『』内は外国語です。





 いよいよ、プログラムの最終種目、色別対抗リレーが始まる時間になった。
各学年4人ずつ、計12人が各200メートルずつ走るのだ。その走る順番は色ごとに決めることが出来、やはり最後の競技なの
で逆転を狙う色の選手ははりきっていて、空気がざわめいているのが幼稚園児達にも分かった。
 「ね、だれがいちばんになるとおもう?」
 「やっぱり、じろーだよ!」
 「きょーすけだってはやいぞ!」
 「りょーじおにいちゃんもはしるんだよ?」
 「ケイもだよね?きっといちばんだよ」
 誰も彼も、自分の贔屓であるお兄さん達が一番だと言い合っているが、真琴は海藤は大丈夫なのかなと少し不安だった。
どの競技もほんの少しの差ではあるが上杉に負けているような感じがして、もしかして海藤は上杉には勝てないのかなと心配にな
る。
(かいどーさんはよわいのかな・・・・・)
大好きな海藤が誰かに負けるのは悔しいが、何が何でも勝って欲しいとまでは正直思わなかった。
(むりしちゃって、けがとかしたらいやだもん)



 「おー、最後の最後で御大出場か」
 入場門にやってきた江坂の姿に、上杉は笑いながらそう声を掛けた。
小田切とは違ってその言葉の裏に深い意味などないとは分かっている(単に上杉の頭の中が単純なだけだ)が、自信有りげなそ
の口調は江坂の感情に一々引っ掛かった。
それでも、出場すると言ったからには、こんな直前になって止めたというようなことは言わないつもりだが。
 「何番に走るんだ?」
 「一番」
 「何だよ、俺と一緒にアンカー走ろうぜ」
 「・・・・・ごめんだな」
 あっさりと却下した江坂の隣では、やはり憮然とした表情のアレッシオが立っている。
どうして自分がこんな所にいなければならないのだと不満なのが丸分かりのその様子に、その周りには人の姿は無かった。
 「江坂・・・・・あれ、どうにかしろよ」
 「なぜ私が他人の面倒を見なければならない」
 「あー・・・・・それは失礼したな」
さすがの上杉も苦笑を零したが、江坂は全く関心が無いように黙ったまま、今から走るグラウンドに視線を向けた。



 生徒会執行部のほとんどの人間が最後の競技に出場するので、それまで会場内の見回りで忙しく動いていた倉橋が留守番
代わりに席に戻ってくると、そこには小田切が足を組んで楽しそうにブラブラさせながら何か手を動かしていた。
 「・・・・・」
何を考えているのか分からないこの上級生が苦手な倉橋だったが、彼が何をしているのかも気になって仕方が無い。
(後はもうリレーだけだが・・・・・)
そこでも何かしようと考えているのだろうか・・・・・倉橋は少し躊躇ったものの、やがて思い切って小田切の後ろから声を掛けた。
 「小田切先輩、隣、いいですか?」
 「ああ、どーぞ」
 意外にも小田切は言葉短かにそう言った。
何時もなら、綾辻との事を必ずからかってくるのに・・・・・そう思いながら、倉橋は小田切の隣に腰を下ろすと、少し気になる風に
その手元に視線をやった。
(・・・・・数字?)
 手元の紙には、なにやら数字が書き込まれている。その意味が分からない倉橋が少し眉を潜めた時、いきなり小田切が顔を
上げて言った。
 「分からないか?」
 「・・・・・え、ええ」
 「得点だ。最後のリレーの順位次第でどこが優勝するか考えてたんだよ」
 「あ・・・・・そうなんですか」
意外にも真面目な答えに倉橋は面食らったが、そんな倉橋の心の内を見透かすように小田切はにやっと笑った。
 「最優秀選手も決めようと思ってね。もしもユウが選ばれたら、頬にキスでもしてやってくれるか?」
 「なっ、何を!」
 「・・・・・お前が一々可愛い反応をするから、からかいたくなるんだよ」
 「・・・・・」
(あ、あなたはそんなこと関係なく爆弾発言するじゃないですか!)
しかし、それを言葉に出して抵抗出来ないことが・・・・・倉橋は情けなかった。





 そして、いよいよ最終種目である色別対抗リレーが始まった。

 第一走者に立った江坂は、厳しい眼差しのままスタートラインにいた。
(このメンバーで私が負けるはずが無いだろう・・・・・)
最後の種目であるこの競技には、学年の中でもかなり足の速い者が揃っている。そのほとんどが運動部の人間で、部活もしてお
らず、通常の体育の時間も休むことの多い江坂がここに立っていること自体不思議だと思う人間は多いだろうが、記録自体を見
れば江坂は運動部の人間に負けないくらい足は速いのだ。
 「位置に付いて」
 ラインの前に立つと、ますます歓声が高くなる。
その中に、一際高い声援が江坂の耳に届いた。
 「りょーじおにーちゃん!!がんばって!」
 「・・・・・」
これだけの声援の中で、静の声だけがクリアに聞こえる。
江坂はそんな自分に皮肉気に口元を歪めると、発砲音と共に一番にトラックを走り出した。



 「すっごい、はやいじゃん!」
 江坂の本気の走りを見た太朗が驚いたように叫ぶのに、静はその姿から視線を逸らさないままに叫んだ。
 「そうでしょっ?りょーじおにいちゃん、はやいんだよ!」
 「すっげーかっこいいじゃん!」
他の3人の走者もけして遅いようには見えなかったが、身体1つ分以上前を走っている江坂の走る姿はとても綺麗で、表情も涼
しげなのが彼らしかった。

 青組の江坂が一番にバトンを渡した。受け取ったのは第二走者のアレッシオだ。
 「ケイ!ケイ!」
普段は仲良し5人組の中でも一番大人しい友春だが、まるで風のように走るアレッシオの姿に興奮したように名前を呼んだ。
何時もは少し怖い雰囲気ながら、落ち着いた口調で友春にも話しかけてくれるアレッシオが、こんな風に野生の動物のように駆
け抜ける姿はとても衝撃的だった。
(すごいっ、ケイって・・・・・カッコいい!)
ギュウッと小さな両手の拳を握り締めながら、友春は一番先頭を走るアレッシオをじっと見つめていた。

 三番目にバトンを受け取った、黄組の第三走者、綾辻。
普段のヘラヘラした様子とは一変した表情で数メートル離れた先頭を追う綾辻のストライドは大きく、その差はじりじりと縮まって
いる。
 「・・・・・」
 「惚れ直した?」
 「・・・・・っ」
 いきなり声を掛けられた倉橋は、張り付いたように綾辻を見ていた自分に気付いたのか、慌てて視線を隣に座っている小田切
に向け・・・・・。
その悪戯っぽい表情に、倉橋はジワジワと自分の頬が赤くなるのを自覚してしまった。

 「あ!きょーすけ!!」
 第五走者の伊崎がバトンを受け取ったのは四番目。
最下位だが先頭とはそれほどに差は無く、十分抜くことは出来ると楓は思った。
思わず身を乗り出し、その名前を連呼してしまう。
 「いそげ!はしれっ、はしれ!きょーすけ!!」
その声援が届いたのかどうか、伊崎は直ぐ前の赤組の走者を抜かして三位になり、その直ぐ前の二位の背中も直ぐそこに見れる
ほどに近付く。
 「いけーーー!!」

 「かいどーさん、さいごだっ」
 「じろーもだ!」
 走る順番は競技直前まで分からなかったので、真琴も太朗も、海藤と上杉がアンカーを走るということは今分かった。
 「どっちがはやい?」
 「やっぱりじろーだよ!」
 「・・・・・そうかなあ」
(かいどーさんだって、はやいと・・・・・おもうけど・・・・・)
声を出してそう言い切るには、今日の上杉の活躍はめざましかった。いや、もちろん海藤も十分活躍しているのだが、派手さでい
うと、やはり上杉の方に目が行ってしまうかも・・・・・しれない。
(かいどーさん、がんばって!)

 「手加減はしねえぜ、海藤。やっぱ、ここで目立たなきゃ男じゃないからな」
 「分かってます」
 アンカーの前の走者が、もう反対側のトラックを走っている。もう直ぐ自分達が最後のバトンを受け取ることになるだろう。
白組のアンカーは、上杉。
赤組のアンカーは海藤。
くしくも生徒会の会長と副会長の対決に、盛り上がりは最高潮になった。

 最初にバトンを受け取ったのは上杉の方だった。
続いて、一瞬後に海藤が走り出す。
今回はかなり足が速い者達が揃ったのか、大きく差が開くということは無く、手を伸ばせば前の走者の背中に届くといったデッドヒ
ートだ。
 「会長ぉ〜!!」
 「海藤先輩ー!」
 さすがに生徒会のトップ2人には多くの歓声が飛び、それを背に受けて2人は走る。
アンカーはトラック二周だ。勝負はまだまだ分からなかった。

(海藤の奴、本気だなっ)
 直ぐ後ろの海藤の気配に、上杉は自然と笑みが浮かんできた。
それは余裕・・・・・とも、少し違う感情だ。何時も、多分自分では無意識なのだろうが、上杉を立てようとしている海藤は一歩上
杉の後ろにいる。海藤の実力はこんなものではないと一番知っているのは上杉だからだ。
(よし!)
この本気の海藤に勝ちたいと、上杉は心から思った。

 「・・・・・っ」
(さすがに早い!)
 上杉の背中を追い掛けながら、海藤はそう思っていた。
運動もスポーツも、何時も簡単にこなしているように見える上杉だが、上杉が万能の人間でないことを海藤はよく知っていた。
確かに元々の才能はあっただろうが、それを生かしてきたのは彼の目に見えない努力だということも。
しかし、海藤にとっても最後の体育祭の、一番最後の競技だ。
何としても・・・・・上杉に勝ちたいと純粋に思っていた。



 何時しか、真琴は目を閉じていた。
上杉の背中を追って走っている海藤の姿を見ているとずっと胸がドキドキして、見続けることが怖くて仕方が無かったのだ。
 「まこちゃん!みて!」
 そんな時、ガシガシと肩を揺さぶられた。
 「すごいよ!ならんでる!」
 「え・・・・・っ?」
太朗の声に、真琴はパッと目を開いた。
 「あ・・・・・!!」
もう、距離は後半分ほどになっているようだが、海藤と上杉はほとんど並ぶようにして走っていた。
 「な、ならんでる!」
 「そうだよ!」
上杉と肩を並べられたというのに、太朗の声は興奮していて目も輝いている。確かに上杉が一番なのは嬉しいことなのかもしれな
いが、2人が並ぶようにして走っているその面白さはまた別の問題なのだろう。
 「かいどーさん!!」
 真琴は大きな声で叫んだ。
多分、海藤の耳には自分の言葉は届かないだろうが、叫ばずにはいられなかった。
そして・・・・・、
 「あーーーーー!!」
ゴールのテープに胸の差で最初に飛び込んだのは・・・・・赤組のアンカー、海藤だった。



 「くっそー!なにマジになってんだ!」
 ゴールした瞬間、上杉は海藤の肩に強引に腕を組み、荒い息のまま笑って言った。
負けたというのに、確かに悔しいという思いはあるのに、本気になった海藤と競り合えたのが嬉しくて楽しくて、上杉は海藤の頭を
グシャグシャに撫で回した。
 「会長・・・・・」
 そんな上杉の行動に諌めるように名を呼ぶ海藤も、その表情は珍しく綻んでいる。
 「じろー!」
 「かいどーさん!!」
それぞれの名前を呼びながら、太朗と真琴が駆け寄ってくる。
その2人を迎える上杉と海藤の顔は、何時に無く子供のように素直な笑顔だった。






                                      






これで、競技は全て終了。

次回は閉会式です。