとはいえ申し訳なかっ
たという気持ちになった。

 「そんなことはないですよ。また遊びに来ればいいし、楓さんがいいなら外でも会って遊べるし」
 「・・・・・ほんとか?」
 伊崎にべっとりとくっ付いたまま、楓はくぐもった声で聞き返した。
伊崎にさえ泣き顔を見られたく無いという意地っ張りな楓の行動に、伊崎は抱きしめる腕の力を強くしたまま何度も頷いてみせ
る。
 「私も、楓さんに会いたいし」
 「・・・・・」
 「だから、ほら、泣かないで」
 「ないてなんかない!」
 「はいはい、泣いてないですね」
甘やかしているのが心地よい。伊崎は泣いている楓に申し訳ない気分になりながらも、全く顔を上げてくれない楓の名前を何度
も優しく囁いた。

 「いいですか、静さん。私はあなたと会う時間を削らなければ大学に行けないほど馬鹿ではないつもりですよ。そう思うこと自体
私に対して失礼です」
 「ご、ごめん、なさ・・・・・」
 「でも、それくらい私のことを考えてくれているのは嬉しいですけどね」
 単に口先だけでの言葉ではなかった。江坂は本当に、そこまで自分との時間を大切に思ってくれている静の気持ちが嬉しかっ
たし、改めて自分にとっても静の存在が大きいのだということを自覚した。
内部進学か、外部の大学を受けるのかはまだ決めてはいないものの、どちらにせよ静といる時間を犠牲にするつもりはない。
たかが幼稚園児相手にと、昔の自分ならば馬鹿にしたかも知れないが、そういう気持ちというのもあるのだと、江坂は静に教えら
れた。

(今こんなことで泣くのなら・・・・・私がイタリアに帰る時はどうするんだろうか・・・・・)
 許された時間はたった1年・・・・・それも、来年の春までだ。その時自分と友春は、大学などという距離よりも遥か遠く・・・・・日
本とイタリアという距離に隔たれてしまうのだ。
別れがたいと思いながら、まだ子供の友春をイタリアへ連れて行くのは叶わない。
 「トモ・・・・・」
 「あ、あえなくなっちゃうの・・・・・さびしーよ・・・・・」
 「会えなくなる筈がない」
 来年の春のことは、今は考えない。
とにかく、こんな子供に振り回されても構わない自分の心に正直に、アレッシオは時間が許す限り友春の傍にいようと思った。

 「そういうことだ」
 会えなくなるわけはない・・・・・海藤にそう説明をされた真琴は、コクコクと頷いた。
そのたびに目に溜まった涙が頬を伝うのを、海藤は親指の腹でそっと拭った。
 「か、かいどーさんも、マコとあえなくなったら・・・・・さびしー?」
 「ああ、寂しいな。でも、寂しくなる前に会いに行くから・・・・・真琴も、寂しいと思う前に会いに来い」
 「うん」
柔らかな身体を抱きしめながら、海藤は自分の抱いている思いの種類を改めて考えてみた。
幼稚園児で、男の子で。これは恋愛にはなりえない。しかし、ただの父性愛とも違う思いが確かに自分の中にはっきりとある。
その思いにはっきりとした答えを出すまでは、この曖昧な思いを抱くのも悪くないかもしれないと思った。





 元気一杯の太朗の宣誓で始まった体育祭は、最後には5人の涙で幕を閉じてしまった。
それでも、それぞれの胸の中に新たに・・・・・そして大きくなった想いを自覚してしまった者達の途惑いをしっかりと見て取った小田
切は、手元のプログラムを閉じながらふふっと笑った。
(くれぐれも犯罪を起こさないように見張らせてもらおうかな)




















 その後ー





 「そうだよな〜、じろーがまじめにべんきょーするはずないもん」
 「何だ、その言い草は。ピーピー泣いてたのはどこのどいつだ?」
 上杉にピンッと人差し指で額を押さえられた太朗は、ムキになって言い返す。
 「お、おれじゃないもん!じろーだもん!」
 「タロ、はなみずでてたぞ」
楓がくくっと笑うと、何だよと太朗が叫んだ。
 「か、かえでだって、へんなかおしてた!」
 「マコもないちゃったもん。ないてもしかたなかったよね?」
真琴はソファの隣に座っている静にねっと首を傾げて言うと、
 「うん、おれもないちゃった」
 「なんだか、きゅーにかなしくなっちゃったんだもん」
静の言葉につられるように言った友春が、その時のことを思い出したのか眉を下げて情けない顔になってしまった。



 体育祭が終わって、一週間。
生徒会室には変わらず派手な執行部のメンバー+、江坂とアレッシオの姿があり、座り心地のいいソファには5人の幼稚園児達
が陣取って、小田切の差し入れのケーキを食べている。
 あれほど悲しくなってしまった体育祭の終わりも、時間が経てば遥か前の出来事になり、今は今度行われる文化祭のことを楽
しく話している。
今から参加する気満々な5人を見ながら、上杉はピンッと手元の書類を弾いた。
 「何時になったら俺は暇になるんだよ」
 体育祭のことで頭が一杯だった上杉は、直ぐ先に迫っていた文化祭のことをすっかり忘れていた自分自身を恨めしく思って低く
唸った。
 「後もう少しですよ」
 「代わってくれよ〜、海藤〜」
 「嫌です。お祭り騒ぎはあなたが先頭にならないと面白くないですから」
 「・・・・・ハァ」
あっさりと海藤に振られてしまった上杉の前に、口の周りをクリームで汚した太朗が駆け寄ってくる。
 「おれがてつだってやるから、がんばろー、ジロー!」
 「はいはい、頼りにしてるぞ、タロ」
偉そうに胸を張ってそう言い切った太朗に向かって上杉は笑いながらそう言うと、机から身を乗り出して太朗の口元のクリームをペ
ロッと舐め取ってやった。

 「ごちそうさん」




                                                                    おしまい




                                             






体育祭編、これにて終了です。

最後まで楽しんでもらえたらいいのですが。